RIETI政策シンポジウム

世界不況と国際経済~日本の対応

イベント概要

  • 日時:2009年7月16日(木) 10:00-17:30
  • 会場:全社協・灘尾ホール (東京都千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビルLB階)
  • 議事概要

    【第2部】

    基調講演1「グローバル不均衡と国際経済の課題」

    小島 明 (日本経済研究センター特別顧問/Asian Economic Policy Review 編集長)

    構造的問題を解決し、次のステージに転換

    • 構造的な問題と循環的な問題は非常に重要。しかし、循環的な問題は時間の経過により解決するが、構造的な問題は引き続き残る。今回の危機による景気後退は非常に複雑な構造要因がいくつも重なっている。したがって、ポストクライシスを単に循環的な景気の後退としてそれをどう埋め合わせるかという発想ではなく、次のステージに転換するプロセスであるという議論が重要となる。
    • グローバルな構造要因はいくつかある。1)FDI、直接投資を通じた世界的な生産分業構造。2)金融・資本自由化によるマネー経済の劇的な拡大によって、マネー経済と実体経済とのディカップリング現象が起こっていること。3)中国を中心とする新興経済のハイテクを背景に、大量規格商品型の工業品に対する価格引き下げ、デフレ圧力が高まっていること。4)新興諸国の急成長によってエネルギー資源に対する需要が一段と大きくなり、天然資源全般に対する価格上昇圧力が構造的に続くこと。5)国際収支構造のグローバル不均衡の持続拡大に伴う潜在的な為替ボラティリティの拡大など構造的な不安定要因。6)グローバル不均衡調整過程での米国のバランスシート調整の長期化と、それに伴う日本・アジア・米国の「三角貿易」構造の調整、米国依存の是正。

    一層の外需開拓と内需の掘り起こし

    • 世界GDPトータルの成長よりも貿易の成長は高い。外需から内需への転換ではなく、一層の外需開拓と内需の掘り起こしのための諸改革が重要。アジアに生まれている新興中間層は爆発的に億人単位で増えている。アジアを中心とする「中間層」市場拡大への戦略的な対応が必要。
    • 米国のグリーンニューディールのように、戦略的に次の成長セクターやフロンティアに資源を投入しながら次の発展を目指すことは、次の将来産業分野が確保でき、貿易上有利になる。特にエネルギー・環境分野に戦略的対応をしている国は、恐らくポストクライシスの世界において、持続成長が可能な競争優位を確保するのではないか。こうした戦略的な対応について政策面や企業経営において議論していく必要がある。

    基調講演2「国際経済ショックと国際企業の課題」

    若杉 隆平 (RIETI研究主幹・ファカルティフェロー/京都大学経済研究所教授/慶應義塾大学客員教授)

    経済危機の背景と影響

    • 米国の輸入需要は2003年以降急速に拡大しており、金融危機前のバブル的な状況から急変した。今回の景気後退による米国の輸入需要減少は、国によって非対称に影響を与えている。大きな影響を受けているのは日本とカナダ、それに対して中国は比較的影響が小さい。品目では自動車部品あるいは資本財の輸入が大きく減少している。
    • 米国の経常収支赤字の拡大と中国の黒字拡大といったマクロバランスの偏在が非常に顕著になっている。この間、日本の貿易の経常収支黒字は減少する傾向にあった。貿易収支と所得収支を見てみると、貿易収支はほとんどプラスマイナスゼロに近い状態であり、経常収支のプラスはほとんど所得収支によるもの。
    • 今回のショックは米国、EUを最終需要先とした輸出に大きな影響を与えたが、この輸出構造には東アジアの重層的な生産ネットワークが関与していることがあり、それが影響を増幅させた1つの原因である。

    米・中の経済成長と日本の輸出変化

    • 日本からの対米輸出額を品目数と輸出の各財の平均単価の2つに分解して、米国GDPの変化がそれぞれどのような影響を与えたのか分析したところ、米国GDPの上昇によって品目数は減少し、平均単価は上昇していることが判明した。これは、日本企業が米国GDP上昇に対して、品目数を減らして高付加価値の財にシフトしていたことを意味している。一方、中国GDPに対しては結果が異なり、品目の幅を広げつつ付加価値の高い財も輸出している。

