経済産業研究所・中信出版社『比較』編集室共催セミナー

制度変換期の日本経済

イベント概要

  • 日時:2003年8月29日 9:00-12:30
  • 会場:北京京倫飯店(北京)
  • 主催:経済産業研究所・中信出版社『比較』編集室
  • 社会主義市場経済体制を整備するためのいくつかの要点

    林毅夫 (北京大学中国経済研究センター主任、『比較』編集委員)

    少し遅れてしまったため、私は青木教授の発言を聞くことができませんでした。ですから青木教授に対して評論をするということはできかねます。私は青木教授が長きにわたって制度分析という方式をもって日本の問題を研究され、かつどちらかといえば楽観的なお方であり、日本の経済発展を信じておられる学者であるということを知っております。ある角度から見た場合、私自身もおおよそこの種の人間に属すものであります。1987年に帰国した後、たくさんの研究を行いましたが、比較的大きな分類でいうならば、私の研究は農業分野であれ国有企業また経営管理の分野であれ、どれも「制度」と関係がございました。

    中国は今年10月に第16期中央委員会第3回全体会議の開催を予定しており、その内容は社会主義市場体制の整備です。社会主義市場経済体制の整備それ自体が、1つの制度改革であります。それゆえ私はこの20分間の中で、こうした制度分析方式を用い、また楽観的な視点でもって、中国がどのように社会主義市場経済体制を整備していくかを見ていきたいと思います。先ほど栄敬本先生が制度分析の方法に関して非常に正確で繊密な総括を行い、5つの特性を言及されました。1つ目に制度の内因生成、2つ目には制度の変動自体に実は経路依存性が存在するということです。3つ目に制度には相互補完性があり、私たちは1つの制度を単純に取り上げて実行し、その運用効果の有無について述べることはできないということです。ある制度の効果について述べるには、制度の構造において、その他の制度と他の分野で互いに作用するかどうかを見なければなりません。4つ目に(栄)先生は情報が誘導する性質に関して、主に我々が学者やインテリとして、社会制度の変革に対してどのような作用をもたらすことができるのか、みなさんに実行していただきましょうとおっしゃられました。つまり制度内で選択をするときに、大変重要なのは、私たちが変革時の制度における問題に対して分析を行うことができる、第三国の制度を参考にできるということです。5つ目は制度変革それ自身が、1つの公共的な産物であるため、単純に市場また市場の内因生成に依存すると、かならず完璧にいかないだろうということです。この5つの観点は非常にうまくまとめられていると認識しており、私もここ数年基本的にこのように主張しております。

    それでは、このような観点から、中国が社会主義市場経済体制整備させることをどのように見ればよいのでしょうか? もしもいかにして社会主義市場経済体制を整備させるかということを論じるのならば、経路依存性、制度の内因生成、制度の相互補完性という観点から申しますと、必ずわれわれが今何の問題を抱えているのかを理解しなければなりません。しかしながら、現在抱えている問題の多くは過去から受け継いだものなのです。それらについて簡単に振り返ってみたいと思います。もちろん、皆様方におかれましても何人かの方は何度もお聞きになったことがおありかと存じます。

    中国の過去におけるいわゆる伝統的体制、それはいったいどこから生み出されたものなのでしょうか。伝統的な観点から見ると、われわれはソ連の経験というものを踏襲し、社会主義的な意識形態の影響を受けてきました。しかし中国の具体的情況を研究するうえで、1つの異なった考え方が打ち出されました。つまり、中国では社会主義計画経済が存在したのは社会主義国家であるためではなく、資金が少ない発展途上国としてそれ自体が持つ比較優位にはそぐわない重工業体制を打ち立てるためであると、われわれは認識しています。こういう比較優位にそぐわない産業の中で、企業が生き残れるわけがありません。しかし国家がそれを立ち上げようとする場合、価格を捻じ曲げ、投資を低く抑えたり、原材料の価格請求を安価にしたりするなどの行政的手段に訴えます。これがつまり、我々が目にする計画経済体制なのであります。そしてこの制度は、実は必ずしも社会主義国家においてのみ運用されているというわけではありません。1950年代の第二次世界大戦後、多くの発展途上国がこの制度の運用を採用しました。なぜなら彼らはみなそのとき共通の願いを持っていたからです。それはつまり、発展国に追いつくということ。その象徴的なものとして、あの時期に見通すことができたのは重工業産業を立ち上げることでしたが、われわれは中・南アメリカやアフリカに行き、計画経済を採用している国々の状態を視察しましたところ、国家の干渉の違いによって多かれ少なかれ違いが生じていました。体制の本質には何ら変わるところはありません。この体制のよい部分とは、非常にうまく各方面の資金や物資を動かし、一連の重工業体制を築くことができるという点であります。ですから中国は1979年から改革開放が始まりましたが、これは必ずしも中国で始まったものではないのです。実は大多数の発展途上国および元社会主義国家が1970および1980年代に行っていたことなのです。

