経済産業研究所・中信出版社『比較』編集室共催セミナー

制度変換期の日本経済

イベント概要

  • 日時:2003年8月29日 9:00-12:30
  • 会場:北京京倫飯店(北京)
  • 主催:経済産業研究所・中信出版社『比較』編集室
  • 日本の制度転換とコーポレートガバナンスについて

    張春霖 (世界銀行中国事務所シニアエコノミスト、『比較』編集委員)

    私の日本経済に関する知識は乏しいものでありますが、青木教授がお話された比較制度分析に関する枠組み、また制度変化の枠組みは非常に価値のあるものだと存じております。私は2つの分野についての問題を提起したいと思います。

    第1点は青木教授がすでに述べられましたが、制度転換のプロセスにおいて、なんらかの外部からのショックを受けたとき、ある者は新しい方法を試そうとし、またある者は従来の方法をとり続けようとします。これは非常に普遍的な事柄であるのかもしれません。すべての制度変化期において、このような大きな2つのグループが現れるのです。前に進化するべきだと主張するグループ、そしてそこにとどまる、あるいはゆっくりと進もうと主張するグループです。私が提起したいのは、そこに第3のグループが存在するのかということです。私たちが転換時に目にするのは、第3のグループです。先ほど申し上げた2つの大きなグループは簡単な言い方をすればそれらはWINNERとLOSER、つまり勝ち組と負け組みということになります。制度が転換することで利益を得られる人は前へ進むことを望むが、その一方、制度転換の中で必ず損失を出してしまう人は、ゆっくりと進むこと、または転換しないことを望みます。

    第3のグループは非常に興味深いのです。ではその特徴とはどのようなものなのでしょうか? それは、制度の転換が非常に順調に、あるいはまったく問題なく進む場合、第3のグループは負け組みとなり、制度の進行が非常にゆっくりで、まったくうまくいかない場合には、勝ち組となるということです。青木教授のお言葉を拝借いたしますと、制度が安定して均衡が保たれた状態からまた別の安定して均衡が保たれた状態に移行するプロセスにおいて、抵抗を受け、途中でストップしてしまい、さまざまな混乱が生じたとき、第3のグループは勝ち組になるのです。その最も典型的なパターンがロシアの寡頭制(Oligarchs)です。そのため、その国の制度の転換が結局どれほど成功するか或いは失敗するのか、ひいては災難をもたらすのかということは、この第3のグループがその国でどれだけの勢力を持ち、どんな役割を果たすのかで決まると私は考えております。私は非常に面白いと感じるのですが、日本にはこのような第3のグループというのは存在しないのです。以上が第1点でした。

    第2点はコーポレートガバナンスについてです。コーポレートガバナンスは非常に重要な制度であります。日本のコーポレートガバナンスは非常に特色があります。青木教授も先ほど触れられましたメインバンク・システムのように、日本におけるコーポレートガバナンスも転換のプロセスにあると考えています。私たちが過去に教科書から学んだコーポレートガバナンスでは、現代の大企業の所有権と管理権は分離されたものでした(バーリ・ミーンズモデル)。

    先日Michael Jensenの1989年の論文を拝読したのですが、この論文や、またBernard Black他何名かの見解では、アメリカ型の所有権と管理権の分離、株所有権の高度分散型モデルは人為的に作られたものであると認識されています。アメリカは30年代に一連の法律によって大株主の権利を制限し、最終的にこのようなモデルになりました。実際に世界の他の地域においてより広範で多く用いられるのは所有権集中型のモデル、あるいは所有権単独所有型のモデルです。Jensenによる1989年の論文のタイトルは「公的企業体の衰微」というもので、彼は人為的に作られたこのような株所有権の分散型モデルは長く続けることはできないとし、その理由として、株主を分散し過ぎることによって、株主が会社幹部をコントロールできなくなり、会社の経営は実際には幹部自身が行っているので、結果として多くのフリー・キャッシュ・フロー(free-cash flow)を蓄積してしまうということをあげています。本来は、キャッシュは株主に配当すべきなのですが、投資収益率が高いものにならないため、会社の管理者が株主に配当金を分配したがりません。そうしてたくさんのフリー・キャッシュ・フローが会社に蓄積され、非常に効率が悪くなります。もしこの時誰かがこの会社を買収すれば、株主の投資収益率はいとも簡単に引き上げることができます。そのようにして買収されることで株所有権が集中し、旧公的企業体モデルは所有権集中型のモデルに取って代わられます。

    私は日本の制度はまた別の種類のものではないかと考えています。株式の所有権はかなり分散されているようですが、株をコントロールする権利は非常に集中しており、とくに大銀行に集中しています。Jensenは論文の中で、アメリカの公的企業体は衰弱し、現在は比較的集中型モデルに移行しているが、日本はアメリカの誤ったやり方を模倣し、企業は株主の権利をできる限り分散させる、と述べています。そのため私も、日本のコーポレートガバナンスのモデルがどのように進化するのかという青木教授の講演をたいへん興味深く拝聴いたしました。