イベント概要
議事録
第1セッション
基調講演:Vasco CARVALHO (Universitat Pompeu Fabra)
Structure and Change in Production Networks: Evidence from US firm-level data
米国の上場企業における企業間取引に関する個票データを用いて、企業間取引関係の静学的および動学的な特徴を調べた結果、ネットワーク形成の理論モデルを作る際に有用である以下の知見を得た。
(1) 企業の規模と労働生産性に関して売り手と買い手の間で良い企業同士が取引関係を持つという正の相関(positive assortative matching)が存在する。(2) 取引関係の張替えは頻繁になされているが、売り手もしくは買い手の生産性が高いほど取引関係の継続期間は長くなる。(3) 売り手の生産性の増加幅が大きいほど、買い手の売り上げの増加幅は大きくかつ買い手は取引関係の変化を通して売上を増加させる。
第1発表:渡辺 努 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学)
Buyer-Supplier Networks and Aggregate Volatility: Evidence from firm level data
「通常であればすぐに減衰してしまって経済全体の変動につながらない個別ショックが、企業間ネットワークの存在によって、減衰せずに大きな効果を持ちうる」という議論を実証面からさまざまな形で検証した。
個別ショックが経済全体に波及する可能性を示す理論モデルとして、Gabaix (2010)のGranular仮説とAcemoglu, Carvalho, Ozdaglar and Tahbaz-Salehi (2012)のNetwork 仮説が存在する。前者では企業の売上の分布が不均一であるということ、後者では企業間ネットワークにおけるページランクの分布が不均一であるということが、個別ショックが経済全体に波及する上での重要な条件である。本発表では、主に後者の仮説の検証を行うと共に、売り上げとページランクの分布の異同を観察することにより、後者と前者の仮説の当てはまり方の違いについても議論した。
第1に、仕入先数、販売先数、ページランクはいずれもベキ分布に従っておりNetwork仮説が成り立つこと、ベキ分布の傾きから個別ショックの影響が減衰する速度は非常に遅く個別ショックが経済全体の変動をもたらしていることが分かった。第2に、ページランクと売上高の分布との間には高い正の相関があるが1対1の関係にはなっていないこと、したがって売上高分布の不均一には、ページランクの違いで示される中間投入需要分布の不均一だけではなく、最終需要分布の不均一も影響している可能性があることが分かった。第3に、任意の2企業間の売上高の相関は、共通ショックをコントロールした上でも、2企業間の最短経路長が短ければ短いほど高くなる傾向にあることが分かった。これは、Network仮説が予想するように、個別企業に生じたショックがネットワークを介して他に伝播することを示している。
討論:家富 洋 (東京大学)
個別ショックが経済全体に波及するメカニズムとしては、取引が集中するハブ企業に生じるショックが全体に波及するという仮説(Network仮説)の方が、具体的なショックの伝播経路に注目しているという点で、企業の大きさだけに注目し大企業に生じるショックが全体に波及すると考える仮説(Granular仮説)よりも深い洞察を与えている。したがって、これら2つの仮説を共通の枠組みで比較することはできないのではないか。
産業別生産量に関する相関行列についてランダム行列理論にもとづいた主成分分析を行った結果も取引ネットワークにおけるショックの伝播を示唆し、Network仮説を支持している。個別企業ごとのショックから集計量変動への効果を考えるとき、産業レベルやコミュニティレベルといった中間段階における効果を分析することにも意義がある。
第2発表:小倉 義明 (早稲田大学)
Network-motivated Lending Decision
銀行の貸出先企業同士が取引ネットワークでつながっている時、企業自身のパフォーマンスは悪くても、ネットワークから得られる外部効果によって銀行が企業に貸し出しを行うインセンティブが生まれることを理論的に示した。
一定の条件下で銀行にとってハブ企業に追い貸しをするインセンティブが生じ、追い貸しによって経済の厚生が改善する場合がある。一方で、パラメータによっては、銀行にとってハブ企業から貸し剥がしをするインセンティブが生じる場合もある。すなわち、取引ネットワーク上での位置によって、追い貸しされやすい企業や貸し剥がしされやすい企業が決まる。また、追い貸しを受ける企業は低い金利で借り入れることができる。
討論:小林 慶一郎(RIETI上席研究員 / 一橋大学)