    改革には基本的に2種類ございます。1つは中国が提議している双軌制であり、もう1つはショック式で、これは東ヨーロッパのものであります。70年代末と80年代初め以後に、何カ国かの発展途上国は伝統的な体制の下、政府による価格情報・資源の配置への介入のため、一部の産業を興しても経済的効果や利益は見込めず、その結果、経済的危機を引き起こしてしまうことになったのです。そしてこの様な経済危機をどのようにして解決するかという場合に、当時の学術界はそれぞれの不正行為を一度に排除するべきだと認識しており、「ワシントン・コンセンサス」はまさにこのような青写真を描いていました。しかし、中国は80年代から漸進式改革を採用し始め、「ワシントン・コンセンサス」の影響を受けませんでした。80年代以降、中国は非常にすばらしい業績と効果を得ることができ、経済成長は平均して9%台にのりました。しかしながら国際的な学術界において、また私が参加した国際学術会議で、中国の経済成長が最も速いとは認識されていませんでした。当時はまだ我々の双軌制改革が肯定的にとらえられておらず、ほぼ全ての双軌制改革が実にお粗末なものであり、計画経済体制よりもさらにひどいものであるというのが、当時の共通した認識でありました。

    さらに10数年が過ぎ、基本的には、ソ連・東アジアのショック療法的改革方式は本来予測されていた業績や効果を生み出しませんでした。先日、世界銀行はソ連および東欧のこの10年転換期における改革を回顧するという一冊の本を発行しました。その本からわれわれは最も成果をあげた国がポーランドであることを見て取ることができます。ポーランドのGDPは1990年度と比べて44%しか増えていません。しかし、多くの国は10年の改革を経てそのGDPは1990年度よりも低くなっているのです。例えばロシアは40%も低くなっており、さらにひどい状態になっています。すなわち、ショック療法または「ワシントン・コンセンサス」による改革では成功を収めることはできないということです。この様な状況は旧ソ連と東欧各国においてだけでなく、ほとんど全ての他の発展途上国でも同様です。先日元世界銀行所属の経済学者の方が『the Lost Decades』という本をお書きになられました。先ほど青木教授がlost decadeについて、日本は10年間だったとおっしゃいましたが、その経済学者はその他の発展途上国については20年間だったと認識しているのです。なぜなら80年代初めに、「ワシントン・コンセンサス」に基づき改革を推し進めていった発展途上国は、もともとの経済成長率は2.5%であったのに、80、90年代においては、平均して0%であった。つまりさらに悪化しているという事が明らかになったからです。

    何故当時の学術界が社会主義の国家および発展途上国の改革についてこうした共通認識を抱き、推し進めたにもかかわらず、悪い結果になってしまったのか。私は最も大きな理由としては、彼らが制度改革を推し進めているときにしっかりと制度分析を行わず、また制度を1つの内因生成の要素として分析しなかったことであると感じております。社会主義国または発展途上国の市場に対する過多の介入は、必ずしも完全に外因生成のものではありません。なぜなら国は競争市場の中で生き残る能力のない企業を支えるために、介入しなければならないからです。もちろんその効果は非常に悪いものです。しかし改革をしたい、かつなるべく多くの企業をその場所に留めておきたいという場合に、ホンジュラスのような小規模の国を除けば、大規模な国にとっては動員できる資源が多いので、一旦拘束を解いて管理をやめれば、その他の効率の良い企業も発展し始め、効果もまずまずとなるでしょう。大多数の大きな社会主義国や発展途上国には、生き残る能力がない企業が非常にたくさんあります。しかし労働力を多く抱える企業を倒産させれば、たくさんの社会問題が引き起こされるでしょう。もしも行政機関が社会に混乱を招いたのなら、たとえ政府が企業を私有化したとしても、ソ連や東欧同様、国はやはり継続して補助金を与えるべきなのです。それら大型国有企業を私有化したあと、政府による補助金は私有化以前よりも多く与えられるでしょう。1993年および1994年に私は理論的にそういう予測をいたしました。現在、非常に多くの事実によってこのような予測が正しかったことが証明されています。

    この様に状況の比較をした上で、我々は中国の双軌制改革について振り返ってみたいと思います。実はすでに想像できると思いますが、自生能力のない企業というのは、2つの原因に起因するものであります。1つには社会の安定のためにその企業を破産させることは不可能であるということ。2つ目には経済発展中の国にとって、その企業が国の現代化において重要であり、国として破産させたくないということです。こうした状況の下で、双軌制改革という方法を用いるのです。双軌制とは、国有企業の管理上における制限を国家が保持し、経済的に比較優勢にある中小企業の発展に対する拘束を解くという方法です。世界銀行の『10年転換期の経験と教訓』という著作では、正式に双軌制改革を肯定的にとらえています。その著作の中では、旧ソ連新独立国家において経済低迷がそれほどひどくない国家ではまさに双軌制を採用し、国が旧国有企業に対して引き続き制限や管理を行い、競争力を持つ大部分の中小企業の拘束を解いた。ポーランドは基本的に私有化しない、あるいは中国のように私有化を非常にゆっくりと進めてきた。逆に一気に拘束を解き、管理を行わなかった国々の経済的な効果はどれもひどいものであったということが述べられています。