    金融危機後の新パラダイム

    • この10年間における世界の所得分布に注目すべき変化が見られ、高所得国への集中から複数の極になりつつある。高所得国、とりわけ1人当たりGDP3万ドル超の高所得市場の他、2000~5000ドル前後の中間的な所得国の市場が急速に拡大している。
    • 今後、米国の貯蓄投資バランスが是正されていく中、高所得国の需要はあまり期待できない一方で、中国やインドを含むアジア、その他の中間的所得国の需要は拡大していき、需要地域が多様化していくことが想定される。東アジアは生産だけではなく需要のコアとなることが予想され、こうした需要の変化に対応する成長モデルが必要となる。
    • 世界のグローバル化した市場が良質な市場となるように市場設計をしていく必要がある。国境を越えた取引が活発になる中、契約の完備性が非常に重要になるであろう。OECD諸国だけではなく需要の核である中間的所得国も組み入れて、法制度あるいは投資ルールなどの国際的なルールづくりをしていくことが重要になる。
    • 変化に対応する企業の考え方について、まずは、所得層の多様化に対して多様な財・サービスを供給することが重要になる。このために国際市場の変化に対応した供給形態が求められる。2点目は、グローバルソーシングが活発になる中、技術移転のスピードが速くなっているため、イノベーションによって新しい財・サービスをどのように創出していくかが重要になる。3点目は、グローバル市場への対応として日本語が持つ競争力への影響を考える必要がある。多くのソフトウェアが関連している高付加価値財を作っていくためには、グローバルな言語での対応が国際的に高い評価を得るために重要なのかもしれない。

    パネルディスカッション:世界不況下における国際市場と日本企業

    冒頭、企業と政策当局からのパネリストより、現状と今後の展望について報告が行われた。

    「世界不況下のトヨタの取組みと課題」早川 茂 (トヨタ自動車 (株) 常務役員)

    • 世界の自動車市場の推移を見ると、2002-2007年の5年間は、全体として急拡大を遂げた。しかし去年の秋以降から2009年初にかけて、ほぼすべての主要市場で前年割れという大変厳しい状況となった。
    • 自動車産業は裾野の広い産業。完成車メーカーだけでなく、部品メーカーの技術開発力、ものづくりの技術、販売店のノウハウなどで総合的な競争力を形成。市場の変動に対応できる仕組みを構築し、進出先での雇用や経済発展に貢献してきたが、今回のような想定を大きく超えた急激かつ世界的な市場縮小には、即座に適応することが困難であったのが実情。
    • 弊社は、今回の危機に対して、創業以来の理念「クルマづくりを通じて地域社会に貢献する」に立ち返り取組みを進めている。自動車メーカーの基本である、お客様が欲しいと思う魅力ある車を廉価で提供するために、各市場のお客様のニーズに応じた商品展開、環境技術開発などを推進していく。特に環境技術は自動車産業にとって最重要経営課題の1つ。今後もハイブリッド技術を中心に据えて、バイオ燃料や電気、水素などの燃料の有効活用を追求していきたい。
    • 一方で、各国政府も環境技術の研究開発に支援を実施しており、国を挙げた開発競争になりつつある。こうした状況下では、日本の競争力も一瞬にして失われかねない。次世代先進分野での研究開発を産官学の連携で一層強めていくなど、日本政府のさらなるイニシアチブ、サポートが重要と考える。

    「国際経済ショックと東芝の対応」斎藤 浩 ((株) 東芝執行役常務)

