RIETI ANEPRシリーズ

Asian Network of Economic Policy Research (ANEPR) 2003-2004 新しい秩序を模索するアジア (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2004年1月16日(金)・17日(土) 終日
  • 会場:国際連合大学(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語
  • 議事概要

    去る1月16日(金)・17日(土)、RIETI ANEPRシリーズ2003-2004「新しい秩序を模索するアジア」が国連大学(東京)にて開催された。日本、中国、米国およびその他の諸国・地域の識者を招き、アジア太平洋地域の経済、安全保障および文化をについて活発な議論が展開された。シンポジウムは4部に分かれ、第1セッションは地域経済統合、第2セッションは情報・文化、第3セッションは地域安全保障をテーマにプレゼンテーションと関連の自由討議を実施、第4セッションは自由討論にあてられた。

    貿易、マルチラテラリズム、地域統合

    第1セッション前半では、まず、スタンフォード大学のLawrence Lau氏が東アジアの経済統合の現状と展望について見解を述べた。また、韓国開発研究院(KDIスクール)の安徳根氏が「韓日自由貿易協定(FTA)のあり方:韓国の視点」をテーマに、またシンガポール国際問題研究所(SIIA)のChia Siow Yue氏が「東南アジア諸国連合(ASEAN)と東アジア経済統合」について講演し、続いて経済産業研究所の山下一仁上席研究員が農業交渉をとりまく問題について考えを表明した。

    関連討議のなかで、FTAや地域経済統合を推進することは、政府として正しい選択かどうかという根本的な問題提起がなされた。FTAは、グローバルに展開する競争力のある企業にとって望ましいものであるが、国内に残って雇用を創出し、税金を納めている非効率な企業にとっては不利益をもたらす可能性もあるため、その推進については慎重であるべきとの意見が一部の参加者から出された。これに対し、別の参加者から、FTAのせいで競争力のある企業が海外転出するのではなく、むしろFTAを結ぶことによって国内の事業環境が改善され、企業を国内にとどめ、国内に雇用を取り戻すことができるとの反論がなされた。日本のFTA政策については、国内改革を進めるためのさまざまな手段の中の1つとして位置づけるべきとの指摘があった。また、別の参加者は、勝者と敗者のギャップの拡大に言及し、FTAとはかかわりなく起こっている現象ではあるものの、FTAに対する否定的な見方につながる可能性もあるので注意を要するとの認識を示した。

    金融・通貨

    第1セッション後半では、金融的側面から地域統合が議論された。アジア通貨安定に向けて、韓国経済政策研究所の王充鐘氏、東京大学の伊藤隆敏氏、スタンフォード大学のRonald I. McKinnon氏がそれぞれ異なる考えを提示し、続いて中国国務院発展研究中心の李剣閣氏が中国におけるマクロ経済の現況および金融改革について講演した。

    伊藤氏から提示された「アジアボンド(アジアの発行者がアジア市場で発行するアジア通貨建て債券)」について、ある参加者は、支持するが具体的にどう実現するかについて疑問を呈し、外国の投資家を引き寄せる以前の課題として、まず実行性ある債券市場の開発が必要との認識を示した。多くの東アジア企業にとって過剰債務が問題であることを踏まえれば、むしろ株式市場の発展がより重要であるとの指摘もあった。一方、McKinnon氏が提示した米ドルペッグ制については、金融政策の独立性が失われるとの懸念が表明され、日本の現在の経済状況では受け入れられない選択であるとの指摘があった。これに対し、米ドルペッグ制を導入することによってデフレ期待が後退するので、むしろ日本にとって好ましいとの反論があった。アジア諸国が米ドルペッグ制を導入する際は、ドルの価値変動に際して各国通貨が一緒に動くようフェイルセーフ(多重安全)機能について規定を設けるべきとの指摘もなされた。

    国境を越えるリスクの管理と情報の流れ

    第2セッション前半では、新たな情報社会・デジタル現象によってもたらされた課題について議論された。中信出版社の肖夢氏がグローバリゼーションと情報技術が中国におけるSARS(重症急性呼吸器症候群)の拡大阻止にいかに貢献したかについて、また、シンガポール南洋工科大学(NTU)のPeng Hwa Ang氏がシンガポールにおけるSARS拡大が政府の徹底的な情報管理によっていかに効果的に防がれたかについて紹介しながら、SARS危機からそれぞれの国が学んだ教訓について見解を述べた。続いて、昨年12月にジュネーブで開催された世界情報社会サミット(WSIS)に出席したアジアネットワーク研究所の会津泉氏から、サミットの結果およびインターネット世界のルール作成に向けて多国間かつさまざまな利害関係者を交えて行われている取り組みとその問題点について見解が述べられた。

    安全保障・危機管理の観点からコミュニケーションの自由と情報管理のバランスをどう考えるかについて、各国ともジレンマを抱えているとの認識が示された。一部の参加者から、危機にあっても政府は情報の自由を確保すべきであるとの意見が述べられ、むしろ懸念すべきは、安全を確保したいがために一般市民の側から自主的にプライバシーを放棄する傾向が見られることであるとの指摘があった。インターネットをとりまく問題については、インターネットを通して広がる誤った情報に対処するメカニズムが必要であるとの意見が表明された。これに対し、インターネットという匿名環境においては、そもそも説得力をもって情報を伝達することが難しく、たとえ誤った情報が流れてもその被害は限られているとの指摘もあった。

    デジタル産業と国境をまたぐマーケット

    第2セッション後半では、経済産業研究所の池田信夫上席研究員から日本のデジタル産業について、経済産業省の境真良氏からポップカルチャーの地域統合の牽引役としての可能性について、経済産業研究所の横山禎徳上席研究員から情報、文化、人の動きについてプレゼンテーションが行われた。