本発表は静学モデルに基づいた議論であり、銀行はネットワークにおける外部性の大きさに基づいて与信判断を行っている。ここで追い貸しと呼ばれているものは、通常の動学モデルで想定するような、銀行が不況ないし経済危機に際して回復の見込みがない企業に対して行う追い貸しとは性質が異なる。むしろ、ここで示されている内容は、好況不況に関係なく、銀行が合理的に実施している貸し出しの意思決定を記述したものとして理解するのが適当ではないか。ネットワークにおける外部効果によって企業の借入金利スプレッドを説明するモデルとして使えるのではないか。なお、モデルにおけるいくつかの設定(独占的銀行、企業の退出と銀行の債権償却が同値とみなされていることなど)は現実的とは言い切れない。
第3発表:植杉 威一郎 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学)
Measuring the Systemic Risk in Interfirm Transaction Networks
国内の企業間取引に関する個票データから、エントロピー最大化推定法により約30万社に関する企業間信用に係る貸借行列を作成し、企業デフォルトのネットワーク上での連鎖を計算した。これは、企業間ネットワークにおけるシステミックリスクの程度を検証するということでもある。加えて、シミュレーションにおける仮想的なデフォルトと現実のデフォルトを対比することにより、両者の異同を調べた。
その結果以下の知見が得られた。(1)シミュレーションにおいて販売先のデフォルトに伴って連鎖デフォルトする企業は相当程度存在し、前提によっては当初デフォルト企業を上回る数の連鎖デフォルト企業が現れる可能性がある。(2)シミュレーションによる仮想的なデフォルトは、現実のデフォルトを一定程度予測することができる。(3)販売先と同じ金融機関と取引している場合デフォルト確率は有意に低く、これらの金融機関は流動性ショックを吸収する役割を果たしていると考えられる。
討論:宮川 大介(日本政策投資銀行)
実務では、倒産予測に企業自身の流動性比率を用いることが多いが、本発表では、取引先企業のデフォルトにともない自社の流動性比率が低下する点も考慮して倒産予測を行っている点が目新しく、実務的にも非常に興味深い。
シミュレーションにおいて、企業間信用に関するポジションやネットワーク上での位置が与件とされている。しかしながら、連鎖デフォルトが予想される企業は、なぜそのようなネットワーク上の危険なポジション・位置を選択しているのか。企業間信用のバランスや取引ネットワークにおける企業の位置がどのように決定されているかは、それ自体が重要な問題である。
第2セッション
基調講演:Gilles DURANTON (University of Pennsylvania)
Roads and Trade: Evidence from the United States
輸送コストが地域間の商取引に与える影響を理論モデルによって考察した上で、米国における高速道路の整備状況と都市間の物流に関するデータを用いて、高速道路の整備状況が都市間商取引に与える影響を推計した。
地域内と地域間における高速道路の整備状況を区別したうえで、地域内の高速道路整備は重量ベースで他地域への物流を増加させるが、価値ベースでは効果がないことが分かった。また、製品1単位当たり重量の大きい産業では、その産業の雇用量に対する地域内での高速道路距離の弾力性が大きいことも分かった。
第1発表:中島 賢太郎 (東北大学)
Estimating Geographic Frictions on Interfirm Transactions
現実に観察される取引関係が、売り手企業と買い手企業双方が最適な選択を行った結果であるという仮定のもとで、国内製造業の企業間取引に関する個票データを用いて、企業間の距離が収益を介して企業間取引に与える影響を推計し、その結果を用いて距離、企業間取引と産業集積との関係を論じた。
企業間の距離は、サプライヤーとカスタマーいずれと関係を結ぶ際にも企業収益に負の効果を持ち、特にサプライヤーとの取引関係を結ぶ際の効果が大きいこと、また、製造業の中では企業間距離の収益への負の効果が大きい業種ほど集積の程度が大きいことが分かった。
討論:西田 充邦 (Johns Hopkins University)
構造パラメータの推計において、買い手の収益に対する売り手の平均次数の効果を正と仮定して基準化している。売り手の平均次数以外の効果を基準に用いるか、先験的に符号が分かっていると思われる製造業の中の特定業種に限定して分析してはどうか。企業間の距離が企業間取引に与える効果が業種ごとに異なる点をより詳細に調べてはどうか。なお、本発表の結果は、産業クラスターを形成する上で企業間取引の要素をどのように考慮すべきかについて有用な政策的含意を持つと思われる。
第2発表:齊藤 有希子 (RIETI研究員)
Geographical Concentration of Inter-organizational Collaborations