    • 半導体あるいは液晶パネルといった高付加価値品である電子デバイスが今回大きな影響を受けた。単価も下がり、売り上げが落ちたことで大幅な赤字となった。この要因としては、売価ダウンと円高のほかに、微細化といわれるような技術開発によって、かなり最先端分野におけるコスト競争力を強化してきたが、それが追いつかなかったことなどがある。
    • 今後の対応として、信用リスクに対する不安が依然として解消していないため、短期的には収益を急速に改善する必要がある。売り上げを伸ばすことによって利益を伸ばすことは期待できないという前提で、経済危機の中の2008年レベルでも利益が確保できるような体質に改善したい。その一方で、次の長期的な発展期に入った時にその発展に乗り遅れないための対策も必要。
    • 一部に外需依存から脱却しろという意見があるが、売り上げ6兆~7兆円、将来的には10兆円を狙っている企業にとって、日本市場は小さすぎ、海外市場の成長が非常に大きい。やはり世界市場において勝ち抜いていかなければ発展はない。
    • 具体的な対処法については、コスト競争力とグローバル化の2つがキーワードになる。世界市場で生き残るためには低コストで供給してくる中国あるいは韓国企業と戦う必要がある。したがって中国、韓国企業に負けないコスト競争力を併せ持たなければ、グローバル展開できない。今後の有望分野については、原子力、2次電池事業、太陽光発電システム、新照明技術など環境・省エネ対策に関連する製品である。まずは米国市場でその製品を定着化させるという従来型の展開ではなく、いきなり世界市場に向かってこれらの製品を販売するというのが今後のグローバル展開として重要と考える。

    「経済危機下の世界経済の情勢と日本の対応」小川 恒弘 (前経済産業省通商政策局大臣官房審議官)

    • 政府の対策について、過去20~30年の歴史の中を見ても類がないほど、各国が協調して財政・金融政策を行っている。特筆すべきはやはり中国が円ベースで58兆円、GDP比13%といった思い切った政策をとっていること。
    • 可処分所得で5000~3万5000ドルの人口を中間層市場とすると、1990年から2008年にかけて、アジアでは約6倍に増えている。この需要をどのように確保していくかがポイント。通商白書ではこの市場を「ボリュームゾーン」と表現しているが、製品の質をなるべく下げない形でコストを下げ、韓国や中国と伍していくことが必要である。
    • アジアの内需拡大も重要。アジア経済倍増構想の中に示すようにアジア各国の社会保障制度等の整備に協力をしたり、制度の共通化を図ることによって需要を拡大することが重要になってくる。
    • 日本の優れた技術を使って、競争力を高めていく必要がある。環境・省エネ産業の他に、コンテンツ産業や植物や野菜工場栽培からの輸出可能性を提言している。
    • WTOについて、サミットでも2010年までに妥結をすることで合意した。とりわけ9月からインドでのWTOの閣僚会議がポイントになってくる。天然資源価格の上昇圧力に関して、経済連携や資源外交の裏側として産業協力といった形で、資源の安定的な確保も図っていくことが、日本の競争力を支えていく土台になるのではないか。

    ディスカッション

    ■今後の見通し
    (森川)これからの回復というところに皆さん非常に関心がある。足元で生産が持ち直す動きが見られる。急速な在庫調整の進展が背景にあると考えるが、今後の見通しについて企業のお二人はどのようにお考えか。

    (早川)ようやく在庫調整が完了しつつある。市場の状況が厳しい中で、困難ではあるが、我々はできる限り雇用を守りたいと考えている。今後はいろいろな施策がうまく進めば回復が十分あり得ると考える。米国の場合は、もともとの自動車保有台数が多く潜在的な代替需要があることに加え、人口も毎年増えており、中長期的には回復すると予想している。日本の場合は人口減少基調であり、景気が戻っても以前の水準までの回復は難しいと見ている。

    (斎藤)短期的に収益が赤字になると、当然自己資本の部が棄損される。自己資本の回復を優先して資本増強をしたが、株式市場においてすべて調達することができた。需要、生産面では大きな影響を受けたが、金融面では金融危機の経験もあり、比較的健全だったのではと感じている。大きな影響を受けた電子デバイスもかなり在庫調整も進んでおり、生産調整からやや各社とも脱しつつあるという印象を持っている。

    ■日本・各国の内需主導の景気対策
    (森川)内需主導論というのには否定的なご意見が多かったように思うが、他方で各国では内需主導の大きな景気対策がとられている。これまでにとられた日本、各国の施策についてコメントいただきたい。

