RIETI政策シンポジウム

グローバル化時代の生産性向上策 -サービス業の活性化と無形資産の役割- (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2007年6月22日 (金) 13:00 - 17:55
  • 会場:グランドプリンスホテル赤坂 五色1階 新緑 (東京都千代田区紀尾井町1-2)
  • 議事概要

    [開会挨拶:藤田所長]

    1990年代以降はIT革命を代表とする生産性の向上とグローバル化が世界経済の動向へ大きな影響を与えている。しかし、日本は90年代の長期停滞の間、財政政策・金融政策を行ってきた一方で、生産性向上のための施策をとってこなかった。生産性の指標として知られる全要素生産性(TFP)も、日本は公式の統計が発表されていない。

    以上の問題意識から、経済産業研究所は深尾京司RIETIファカルティフェロー/一橋大学教授と宮川努RIETIファカルティフェロー/学習院大学教授をプロジェクトリーダーとして、「産業・企業の生産性と日本の経済成長」プロジェクトを始めている。このプロジェクトは以下2つの特徴を持っている。

    (1)マクロ経済全体の生産性上昇を産業ごとの生産性上昇の集計値として分析を行う。また、各産業の生産性上昇は、企業や工場の生産性の集計値として捉えることができる。この分析の結果から得られた産業別全要素生産性の指標はJIPデータベースとして日本の学界、官界の共有財産として利用され始めている。

    (2)国際比較が可能である。EUで2年半ほど前から進められている、EU・アメリカ・日本の生産性比較を目指しているEU KLEMSプロジェクトに、日本を代表して参加している。

    本日のシンポジウムでは、JIPデータベースとEU KLEMSデータベースの結果から、日本と欧米の経済成長と生産性についての発見の報告と、その報告を受けての討議が行われる。JIPデータベースからは、日本の産業間で大きな生産性格差が生まれていることがわかっており、特にサービス産業では欧米に遅れをとっている。欧米では無形資産の蓄積がサービス産業の生産性向上に貢献していると認識されている。

    [基調報告1:宮川報告の概要]

    1. 資本の蓄積と生産性の向上、無形資産の役割
    日本の成長のためには資本の蓄積と生産性の向上が必要であり、資本の蓄積についてはICT(Information and Communication Technology、IT投資と呼ぶこともある)資本とICT資本の蓄積が重要である。しかし、ICT資本が蓄積されても生産性の向上には結びついておらず、研究者の間で無形資産の役割が注目されている。

    宮川努ファカルティフェロー等が無形資産の計測を行い、英米と国際比較を行った。その分析結果を報告した。

    2. 日本経済の回復期と低成長
    2002年から続いている景気回復は、戦後最長の回復期間で、その間の成長率は2.1%であり、過去の回復期と比べても低い伸び率である。EU KLEMSを用いた国際比較でも、95年以降の成長率は先進国中最低であった。

    経済成長の要因は、資本、労働、TFPの寄与に分解できるが、日本は3つ全ての要素がマイナスになっている。

    ICT産業(情報サービス業や電子部品製造業など)のTFPは海外と比較して高い成長がみられるが、それがサービス業全体に波及していない。例えば、小売業のTFP上昇率は、アメリカが4%であるのに対して、日本はマイナス成長である。

    労働生産性の日米比較の結果からも、特に日本のサービス産業の生産性が低いことが判る。

    3. ICT資本の経済成長への寄与
    95年から04年のICT資本サービスの伸び率を国際比較すると、成長率に応じて3つのグループに分類できる。トップ・グループはアメリカとイギリスで、約4倍に成長している。2番目のグループはフランスとドイツで、3倍の成長。最後のグループが日本とイタリアで成長が2倍にも達していない。その結果、経済全体へのICT資本の成長への寄与も、日本は欧米と比較して小さい。

    4. 無形資産の果たす役割
    日本はアメリカと比較して、IT資本の蓄積が進んでいる。しかし、TFPの上昇に寄与していない。その背景として、無形資産の蓄積が関連している。無形資産は、コンピュータライズド・インフォメーション(ソフトウエアなどの情報資産)、イノベーティブ・プロパティ(研究開発、特許権、ライセンスなどの革新的資産)、エコノミック・コンピータンシス(人的資本、組織資本などの経済的競争能力)に分類できる。