国内の特許データを用いて、Duranton & Overman (2005)の手法に基づき、産業の集積における外部経済の1つである知識のスピルオーバーに距離効果があるかどうかを調べた。知識のスピルオーバーは特許の共同出願でみることとし、共同出願者の間の距離分布を描いて仮想的な距離分布と比較することで、共同出願者間の距離が近い部分に集中しているかどうかを検証した。その際、同じ企業内の異なる組織による共同出願と異なる企業間での共同出願を区別した。
共同出願する組織間の距離が約100km以内の範囲で、共同出願の測度が仮想的な距離分布の測度よりも有意に高いことが分かった。共同出願者の距離は近い部分に集中している。こうした距離効果は、異なる企業間の共同出願の場合に同一企業内の異なる組織間での共同出願の場合よりも、また、小規模企業同士の共同出願の場合に大規模企業同士の共同出願の場合よりも大きくなる傾向にある。
討論:大野 由香子 (慶応大学)
すべての特許共同出願が2個の組織によってなされている場合に上の分析は妥当性を持つ。3個以上の組織による共同出願はどの程度あるのか。知識のスピルオーバーにたいする距離の効果を測る参照基準としてランダムマッチングを用いているが、業種等の技術的な要因などのマッチング限定要因を考慮する必要がある。知識のスピルオーバーに対する距離の効果を測る場合にも、企業の立地選択に内生性が存在しうる。
第3セッション
第1発表:池内 健太 (NISTEP)
Sources of Private and Public R&D Spillovers: Technological, geographic and relational proximity
近年のR&D投資の増加傾向とTFP成長の低下傾向を説明するものとして、R&Dのスピルオーバーの低下が考えられる。R&Dのスピルオーバーに影響を与える要因である地理的近接性、技術的近接性、企業間関係の近接性(取引関係および資本関係)、公的R&D水準をとりあげ、スピルオーバー効果を計測した。
業種レベルデータを用いた検証では、技術的近接性、公的R&D水準、および仕入先との近接性の正の効果、企業レベルデータを用いた検証では、販売先との近接性の正の効果が示された。特に、R&D投資が取引ネットワークを通じて他企業の生産性改善につながったかどうかを検証したところ、customer(川下)企業からsupplier(川上)企業への波及は存在するが、逆方向の波及は一部企業に限られていることが分かった。
討論:森川 正之 (RIETI理事・副所長)
本研究は、先行研究がR&Dのスピルオーバーに影響を与える要因を個別に調べているのに対して、これらの要因を同時に扱っている点に新規性がある。要因間で効果を定量的に比較できる点を強調すべきではないか。また、分析結果を踏まえ、TFP成長の低下はR&Dスピルオーバーの低下によってどの程度説明できるか、どのような政策がスピルオーバーの改善に役立つかを示すことができればなお良い。
地理的近接性の効果は、R&Dスピルオーバー以外の集積のメリットも反映している可能性がある。事業所密度等適切なコントロール変数を用いることが必要ではないか。また、インデックス・ナンバーのTFPは業種平均からの乖離として計算されているので、産業レベルのI-O表に基づく推計結果を取引関係によるスピルオーバー効果と解釈するのは無理があるのではないか。
第2発表:岡室 博之 (一橋大学)・西村 淳一 (一橋大学)
Knowledge and Rent Spillovers through Government-sponsored R&D Consortia
研究開発コンソーシアムへの参加が知識のスピルオーバーとレント・スピルオーバーに与える効果を、コンソーシアム参加企業を含む個票データを用いてPSM-DIDによって推計した。知識のスピルオーバーは参加企業の事後パフォーマンスに、レント・スピルオーバーは参加企業の販売先企業の事後パフォーマンスにあらわれると考えられる。
推計結果によると、研究開発コンソーシアムを通じた生産性改善効果(知識のスピルオーバー効果)は中小企業に限定されることが分かった。また、その効果の一部はレント・スピルオーバーとして、販売先の大企業に配分されていることも分かった。前者の知識のスピルオーバー効果だけに注目すると、政策効果を過小評価する可能性がある。
討論:玉田 俊平太 (関西学院大学)
知識のスピルオーバーとレント・スピルオーバーの両方を、企業レベルデータを用いて定量化している。これにより、政策のより適切な評価が可能となる。政策のターゲットを絞るうえでも有用な情報を提供している。ただし、レント・スピルオーバーに関する結果を文字通りに政策に反映させるとなると、「販売先の大企業へのレントを増やすために交渉力の弱い中小企業を支援すべき」ということになる。これは政策としては明らかにおかしいので、もう少し政策提言に結び付けるまでには工夫が必要ではないか。
第4セッション
基調講演:Hans DEGRYSE (KU Leuven and Tilburg University)
On the Non-Exclusivity of Loan Contracts: An empirical investigation
