イベント概要
概要
産業や企業が成熟化し、高度成長期に形成された「日本型雇用慣行」ともいわれる日本企業の人事政策の見直しが進んでいる。非正規、定年延長、ワークライフバランスに関連する法律も改正され、人々の働き方や職場環境も大きく変化している中、RIETIでは、「人的資本」を9つある研究プログラムのテーマの1つに据え、人的資本・人材力強化の方策について多面的、総合的な研究を行ってきた。
本シンポジウムでは、RIETIと東京大学社会科学研究所の研究者グループが、民間企業の協力を得て収集した人事データを用いて行っている人事政策と人々の働き方の関係に関する研究の成果を紹介するとともに、雇用システムを定量的に分析する人事経済学の第一人者であるスタンフォード大学エドワード・ラジア教授をはじめ第一線の研究者の参加を得て、望ましい人事制度改革のあり方を探るべく活発な議論が展開された。
議事概要
開会
開会挨拶
石田 浩 (東京大学社会科学研究所 所長)
日本の人事管理制度には、雇用に関する規制、ダイバーシティ、正規・非正規の影響など、さまざまな問題が存在する。本シンポジウムでは、報酬制度や昇進のパターン、ワークライフバランス支援における企業間の相違を検討しながら、理解を深めていきたい。海外も含めて専門家が集結し、多くの問題点を検討する上での新たなツール、革新的な観点を見出していけるものと考えている。活発な議論を通し、本シンポジウムが"日本の人事を「科学」する"第一歩となることを期待している。
来賓挨拶
小川 誠 (経済産業省大臣官房審議官(雇用・人材担当))
新卒一括採用や年功序列賃金、長期雇用制度など日本的雇用慣行と呼ばれる企業人事制度には、毀誉褒貶があった。これまで、企業のパフォーマンスや経済成長へ与える影響などの科学的分析は、必ずしも十分ではなかった中で、科学的エビデンスに基づいた分析を行い、日本の望ましい人事制度のあり方を考えることは、大変有意義な取り組みである。
6月に策定された「日本再興戦略」においても、「全員参加・世界で勝てる人材を育てる」という課題が挙げられており、女性、若者、高齢者の活用が期待されている。雇用や人材が政治の1つの要素であるという認識が高まる中で、本シンポジウムが開催される意義は大きい。本日の議論が、今後の日本企業の人事制度の進むべき方向を示唆するものであることを期待している。
基調講演
「生産性向上に対する人事経済学のアプローチ」
エドワード P.ラジア (スタンフォード大学経営大学院 教授 / 元米国大統領諮問委員会 委員長)
生産性向上のための3つのメカニズム
人事政策が生産性に与える影響には「労働者のやる気(インセンティブ)の向上」「必要な人材の選別(ソーティング)と配置」「適切な監督(リーダーシップ)・管理」という3つのメカニズムがある。
報酬制度の設計において、インプット(時間や努力)に基づくか、アウトプット(生産性)に基づくかというのは重要な要素だ。報酬体系を時間給から成果給に移行することは、生産性を大幅に高めるとともに人材の選別効果も大きく、企業はより優れた従業員を誘致することができる。たとえば、私が分析した米国の車の窓ガラス販売会社の場合、労働者の報酬を時間給から歩合給に変更後、生産性が44%向上した。うち半分は個々の労働者の生産性向上、残りが生産性の高い労働者の入社の結果である。
生産性が容易に計測できない職業においても、昇進による所得増がやる気にどのような影響を与えているかについて、トーナメント理論として実証研究が蓄積されている。トーナメント理論では、報酬は相対的な状況によって決定され、勝者と敗者の広がりが大きいほど努力をする動機づけとなる。テニスやゴルフといったスポーツ、大学生を使った実験、そして実際の企業の報酬と業績のデータのいずれを使った研究においても、トーナメント理論と整合的な結果が確認されている。つまり、競争の結果により報酬に差が出るほど、人々の努力水準が上がり、業績が向上する。ただしトーナメントによって引き出される行動には男女差があり、女性は優れた成績を収めながらも競争は好まない傾向がみられる。なお、政策に対する示唆は、累進課税等によって賃金格差を圧縮することは生産性を低下させるということである。