    アメリカはこの無形資産が安定的に上昇しているが、日本では98年以降横ばいである。その内訳の比較を行うと、日本はコンピュータライズド・インフォメーションやイノベーティブ・プロパティはGDP比でみてアメリカ以上の蓄積がなされているが、エコノミック・コンピータンシスがアメリカの半分以下である。

    5. 無形資産を促進する政策
    ICT資本は今までも欧米並みに蓄積されてきたが、まだその伸びは鈍い。政府は資本蓄積へのサポートをする必要がある。日本の人口減少による需要の低下から、サービス産業の生産性向上の為には、海外マーケットへの拡大が不可欠である。海外の人材を開発するシステムが発展していないことからも、サービス産業のグローバル化のために無形資産の蓄積が重要である。

    日本ではソフトウエア投資が高いが、パッケージ・ソフトウエアを使うと新たに訓練や組織改編のコストがかかるため、受注ソフトウエアが多い。その点で、組織資本・人的資本の蓄積がパッケージ・ソフトウエアを採用すると欧米と比較して小さくなっている。そのための人材教育が必要である。

    以上の施策を実行するためにも、無形資産の蓄積への評価システムを政府が構築することが求められる。

    [基調報告2:Bart van ARK報告の概要]

    1. 生産性のギャップが経済に与える影響
    日本では景気が回復しているが、弱い回復である。その要因として、サービス部門が問題であるということがわかってきた。その中で無形資産の役割も大きいことがわかってきている。

    生産性が日本で低下していることから、国民1人当たりのGDPや資本一単位あたりのGDPがアメリカと比較してどちらも成長が止まっていることが指摘される。日本とアメリカの経済的なギャップの要因を確認してみると、実際に生産性が低下している。また、日本の労働時間はアメリカよりも短くなる傾向にあり、就労人口もアメリカとの差が縮小している。この点からも、生産性の上昇が不可欠であることがわかる。

    2. 成長の源泉としての生産性
    成長の要因は資本・労働・中間投入に分解することができる。以上を除いたものを全要素生産性(MFP、Multi Factor Productivity)と呼ぶ。これはTFPと同じ概念である。MFPは技術革新の代理指標として用いることができる。

    EU・アメリカ・日本について、それぞれの生産要素の経済成長への寄与を、80~95年と95~04年の2つの期間で比べると、労働時間や非ICT資本・ICT資本で、欧米に比べて日本に減少傾向が見られるが、労働の質は上昇している。しかし、アメリカの高成長を支えているのはMFPであり、日本やEU は80 年代の成長に比べて大幅に減速している。

    3. 無形資産の評価
    MFPは技術革新の代理指標である。この技術革新には研究開発投資から得られる技術も含まれるが、同時に人的資本や企業自体の能力も含まれており、これらの要素は無形資産と呼ばれる。無形資産は経費として勘定されることになるが、企業価値に影響を与える投資として判断し、資本として評価することが大切である。

    90年代後半からのアメリカの経済成長の27%を占める無形資産の内訳をみると、ソフトウエアへの投資と企業特有のスキルが大半を占めている。ICT資本の増加がMFPの成長に直接影響を与えていることは確認されなかったが、無形資産を通じてMFPに影響を与えている。

    4. 生産性を伸ばすための政策
    生産性を伸ばすためには、個々の企業の非効率性を改善し、ベスト・プラクティスに近づける。それには、企業間の競争を促すこと、中小企業育成、教育への投資が重要である。

    また、ベスト・プラクティスであるフロンティアの拡大も重要である。そのためには、イノベーションを促すための人的資本の上昇、R&Dへの投資が必要であり、海外の人的資本を受け入れることも効果的である。

    無形資産はその中で重要な役割を果たす。特に、無形資産への投資を決定する企業家の存在が重要で、そのインセンティブを増すための環境整備が必要である。同時に、円滑な退出を可能とするための環境整備も必要である。

    サービスは地域性が強いため、他の地域へのマーケットの拡大を求めていく。

    [基調報告3:Ron S. JARMIN報告の概要]

    1. ビジネス・ダイナミクスとイノベーション
    ビジネス・ダイナミクス(企業の開廃業)の役割が重要になっている。特にビジネス・ダイナミクスがイノベーションに大きな影響を持っている。生産性の低い企業が退出することによって、生産性の高い企業への資源の再配分が行われる。そのためには、市場の能力が必要になる。

    特に、小売業について分析を行う必要がある。経済の中で、製造業よりも小売業が果たす役割が大きくなっている。労働生産性で大きく日本を上回っているアメリカは、特に小売業で成長しており、この点でも分析を進める必要がある。