1つだけの銀行と取引している企業-銀行関係と、複数の銀行と取引している企業-銀行関係の間には大きな違いがあり、その便益と費用を把握することが重要である。本発表では、この点を明らかにするために、1行取引を行っていた企業が他の銀行から借り入れを行った場合に、従来からの銀行が示す反応をスウェーデンの金融機関が保有する契約ベースの個票データを用いて検証した。
銀行は、貸出先企業が他の金融機関から借り入れた場合にその企業への与信枠を減らすこと、その程度は他の金融機関からの借入額が多いほど強くなることが分かった。ただし、債権順位が優先していたり担保がついていたりする場合には、このような効果は見られない。担保権の有効活用などにより、他行との取引開始に伴う外部効果を抑制することができる。
第1発表:小川 一夫 (大阪大学)
What Do Cash Holdings Tell Us about Bank-Firm Relationships? The case of Japanese firms
企業による現金保有の決定要因を明らかにすることで、企業と銀行関係のあり方を検証する。銀行企業間関係の有無、取引先銀行ごとの企業保有預金などの情報を用いて、企業の流動性需要関数を推計した。
メインバンクとの関係が強い企業ほど、(1)現預金保有が少なく、(2)キャッシュフロー、純運転資本、キャッシュフローの変動が現預金保有に与える影響は小さく、さらに(3)モノポリーレントとしてより高い実効金利を払っていることが分かった。メインバンクは、モノポリーレントとして高い実効金利を求める一方で、企業が直面する流動性ショックを緩和する役割を果たしていると考えられる。
討論:堀 雅博 (一橋大学)
説明変数のうち、キャッシュフローの変動、負債比率、銀行依存度、メイン依存度の効果は、現預金残高の増分ではなく水準に対する効果として考えられる。企業の現金保有にとって銀行依存度とメイン依存度のどちらがより重要か。メインバンクが複数ある企業とメインバンクが無い企業の結果が似ているのはなぜか。メインバンクへの預金を考慮に入れた実効金利以外にも、たとえばメイン預金率とメイン借入率の比較など、モノポリー・レントを測る方法があるのではないか。
第2発表:細野 薫 (財務省 / 学習院大学)
Natural Disasters, Damage to Banks, and Firm Investment
国内企業の取引銀行との関係に関する情報を含む個票データを用いて、銀行からの借り入れが企業の設備投資に与える影響を推計した。その際、銀行借入の内生性をコントロールするために、阪神大震災を自然実験としてとらえ、影響を受けた企業と金融機関を分析対象とした。
その結果、震災の被災外に立地していた企業が被災地内に本店を置く銀行と取引関係にある場合に、設備投資が抑制されていたことが分かった。さらに、銀行の本店被災はただちに企業の設備投資に影響を与えるのに対して、銀行の支店被災率は遅れて影響を与えることも分かった。
討論:鈴木 通雄 (東京大学)
取引銀行本店が被災地内にあるか否かは取引銀行の規模や業態と相関しているので、小規模銀行ダミーとその交差項を追加してみるとよい。企業と銀行の取引関係のマッチングパターンが推計における欠落変数となってバイアスを生んでいるかもしれないので、企業の固有効果をコントロールするために被説明変数で投資の階差をとるのがよい。被災地外の企業にも企業間の取引関係を通じて震災の影響が及んでいるので、取引関係データを用いた説明変数を加えることができればなおよい。
第3発表:内田 浩史 (神戸大学)
A Close Look at Loan-to-Value Ratios in Japan: Evidence from real estate registries
国内企業の不動産登記に関する情報を含む大量の個票データを用いて、1975年から2009年までの期間におけるLTV比率の変化、その決定要因、およびLTV比率と企業の事後業績の関係を調べた結果、以下のことが分かった。
(1)ローンの変化量よりも担保価値の変化量の方が絶対値が大きいため、LTV比率は景気変動とは逆相関する。(2)こうした逆相関は、ローン、借り手企業、貸し手銀行の属性をコントロールした上でも観察される。(3)LTV比率の高い企業が低い企業よりも事後業績が悪いということはなく、バブル期においては、むしろLTV比率の高い企業の方で事後業績が良かった。
討論:安田 行宏 (東京経済大学)
貸し出しの変化量よりも担保価値の変化量の方が絶対値が大きいという動きは、東京や大阪などバブル期に地価上昇が特に激しかった地域を除いた上でも観察されるか確認するべきである。バブル期に中小企業向け融資事業へ都市銀行が進出したことも、この時期における観察結果を説明するかもしれない。バブル期を除くとLTV比率は景気変動とは同じ向きに変動しているようにもみえる。事後業績の比較にはサバイバルバイアスが含まれている点を考慮する必要があるのではないか。