監督・管理に関しては、上司によって部下の生産性を高める能力に大きなバラつきがあることがわかっている。あるサービス会社の場合、分布の下位10パーセンタイルにある上司を、上位90パーセンタイルに位置する優秀な上司に置き換えると、部下の生産性が10%超改善するという推計が得られた。つまり、良い上司が配置されれば、労働者のアウトプットを大幅に改善することができる。さらに、部下のモティベーションを向上し生産性を高めることができた上司は、部下の就業定着率も高くなる。我々の推計によると、上司の質が1標準偏差分向上すると、部下の離職率は12%下がる。こうしたことから、企業は優秀な上司により多くの従業員を配属すべきだといえる。
人事経済学の示すもの
人事経済学は、人事制度が生産性にもたらす影響の規模を明らかにしただけでなく、起業やリーダーシップを通じた国の生産性向上についても近年示唆に富んだ研究成果を提供している。たとえば、起業家としての適正について。スタンフォード大学における経験に基づくと、成績の優秀な学生が必ずしも起業家として成功しているわけではない。成功しているのは、1つの専門分野だけではなく幅広いスキルを持った人々である。ある分野のスペシャリストではなくとも、金融、マーケティング、人事など多岐にわたって一定の能力を持つジェネラリストでなければならないと思われる。こうした認識について科学的エビデンスに基づいて分析してみると、どれだけの役割をキャリアの中で経験したかということ、あるいは在学中にどの程度幅広い分野の授業を取ったかということと、起業する確率あるいは既存企業の経営トップに入る確率の間には強い相関がみられる。幅広い勉強をし、多くの職能経験をしている人ほど、起業する、あるいは企業トップに昇進する確率が高い。ただし、スペシャリストあるいはジェネラリストであることと報酬との関連性をみると、相関はほとんどみられない。
ここ数十年にわたって低迷する日本の生産性に着目した研究によると、その要因の一つは人口動態にある。私の学生の研究によると、若年者の比率が高い国ほど起業家率が高く、起業家率が高い国ほど成長率も高い。日本は世界の中でも急速に高齢化が進んでおり、起業する人の比率も低く、成長率が停滞している。これらの相関についてより研究を深めなければいけない。
起業家やリーダーを育てるためには、多様な一般的スキルが必要である。バランスのとれたトレーニングを十分に提供することが、社会の発展には不可欠である。
報告
「先進国市場と新興国市場における日本企業のグローバルタレントマネージメント」
アレック R.レベンソン (南カリフォルニア大学効果的組織研究センター シニア・リサーチ・サイエンティスト)
グローバル市場における成功は、個々の企業が採用するビジネスモデルに大きく依存する。たとえば、ユニリーバやネスレなどが採用している「マルチナショナル組織モデル」は、本社の統制が比較的弱く、分権的な連合体によって形成される。一方、「インターナショナル組織モデル」は本社の統制が強く、海外の事業展開は本社の意向に基づいている。これに類似するのが「グローバル組織モデル」で、日本の多国籍企業の多くがこのモデルであり、フォードやロックフェラーでも用いられた。このモデルの特徴は、本社による厳正な支配と戦略的資源の集中管理だ。経営陣は、海外事業を統合された世界市場への搬送経路として扱い、厳しく管理する。バートレットとゴーシャルは、これらのモデルと異なるグローバルなベストプラクティスを活用した「トランスナショナル組織モデル」を提唱しているが、同モデルの採用は多くの困難を伴いほぼ不可能である。
「グローバル組織モデル」は、市場間で嗜好や市場構造に大きな多様性がなければ最強のモデルとなり得るが、製品や労働市場においてローカルな適応が必要な場合、要求に対応できない。駐在する日本人マネージャーに頼りすぎるため、現地人材を適切に採用・維持できない場合、市場が発する重要なシグナルを理解できないという潜在的な脅威が大きくなる。こうした弊害が大きい市場では、駐在員に依存した戦略の実行ではなく、より柔軟なモデルへの移行とそれを支えるローカル人材育成が急務となる。先進国市場の場合は、複雑な高いレベルの仕事を遂行できる人材の開発が求められる。幅広い経験を通じ、多くのスキルを身に付けさせる能力開発政策を作成すべきである。また、下位レベルの仕事においても、グローバル戦略や海外市場への洞察を持つ人材を評価できるよう、コンピテンシーモデルを拡張する必要がある。