    (若杉)今回の世界的な大幅な景気後退と、それが金融によって生み出されていることを勘案すると、短期的にある程度下支えをする対策が必要であったと考えている。ただし、問題はいつまでこれを続けることが可能なのかということ。金融政策についても、余地の乏しい状態になっており、財政政策については大幅な国債発行を抱えていく国が多い。そういう状況の中で、現在の最悪の状況に歯止めがかっている状況から次のステップにどのように移行していくかが重要である。
    企業側から消費者の需要にきめ細かく対応していくということが重要だというメッセージがあったが、高所得者層だけに集中するのではなく、中所得者層の市場が拡大するという市場の需要が多様化していく中、まさにそれは1つの解ではないか。各市場に適応するような財・サービスを供給していきながら、次の新しい創造的な社会を生み出していくことが必要とされる。

    ■三角貿易と生産ネットワーク
    (森川)三角貿易の是正というような話があるが、日本経済にとってどのように評価できるものなのか。生産ネットワークの分析結果から政策的なインプリケーションについてどのようなことが言えるか。

    (黒岩)アジア域内の輸送コスト、通信コストはインフラ建設や技術革新によって低下するため、生産ネットワークは今後も拡大する余地がある。問題は作ったものがどこに向かうかということ。今までは欧米を中心に外に向かっていたが今後は東アジア域内で内需を生み出していく必要がある。その1つの方策としては、FTAによって関税を引き下げ、消費財も含めて互いに需要し合う構造が考えられる。その他、社会保障システムの改善や資本市場など金融資本市場の強化によって貯蓄から投資や消費に向かうようにしていかなければならない。東アジアの国の間の政策協調がますます重要になってくると考える。

    ■通商ルール、WTOの行方
    (森川)通商ルールの関係について議論したい。相殺関税や雇用と競争の問題など、これから中長期のことを考えた時にどういうルールづくりがあり得るのか。

    (川瀬)環境の関係では、たとえば地球温暖化問題に応じて炭素税を適用している国としていない国との間でコストの差を相殺関税として埋めるか否か議論になっている。今までは、たとえば消費税や多段階税のような国内の間接税を、輸出する時に割り戻すのは輸出補助金にならないというルールがあるが、直接税を相殺するような措置はWTOルールを超える措置になっている。労働や競争の問題は、やはり途上国の抵抗が強く、多国間の調整が難しい。投資についてもOECD、そしてWTOでも多国間投資協定を作ろうという試みがあったが、途上国側の反対もあり実現しなかった。環境分野は1つの例外であるかもしれないが、WTOの枠組みで新しい分野にルールを広げていくことは、ラウンドが難航していることも勘案すると困難。それよりも、既存のルールをしっかり実施していくことが重要。具体的には紛争解決手続きとサーベイランスの実施であり、既存のルールでかなりの貿易自由化を達成できると考える。

    (森川)ドーハラウンドについて早期妥結を目指すということがあったが、実際にWTO交渉にも携わった経験を踏まえて、現実にはどのような問題があるのか。

    (小川)WTOドーハラウンドは来年妥結を目標とすることになったが、必ずしも楽観できる状況ではない。一方で、米国やインドなどで、大臣や政権が替わったため、この大きな政治的な変化に期待をしたい。中国、インド等の新興国が、どの程度政治的に交渉を前向きに進めることができるかという点がカギになってくる。日本としてはやはり2国間の投資協定、とりわけ新興国と資源国との投資協定も積極的に進めていくことが重要であろう。

    ■国家の競争優位
    (森川)国際競争が激化する中、国家の競争優位というような話があったが、どのような分野が重要になるか。

    (小島)環境・エネルギーは今後の成長に欠かせない分野であり、技術・イノベーションが必要な分野。これらの分野は厳しい環境基準によって日本の企業や社会が努力して培った技術水準を持っている。ニーズが大きくなっている環境エネルギーに企業も政府もしっかりと取り組んでやることが、21世紀の日本の新しい展開になると期待している。

    (若杉)中国の資金規模は圧倒的に大きい。今後、中国の直接投資が活発化することが予測される。これまで日本企業は経済成長を果たす中で、米国企業との関係にさまざまな経験をしてきたが、今後は東アジア、特に中国企業との関係が大変重要になるのではないか。経済活動におけるグローバルなネットワークが一層拡大するなかで、我々の研究においても国際的なネットワークのなかで取り組んでいくことが重要と考える。