イベント概要
議事概要
2008年-2009年の世界的金融危機とそれに引き続く現下の欧州の財政金融危機は、日本のバブル崩壊後の長期的な経済停滞とデフレとの類似性が高い。金融システム、物価変動、労働市場問題という3つの側面から経済危機を考察した研究を発表し、RIETIとCEPRとの間の研究交流を行った。
第1セッション
"A Dynamic Model of Bank Runs"
小林 慶一郎 (RIETI上席研究員)
小林上席研究員から、銀行取付(Bank Run)の可能性が変動する動学的なマクロ経済モデルが説明された。通常の銀行モデルは、1期間で銀行の破綻を分析するものが大半であるが、小林上席研究員のモデルは、銀行システムが長い年月にわたって資産と負債を蓄積する無限期間モデルになっているところに特色がある。このモデルでは、銀行の負債が資産を超えても、すぐには銀行が破綻しないことが示されるが、1期間モデルではそうはならない。また、債務超過の額がある一定のレベルを超えるとはじめて銀行取付けが発生し、銀行が破綻することが示されている。銀行取付けの発生確率も内生的に決定され、現実の金融危機の発生メカニズムとも整合的と考えられる。
"The Sources of the Crisis"
Morten RAVN (Professor, University College London and CEPR)
RAVN教授は、流動性の罠の発生のメカニズムに関するモデルを取り上げた。経済の先行き見通しが一定以上に悪化すると、本来の均衡点とは別のより悪い均衡が生じる複数均衡モデルである。このモデルは、期待の変化(のみ)によって均衡が変動するSunspotモデルであるという特徴があるが、その点と現実の危機との関連性について議論があった。
それぞれのモデルの特長や、現実への当てはめについて検討し、欧州の銀行部門の再生、実質ゼロ金利の中でのデフレーション対策などに関して議論を深めた。2008年に起きた金融資産市場の凍結現象は危機の主要な特徴であるが、銀行取付モデルとの関連性について検討が行われた。
第2セッション
"Japano-Sclerosis?"
有賀 健 (京都大学経済研究所教授)
有賀教授は、日本の労働市場の特徴として、新卒者市場が制度的に他と区別されていることに注目した「競争的サーチモデル」を利用した分析を発表した。それによれば、長期の生産性変動は、日本のような労働市場では賃金に、新卒者が既卒者と同一市場で競争するような労働市場では失業率に、より集中して現れることが示された。欧州のいわゆるEuroSclerosisは、日本や米国より充実した失業保険の効果もあいまって、生産性低下が長期で大幅な失業率上昇をもたらした結果と理解できる。そのため、仮に、今後長期にわたり生産性の停滞が続くとしても、日本の労働市場では欧州が経験したような失業率の高まりは考えにくいと予想される。他方、新卒者が他の求職者と区別され、訓練が企業特殊的である場合、労働市場は労働者の経験より質を重視するため、新卒者市場での就職の失敗は、欧州に比べてよりその影響が大きいことも指摘された。
"European Perspective"
Torben ANDERSEN (Professor, University of Aarhus and CEPR)
ANDERSEN教授からは、有賀論文のタイトルの元となっている欧州のSclerosis(硬化症。特に若年の失業率が高い)について説明がなされ、欧州の就業率の長期トレンドが日米と違って改善していないことなどが指摘された。議論では、労働市場の柔軟性など対策のあり方について意見が交わされた。
第3セッション
"Closely Competing Firms and Price Adjustment: Some Findings from an Online Marketplace"
渡辺 努 (RIETIファカルティフェロー)
渡辺ファカルティフェローは、オンライン価格比較サイトにおける価格競争のデータの分析を発表した。あるプレイヤーの価格引き下げ行動がきっかけになって他が追随する動きが市場で見られることが的確に示され、価格付け行動が生産性の改善などの外的ショックを起点にして、かなりの時間差を伴って市場に伝搬することが示された。
"Comments of Price Adjustment"
John DRIFFILL (Professor, Birkbeck College, University of London and CEPR)
DRIFFILL教授からは渡辺ファカルティフェローのプレゼンテーションへのコメントとして、マクロの物価変動の分析にどのようにつなげるのか、物価よりも賃金の粘着性(硬直性)がデフレ・インフレの要因として大きいのではないか、金融面のリスクヘッジなども考慮が必要、などの質疑が行われた。
ディスカッションセッション
日本の90年代の経験を踏まえた欧州経済の現状認識、日本のデフレ状況に関する見方などについてフリーディスカッションが行われた。主要な論点は以下の通りである。
- 小林上席研究員ののプレゼンテーションのスライドによれば、日本の90年代においてはベースマネーの供給量が政策的に増加している。しかし、M2などのより広義のマネーはあまり増加していない。金融システムの機能不全により、信用乗数が低下し、金融緩和政策の効果が低下していたのだと思われる。現在のEUでも、同様の状況となる危険があり、警戒が必要である。
- 中国からの輸入の増加が、日本でデフレ効果を持っているのは間違いないだろう。低価格の日用品が広く供給されることで、いわば所得再分配機能も働いている。1%以上のデフレ効果ではないか。
- 一方で、IT技術が商流・物流を効率化したためにデフレが進んでいるという見方については、関係性がはっきりしていないと思われる。貿易・投資実態に関する研究によれば、現在でもgravity modelは完全に適合しており、距離が貿易・投資の規模を支配している。したがって、IT技術によって距離が無意味になったとはいえず、また、ITがデフレをもたらしたとはいえないのではないか。
- 現在の欧州の経済情勢については、大変厳しく、欧州経済の将来について悲観的にならざるを得ない。その理由は以下4点。
- 1) 貿易のグローバルインバランスの調整に、大変な労力が必要である。アジアと欧州・米州の関係だけでなく、欧州の中でも同じ構造がある。すなわち、EUの中の周辺国は低い製造コストで域内輸出を増やしている。為替による調整ができないので、製品価格で調整が行われる。金融政策でなく実物の量で調整が行われる構図。したがって、企業サイドにもかなり大きな負担を強いている。これまで政府の債務を企業サイドがカバー(資金供給)してきたが、それが続けられるか非常に疑問である。
- 2) 財政支出抑制。政府債務半減の合意をそのまま実施すれば、明らかに欧州経済は二番底に陥るだろう。経済を元の水準まで戻すのに20年~30年かかる事態を引き起こすかもしれない。むしろ、政府支出が大きくても、2%程度のインフレの状態であれば問題はないのではないか。
- 3) 銀行のストレステストが進められている。銀行の財務状態もかなり懸念される。
- 4) ギリシャ経済については、大変な混乱状態であり、経済学的な議論にとどまらず、誰の負担で誰を助けるのかというまさに政治問題になっている。ドイツがかなりの部分を負担しているが、ギリシャ以外の国に飛び火したときに、負担がドイツ国民の理解を得られるのか、政治的な不透明性が大きい。
- 2000年代の日本の景気回復は、日本だけがゼロ金利で、他の国と差別化できたことで、為替政策として機能した面がある。今は、どこの国も実質的なゼロ金利政策を取っているから為替のdevaluationを皆で競い合って、結局効果がないような状態になっている。
- イギリスの政府債務は、平均償還期間が13.7年と相当長いことなどもあり、返済猶予などの措置は必要ない。しかし、スペイン、イタリアなどは、政府債務の返済猶予措置などを検討せざるを得ないかもしれない。ジャパンプレミアムのような利子負担の上昇にとどまらず、政府の資金調達自体が難しくなりつつあるという印象がある。