また、日本人駐在マネージャーを評価する際には、昇進し定着したローカル人材を開拓する能力を重視すべきである。高い潜在能力を持つ現地人材には明確なキャリアパスを示し、機能横断的な経験をキャリアの初期段階で提供することが重要な要素となる。海外の新興国市場で成功するためには、こうした成熟市場における施策に加え、人材の流動性に対応するため、能力開発政策の早期提示と重複を恐れない採用が求められる。
研究成果報告
「産学官連携プロジェクトから見えてきた日本の人的資源管理の特徴と問題点」
加藤 隆夫 (コルゲート大学経済学部 教授 / 一橋大学経済研究所 客員教授)
大湾 秀雄 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学社会科学研究所 教授)
大湾: 内部労働市場の性格、目的、効率性を深く理解するためには、政府統計で得られる賃金や雇用の情報に留まらない内部労働市場の重要な構成要素に関するデータが必要となる。我々は、川口大司FF(一橋大学)と共に数年前から、企業の内部労働市場の機能や問題点に関する研究を行ってきた(RIETI「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」研究プロジェクト)。このプロジェクトでは、人事給与管理ソフトウェア大手のワークスアプリケーションズ社の協力により複数の大企業の人事データの提供を受け、それをRIETIのシステムを使って安全に管理しつつ研究を進めてきた。人事データを用いた定量分析は、日本企業の人事政策を再検討する上で多くの示唆を与えてくれる。
今日はこうした研究から生まれた知見の中から、報酬、評価制度、女性の活用、昇進制度、管理職の役割の5つのトピックに沿った話を順に行う。
まずは報酬制度であるが、1990年代から2000年代にかけて、先進的な日本企業が成果主義を導入した。その中から多くの失敗事例が起こった主な原因として、マルチタスク問題(成果が計測されにくい業務は軽視される)、ゲーミング問題(販売のタイミング操作など、成果指標を操作するインセンティブが生まれる)が挙げられる。成果報酬制度を導入する際は、操作されにくい評価指標を見つけるとともに、上司が持っていない部下の情報といった非対称情報を減らす必要、そしてマルチタスク問題に対処した評価制度の構築が必要となる。また、評価制度については、企業がどのような評価バイアスが発生する可能性があるかを理解し、評価者研修を行う必要がある。また、評価者と被評価者の対話を促し、十分なフィードバックを確保することで、バイアス自体を抑制し、被評価者の納得度を高めることができる。
加藤: 労働時間と昇進確率の相関は女性でとくに顕著に表れ、労働時間が年間2200時間を超える女性は、昇進確率が大幅に高まる。
日本企業の内部労働市場は男女で分断されており、2つの情報の非対称性がある。つまり企業(上司)側は、社員のうち誰に管理能力やリーダーシップ能力があり、誰が管理職として適性を持つかについて、社員たちよりも多くの情報を持っている。一方で社員は、会社へのコミットメント(辞めない意志、会社のために自分の余暇を犠牲にする用意など)をどの程度持っているか、上司よりもわかっている。
男性の場合、会社側からは評価などの私的情報を伝達されないままに、多くの人が会社へのコミットメントをシグナルするために努力を続けるラットレース(rat race)均衡が形成されている。女性の場合は、育休からの早期復帰や長時間労働などを敢えて選択することによって自分のコミットメントを会社に伝達しようとするシグナリングコストが高い状況にある。
そこで女性の活用に関する経営上・政策上の含意として、男性のラットレース均衡の変更が、女性の活用を高める最も効果的かつ実行可能な方策と考えられる。長時間労働や仕事の総量ではなく生産性を源泉とする競争に変わることで、女性も会社へシグナルを出しやすくなる。また、男女の柔軟な役割分担を促進する公共政策を採ることにより、才能ある妻をサポートする男性を増やしていく必要がある。