    しかしながらこの様な双軌制は、制度分析の観点から見ると問題があるのです。本来「自生能力」がない企業に対して双軌制を用いると、必ず二つの体制の摩擦や不都合な部分が現れてきます。国家は企業への管理、銀行に対する介入を行う同時に、比較優勢にある企業の発展の抑え込みをしたり、利率や借款に対する介入を行ったりするので、財産の所有権の明確化や個人の利潤にからむ動機などの問題が発生します。それは銀行の不良債権、汚職堕落、地域間の収入格差、平均収入の格差として現れています。それらを是正するため我々は改革を行い、社会主義市場経済体制を整備しなければならないのです。

    学者として、社会主義市場体制を完成させるために次の3点を取り上げたいと思います。
    第一に、国有企業の改革に力を置くべきであるということです。なぜなら、改革のプロセスにおいて現れた数多くの問題は国有企業が自らの能力を持たないためで、そういう企業は本当の市場経済の中では生き残れるわけがないのです。

    第二に、金融改革を突破口とするべきであるということです。中国が発展しつづけていくためには、金融改革が重要なのです。しかし最後にたどり着くのは政府機能の改革です。国有企業の改革について、コーポレートガバナンス、そして財産所有権明確化の問題が最も多く提起されてきました。私はこれらを重要な問題だと考えておりますが、資本が少ない国にとってそれらが適しているとは思いません。資本密集型の産業を発展させ、改革開放を推し進めることにより、外国製品を進出させることができます。しかし外国の比較優勢にある製品とどのように競争をするのか? 自国のその産業は競争力がそれほどないため、利益を得ることはできず、かといってその企業を破産させることもできず、引き続き保護するしかありません。このように市場経済への移行は本当の意味では実現することはできず、また国もこれらの企業に保護措置と補助金を与え続けなければならないのであれば、どんなコーポレートガバナンスも効果はありません。

    もし本当に社会主義市場経済体制を整備させたいならば、我々は何とか方法を考えて国有企業自身の能力の問題を解決しなければなりません。国有企業の製品の特性により国防上必要であるならば、もちろん国防予算の中に組み込むべきです。どの国もこの様にしております。もしそれが国防上重要なものというわけではなく、かつ非常に大きな国内市場を持つのであれば、市場で競争させ、外国からの資金を使って製品を生産することにより、企業がよりレベルの高い産業へと移行することを望むことができます。私は党の16期大会においてこの点をさらに明確にするべきだと思っております。企業自身の能力を向上させてはじめて、コーポレートガバナンスと財産所有権明確化の改革が本当の意味で効果を上げることができるのです。

    改革のプロセスにおいて我々は成長を維持し、自身の能力を持つ企業が最も良い発展を得るようにしなければなりません。そこには市場規制の問題が存在しますが、規制は少しずつ減っています。もう一方でどのように資金を提供するのかということがあります。本当に比較優勢にある産業は労働力密集型の産業であり、その産業の中の大多数は中小企業であるため、金融改革は中小企業に焦点をあてて、「能力を持ち、非常に競争力があり、大きな雇用を作り出すことができ、国内、国際市場でその商品が競争力を持つ中小企業」に対して資金を提供するべきでしょう。ですから、金融機関の改革が非常に重要なのです。我々が直面している問題は、大規模な銀行を抱える不良債権の問題ですが、より重要なのは金融機構の改革です。そしてこれは中小企業への融資、中小規模の銀行や金融機関の発展をも含んでいます。

    最後に、全てのことは政府の機能ということに行き着くのです。社会主義市場経済を整備させるためには、政府の機能を一般の市場の機能にまで回復させなければなりません。本来行ってきた資源に対する直接的な配置と経済的介入には注意せねばなりません。もちろんこれは漸進式のプロセスであり、一日で完成するものではありません。すなわち、全く構わなければ、「ショック療法」へと戻ってしまうのです。まとめますと、私は中国の経済発展に比較的確信を持っているのです。我々がこの20何年間の改革を振り返ったときに、たとえ理論上はっきりとした分析をしていないとしても、中国政府および社会の各界は、基本的に実事求是の精神を持っていますし、表に出た改革の措置も、経済問題の背後にある政策も経済のロジックにより作られたものであるからです。