    2. チェーン・ストアーの発展
    アメリカでは、大規模なチェーン・ストアは、IT投資を行い、高い生産性をあげ、雇用の成長率が高い。また、一方、過去の分析結果から、継続している企業よりも、新たに参入する企業が高い生産性をもたらし、生産性の低い企業が退出することで高い生産性をもたらしていることがわかった。これは、小規模な小売企業が退出をして、生産性が高いチェーン・ストアが参入している傾向と整合的である。

    3. チェーン・ストアのIT投資
    チェーン・ストアーを発展させるには、離れた距離の間でのコミュニケーション・ツールが必要であり、現在ではITが活用されている。

    アメリカではたくさんの小売店舗が展開されているが、その12%が大規模チェーンに含まれている。製造業とは異なり、古くから続く大規模小売業が雇用創出をしていることがわかっている。一方、小規模の事業所は、最初の数年経った後に、成長できないと雇用が失われることになる。

    その背景として、大規模企業がIT 投資を組織全体に統合されるように行っており、そこから高い収益が得られている。

    4. 日米英の比較
    店舗レベルのマイクロ・データを用いた日本・アメリカ・イギリスの小売業の比較を行うと、97年から02年の間で、日本の小売業の数がアメリカよりも多いことが指摘される。しかし、従業員規模は日本の方が小さい。

    開廃業率をみると、廃業率は3カ国で差異がないが、日本は新しい企業の参入が行われていない。また、日本は新たに参入する企業が大型店舗である傾向もある。

    継続企業についてみると、アメリカの企業は従業員の成長率が日本・イギリスよりも高い。一方、日本は参入時から規模が大きい傾向がある。退出による資源配分をみると、アメリカが最もその効果が高く、イギリス、日本と続いている。

    5. 規制緩和政策と統計整備の必要性
    イギリスには土地利用で制約が存在している。郊外店で大型店を出すことは悪と判断され、規制が存在している。これがイギリスの生産性にマイナスの影響を与えているという研究結果も存在する。

    開廃業率の詳しいデータを作成すること、シュンペーターのいう「創造的破壊」の計測を行うことが必要になる。技術ショックや経済全体のショックがビジネス・ダイナミクスに与える影響も測っていく必要がある。

    [質疑応答]

    Q1.
    なぜ、日本のTFPは80年から95年にかけて高い成長を遂げたのか? 特にサービス産業の高い伸びを説明することは、これまでの議論では難しいのではないか? また、90年代半ばに経済成長が減速した理由も説明が難しい。

    A1.
    無形資産の経済全体に占めるシェアは80年代から90年代にかけて低い。経済成長に与えるそれ以外の要素についても分析する必要がある。サービス産業は90年代前半の生産性上昇率は決して低くはないが、その時期は、ITの性質が異なっていた。IT性質の変化(ダウンサイジング化)に日本がついていけなかったことが、経済減速の原因であると考えられる。

    A1.
    80年代の日本の成長は、まだ欧米へのキャッチ・アップの期間であった。また、IT以外の投資の伸びが経済成長に影響を与えている。

    Q2-1.
    経営者の理念などが大切であると考えるとすると、財務諸表上からの経営資産の計測だけで十分なのだろうか?

    A2-1.
    マイクロ・データで分析する際には、企業価値から有形資産を引くことで、無形資産の計測している。この中に、企業の経営力や人的資本の価値など、さまざまな要素が含まれている。

    Q2-2.
    多国籍企業化することで、国の利益ではなく株主の利益を考える経営がなされるのではないだろうか。この時に、JIPデータベースの存在との整合性がどのように考えられるか。

    A2-2.
    海外に進出するとJIPでは測りきれない部分があるが、JIPの付帯表で海外進出の状況の把握が可能であり、それと組み合わせることで、生産性への効果を測ることが可能である。

    Q3.
    無形資産が不良資産になってしまうケースも存在するのではないだろうか? 霞ヶ関の給与システムの問題点などもこれに含まれるのではないか?

    A3.
    有形資産と無形資産の比率は日本がアメリカと比較して低い。その背景には、日本が有形資産を重視することでバランスを失っていると考えられる。金融機関のATMの使いにくさなどは、その代表例である。

    A3.
    正確に測定を行うことができれば、無形資産からの収益を測る事も可能であるし、市場が無形資産をどのように評価しているかもわかる。