昇進制度については、コーホートサイズの大きさ(同じ年に同じ会社に入社した人の数)とその後の昇進率を分析すると、氷河期入社組は、同期入社の人数が少ないことで便益を受けており、不況期の就職の成功組と失敗組で格差が拡大している。
こうした関係の背後には、日本企業の年次管理がある。急速なグローバル化の進展に伴うビジネス環境の変化の中で、年次によって人材を管理する慣習のメリット、デメリットが大きく変わりつつある。
大湾: 中間管理職はどの程度重要か――。国内自動車販売会社のデータに基づく我々の研究によると、店長の良し悪しによって店舗利益率が10%変動することは珍しくない。
また、店長の平均的な学習効果は2~4%、かつ2~3年でピークに達することから、よい店長を育てるよりも、よい店長になる人を選抜することの方が重要といえる。また、幅広い職能経験のある人、つまり新車販売だけでなく中古車販売や修理点検などのサービス業務など幅広い経験がある人は店長としての成績が優れている。また、若い店長ほど店舗業績はよく、部下との年齢差が小さいことが、店舗スタッフとのコミュニケーションやチームとしての一体感の醸成に寄与していると考えられる。
産学官連携企業内データ活用プロジェクトの枠組みは完成し、今後、企業数を順次拡大していく予定である。これまでの研究成果は、日本的人事政策の再検討の必要性、より柔軟な職の配置や正確な能力情報を蓄積できる評価制度の確立、働き方の多様化の重要性を示唆している。多年度にわたる豊富な人事データを用いた分析によって、今後も実務家にとって有用な研究成果を発表していく計画である。
報告
「労働市場の二極化と正社員の多様化に向けて」
鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 慶應義塾大学大学院商学研究科 教授)
日本の非正規職員・従業員の比率は30年にわたって拡大を続け、2013年1-3月期平均で36.3%を占め、うち有期雇用比率は27.9%に達し、経済協力開発機構(OECD)諸国で最も高い水準にある。
有期雇用の増大は雇用の不安定、賃金等の待遇格差、雇用の質の低下をもたらすが、日本の場合は有期雇用から正規雇用への転換率が低いことが深刻な問題だ。総務省「就業構造基本調査」(2002、2007)によると、前職が非正規雇用で過去5年以内に正社員に転換した人の割合は約25%に留まっている。また総務省「労働力調査」(2005)では、15~34歳で過去1年に非正規の職を離職した者のうち正社員になった比率は19%に過ぎない。一方、OECD諸国では3年以内の転換率が40~60%に達する。日本の労働市場の状況を改善するためには職務、勤務地、労働時間のいずれかが限定される日本の労働市場の状況を改善するには、「限定正社員」の普及と制度の整備が求められる。
どの国においても、正社員は(1)無期雇用、(2)フルタイム、(3)直接雇用であるが、日本の正社員には、職務、勤務地、労働時間が限定されないという「暗黙の条件」が上乗せされる「無限定社員」という特質がある。そこで職務、勤務地、労働時間のいずれかが限定される「限定正社員」の普及・制度の整備を進めることで、非正規からの転換の受け皿とすることが可能となる。労働契約法が改正(2013年4月開始)され、有期契約が通算5年以上を超えれば、労働者の申し込みによって無期労働契約に転換することが可能となった。5年後には、「限定正社員」が増加する見通しである。
「女性の活躍の場の拡大とワークライフバランス支援:管理職の役割」
佐藤 博樹 (東京大学大学院情報学環・社会科学研究所 教授)
国際的にみて女性管理職比率の極めて低い日本では、課長以上の女性管理職が1人もいない企業が全体の半数近くに上る。また、大企業ほど女性管理職比率は低く、男女の勤続年数の差も大きい。学歴が高いほど、男女の勤続年数の差が大きいことも日本の特徴といえる。