    関連自由討議のなかで、ポップカルチャー推進における政府の役割のあり方が議論され、日本政府に対しては、役割を最小限にとどめ、現行の「良性の怠慢」政策を続けるべきとの意見が多かった。一方、ポップカルチャーやコンテンツの国境を越えた広がりについて、ある参加者から、政府がその気になりさえすれば、ある種の外交目的を達成するための手段になりうるとの懸念が表明された。これに対し、別の参加者から、ある国で製作されたコンテンツは、映画であれテレビドラマであれ、国家主義的色彩が強すぎるものは他国で受け入れられないとの指摘があり、現実に受け入れられているものについては、懸念されるような影響がたとえあったとしても限られているとの見解が示された。

    アジアの地域安全保障と危機管理

    第3セッションでは、アジアにおける地域安全保障について、米国のユニラテラリズム(一国主義)と安全保障政策、中国の台頭と外交政策の変化、北朝鮮問題という3つの大きなテーマを中心に活発な議論が展開した。

    スタンフォード大学のStephen Krasner氏から、米国のユニラテラリズムはブッシュ政権の特異性によるものではなく、米国の国益や軍事力を反映するものであるとの認識が示された。一方、経済産業研究所のGerald Curtisファカルティフェローは、米国の対東アジア外交のあり方について、東アジア地域情勢がかつてと大きく異なることを踏まえ、従来のハブアンドスポーク方式の外交路線を修正すべきとの見解を述べた。

    関連自由討議のなかで、米国のユニラテラリズムの実行可能性と持続可能性について質疑があった。市場重視の自由化を進める数々の諸国のなかで米国だけがなぜテロの標的となるのか、米国の戦闘行為がどこまで持続可能なのか、ユニラテラリズム政策の長期的なコストは考慮されているのかといった疑問が提示された。また、ユニラテラリズムは確かに米国の構造的なニーズを反映する政策であるが、ブッシュ政権は政策決定において二極化しすぎる傾向があり、その手法も1つの要因になっているのではないかとの意見もあった。

    中国の台頭については、中国人民大学の時殷弘氏と立教大学の高原明生氏から、近隣諸国に対しより柔軟な路線に転じつつある中国の安全保障政策とその意味合いについてそれぞれの見解が述べられた。関連自由討議のなかで、中国が最大の共産主義体制を維持しながら「普通の国」として他国から受け入れてもらうことができるかとの疑問が提示された。また、台湾にとって中国は引き続き軍事的脅威であるとの指摘もあった。中国・台湾問題については、主権問題をしばらく棚上げし、まず経済関係の進化をとおして相互理解をはかるとともに投資など、より大きな経済的利害を互いに持ち合うことによって、何らかの解決を探るための環境が整うのではないかとの意見が多かった。

    北朝鮮問題については、韓国開発研究院(KDI)の林源赫氏から1994年米朝枠組み合意とその失敗についてプレゼンテーションがあった。関連討議のなかで、北朝鮮の非核化、南北朝鮮の統合、米軍の引き上げというシナリオが北朝鮮を除く関係各国にとって受け入れられる解決策ではないかとの認識が示された。また、ある参加者から、成功の可能性は必ずしも高くないが、非核化を国交正常化交渉や経済援助の前提条件と位置づけるのではなく、一括方式で解決をはかることが唯一可能な選択肢ではないかとの意見があった。ただし、6者協議に参加する北朝鮮以外の5カ国が協議の進め方で共通認識を持てるかどうかが問題であるとの指摘も付け加えられた。

    理論的概念および新たな秩序に関する議論

    第4セッションは、第1~3セッションで討議された内容の理論的な側面に焦点をあてるとともに、新たな秩序のあり方について議論が持たれ、国家、国境、主権に関する従来の概念と新たな制度的枠組みの可能性について活発な意見交換が行われた。従来の主権国家の枠組みをこえる数々の事例が言及され、制度革新が台湾問題解決への糸口になるのではないかとの意見が出された。その一方で、既存の枠組みを超える試みは、あくまでも関係各方面の自主的な合意の上に成り立つもので、場合によっては代替的な制度的取り決めが必要であるとの指摘もあった。また、従来の主権概念は、現実においていまだ重要であるとの認識も示された。

    非政府組織(NGO)その他の政府に代替しうる制度がより大きな役割を果たすべきとの認識でおおむね一致したが、どの程度の役割を果たすべきかについてはさまざまな見解が示された。ある参加者は、政府はもっともコストの高い組織形態であるとし、安全保障政策など一部の特殊な分野を除いて政府の役割は最小限にとどめ、なるべくNGOその他の代替組織に職務を任せるべきとの見解を述べた。一方、複数の参加者から、NGOの役割はますます重要になるものの、従来の政府システムに代替するものではないとの意見が述べられた。

    また、米国の対アジア経常赤字という新たなグローバル不均衡の問題が取り上げられ、その調整が余儀なくなったときアジア諸国がその負担をどう分担するかについて、活発な議論が展開された。為替相場調整はきわめてコストの高い選択肢で、必ずしも有効な解決策ではないとの認識が複数の参加者から示された。むしろアジア諸国は、集団的な為替制度の導入や貿易障壁の除去など、マクロとミクロの両面で政策協調をはかるべきとの提言がなされた。また、アジア諸国を中国およびシンガポール以外のASEAN諸国からなるグループと、日本、韓国、台湾、香港、シンガポールからなるグループに分けてそれぞれが通貨ブロックを形成し、各ブロック内で各国通貨の為替平価を一定に保つことによって、貿易面で競合関係にある国の通貨が米ドルに対して一緒に変動するようになれば、為替調整がたやすくなるとの提言もあった。

    文責:RIETI編集部 名島光子