女性管理職を増やすためには、女性の就業継続が不可欠といえる。内部育成を前提とすると、課長就任には15年程度の勤続を要する。同時に、管理職に求められる能力の開発機会も必要だ。能力開発意欲や能力発揮意欲、就業継続意欲といった女性社員側の意欲を高めるためには、企業側の「就業継続のための両立支援(ワークライフバランス支援)」と「能力開発機会・能力発揮機会の均等(雇用機会均等)」の両面での取り組みがより重要となる。単に両立支援制度を導入するだけではなく、早くフルタイムに復帰し、無理なく両立できる働き方を実現できなければ、女性の能力の発揮には結びつかない。すでに制度を導入している企業は多いが、無限定社員を前提とする働き方が定着している結果、働き続けるためには、育児休暇や短時間勤務といった制度を利用せざるを得ない現状がある。
また、運用面での課題として、雇用機会均等に関しては、採用段階での選考における機会均等(応募、第1次選考、第2次選考、内定など各段階における男女構成の偏りの有無とその要因の分析)、および能力開発機会の均等(初任配属先やキャリア段階ごとの能力開発機会)が実現できているかが大切なポイントといえる。とくに、初任配属先の管理職の役割は男女ともにきわめて重要であり、配属に際しては、管理職の部下育成能力を考慮すべきである。
ワークライフバランス支援に関しては、「時間制約」を前提とした業務管理や働き方への改革が求められる。日本の現状の問題として、制度は充実しているものの「フルタイムに早期復帰し、無理なく両立できる働き方がないこと」「男性が子育てに参加していないこと」「保育サービスが十分でないこと」が挙げられる。今後の更なる人事データの蓄積・分析を通し、実務に有用な研究成果が生み出されることが期待される。
パネルディスカッション
モデレータ:川口 大司 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科 教授)
川口: 2000年以降、多くの日本企業が成果給を導入したが、どうしてうまくいかなかったのか。
鶴: :従業員への説明が十分でなく納得感が得られなかったことや、成果を評価する難しさが理由として挙げられる。さらに企業が従業員に対し、長期的な能力開発の機会を提供しなかったことも影響している。
大湾: 発表の中で、マルチタスク問題、ゲーミング問題を成果給の問題として挙げたが、加えて、多くの企業が、成果主義の名のもとに人件費削減を狙って報酬制度の変更を行った背景がある。それが暗黙の契約を破ったと受け止められ、従業員のやる気を削いだ場合があったと考えられる。
佐藤: 従来の日本の賃金制度でも、能力で決まってくる部分と成果で決まってくる部分があり、それが昇進に応じて変わってくるということが特徴であった。しかし、まだ育成段階にある若い社員の部分にまで成果給の導入を広げたことが間違いであったと思う。
川口: なぜ、日本の企業ではリーダーの育成がうまくいっていないのか。
レベンソン: 日本企業、特にリーディング企業は、組織の中で成功する管理職を昇進させてきたという点で非常に良い仕事をしている。しかし、設計された組織の中で成功するということと、企業が必要とする組織能力を高めることに長けていることの間には大きな違いがある。日本企業では、生産プロセスや質の向上といった面で非常に長けた組織能力を強める一方で、その能力をどこで発揮すべきか、どこに自社の弱みがあるのかを見つけ出す能力、戦略を適応させていく能力に欠けている。
川口: ラットレースではなく、労働者が会社へのコミットメントを示す新たなシグナルとして、どのようなものが考えられるか。
佐藤: 「遅い昇進」は維持できなくなっている。30代前半の早い段階で、企業側から従業員に昇進の可能性を伝えるよう変えていくべきである。
大湾: 従業員からシグナルを送るメリットは小さくなっている。経営陣が、早い段階で本人にとって最適なキャリアをともに考える形を重視すべきである。
川口: 「既存の正社員の雇用保障が侵される」など、限定正社員の法的な雇用保障のルールを明確化することへの反論について、どのように考えるか。
鶴: 5年以内に一定の雇い止めが起こることも予想され、必ずしも無期契約に転換されていくとは限らない。ただし制度を定めた以上は、しっかり整備する必要がある。
佐藤: 契約更新型の有期雇用従業員が限定正社員になれる仕組みを作る必要があった。今後は、企業内の8割程度まで限定正社員へのシフトが進み、1割が無限定社員、1割は有期契約という比率になることが予想される。
川口: 現在、限定正社員の導入が進まない理由について、どのように考えるべきか。
鶴: すでに大企業の半数程度が限定正社員を導入しているが、就業規則等に明記している企業は1~2割程度に留まる。雇用形態に応じた取り扱いができていない問題がある。また日本企業の従業員は多くの部門を経験し、密にコーディネーションされているため、時代の大きな変化に対応できない状況にある。
佐藤: リスクをとらない日本の人事を変えていくことも大事である。
レベンソン: 潜在的に誰が良いマネージャーになるか、良いCEOになるかはわからない。だから、限定正社員で入社しても能力があれば重要な仕事が与えられる、そして状況が許せば限定から無限定に戻る機会も残しておく必要がある。特に女性にとってこの点が重要だ。
また人を育てる上で、インフォーマルなメンタリングは重要である。女性に対しても情報が共有されるよう、女性に対しメンタリングが提供されるような環境作りが必要である。
鶴: 異なった雇用形態を従業員が行き来できる仕組みが求められる。企業がバランスのとれた処遇体系を作ることで、転換はより容易になる。
川口: 日本型雇用慣行が重要性を低下させている原因について、また今後の方向性について、ご意見をうかがいたい。
鶴: 日本経済の潜在成長率が低下し、かつては我慢強かった従業員が単視眼的になってきたことが要因だと思う。
佐藤: 企業が事業構造を変えながら雇用機会を作る中で、社員に求められる職業能力も変化するため、転職を含めた労働市場の整備が大事になってくる。
レベンソン: 企業のアカウンタビリティ(説明責任)が重要である。キャリアの横断的な異動が可能ならば、人材をより有効活用できる。
大湾: 成長率の低下、社員の多様化、人事に関する権限の人事部から事業部への移譲が進む中で、従来の強力な暗黙の契約を維持することが難しくなってきている。
川口: ラジア先生にこれまでのパネルディスカッションについてのご感想と、会場からのご質問に答えて頂きたい。「ビジネススクールで教える人事管理は、労働者ではなく企業のためのものではないか」という質問が寄せられている。どのようにお考えか。
ラジア: 3つの事実について述べる。まず、日本を含めいずれの国においても離職率はかなり高い。従って、企業は解雇が出来なくても採用抑制で幾らでも雇用水準を調整できる。このことは、どのような労働政策を設計する上でも、それが企業の採用にどのような影響を与えるかということを考慮する必要がある。古い従業員の雇用を守ることは、雇用水準を維持することにはつながらず、逆に新しい従業員の雇用を奪い、労働力の構造を歪める。2つ目に、生産性を計測することはほとんどの職で難しい。しかし計測可能な職種に限ってみても、個人の生産性には大きなバラつきがある。このことは、労働者を適切に選別できるかどうかによって、企業の生産性やコストに劇的な違いが生じることを意味する。経営者の質の格差は更に大きい。3つめに、主要国で労働生産性と雇用者所得のグラフを描くと驚くほどパラレルである。理論的にはそうならねばならないが、実際のデータでも確認できる。このことは、労働者を犠牲にして企業の利益を上げるというのは中長期的には実現可能ではなく、平均的労働者の生活水準を引き上げるためには、企業の生産性を引き上げることが唯一の方法であることを意味する。
閉会挨拶
中島 厚志 (RIETI理事長)
まさに今、日本経済を活性化するための企業活力の向上が問われており、アベノミクスにおいても、そのための方策が成長戦略などで示されたところである。しかし今の日本に求められているのは、景気刺激だけではない。失われた10年を通じて日本の経済構造が問われているとともに、日本の社会や企業の組織運営のあり方、人の働き方も大きな見直しの時点にあり、新たな方策が求められている。
本シンポジウムは東京大学、RIETIに加え、公的機関および民間機関の情報提供・分析、資金助成等によって成り立ち、新たな視点から多面的な議論を展開することができた。得られた成果を十分活用するとともに、今後とも各方面の知見を集め、政策につなげ、広く共有できるよう努めていく考えである。