政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    TSUGAMI Toshiya (RIETI)

    中国の対外関係、特に対米関係は、9.11テロ後に大きく変化することとなった。すなわち、中国はアメリカ覇権への挑戦国家や米国の「戦略的競争相手」という立場から逃れたのである。9.11以前から中国はブッシュ政権の対中政策に対し神経質になっており、先に述べたような立場から逃れることを考慮していた。この意味で9.11は中国にとっての絶好の機会であった。

    同時に、中国の外交政策、もしくは中国の市民の世界観が大きく変化したのかを検討する必要がある。1999年以前には、江沢民国家主席の訪米やクリントン大統領の訪中に代表されるように、米中間には「戦略的パートナーシップ」という概念が存在していた。しかし、1997年のアジア通貨危機を重要な契機として劇的な変化が生じた。多くのアジア諸国がアメリカ流の解決方法にストレスを感じ、インドネシアにおけるIMF主導の措置が失敗することにより、そういった不満が増大していったのである。また、コソボにおいてNATOが国連安保理の決議なしに空爆を実行したことも不満の一要因となった。

    TSUGAMI Toshiyaそして、こういった流れの中で、1999年には2つの悲劇的な事件が起こった。1つ目は朱鎔基首相が中国のWTO加盟の対米調停に失敗したことである。2つ目は、コソボ空爆において米軍がベオグラードの中国大使館を誤爆したことである。この事件によって中国国民の対外感情、特に対米感情が悪化することとなった。そしてこれらの一連の出来事によって、中国はそれまでの親米路線を放棄することとなったのである。この状況が2001年9月11日まで継続した。

    しかし、こういったネガティブな動きだけでなく、ポジティブな動きも存在した。朱鎔基首相が中国のWTO加盟の調停に失敗した6ヵ月後には中国はWTO加盟を果たした。そして、2000年以降対中直接投資が増加したことと重なり、中国経済は急成長することとなった。この状況の中で中国国民は対外感情を大幅に改善した。中国の特徴について少し付け加えれば、中国は心理的要因によって対外政策が変化するという性質をもつ。中国の対外政策を分析する際には、この観点は不可欠であろう。

    中国にとってのポジティヴな変化が2つ存在する。1つは、中国の回復プロセスが始まったということである。つまり、中国が国際社会で受け入れられるという自信を回復してきたのである。例えば、上の2つの悲劇的な事件にもかかわらず、WTO加盟が決定したことにより、中国には一種の達成感が広がった。2つ目は、中国は自国の経済成長に伴い国際政治の現状維持政策を採るようになったことである。これは中国にとって合理的選択といえよう。

    中国の外交政策が9.11テロ以後大幅に変化したと捉えることも出来るが、それと同時に米国の対中政策の変化にも言及する必要がある。すなわち、米国は中国を「戦略的競争相手」から「『テロとの戦争』における同盟国」としてみなすようになったのである。この側面を指摘することは重要であろう。

    また、9.11のインパクトとして指摘しておくべきもう1点として、中国の地域統合に対する姿勢の変化がある。中国は地域統合を支持するようになったのである。この理由には、第1にWTOに携わった人々がこの地域統合に関する役職に就き、これを促進するというロジスティックな要因が挙がる。第2は、アジアにおけるFTA(自由貿易協定)ブームである。この口火を切ったのが日本・韓国間、もしくは日本・シンガポール間のFTAであり、アジアにおいてFTA締結の機運が高まったのである。このような状況下で、中国はこういった近隣諸国のFTA締結が、自国の封じ込めを意味すると解釈した。そして中国はこの状況を打破するために、閉じこもるのではなく、FTAに対して積極的な動きを見せた。そして、中国の台頭とともに中国脅威論がアジアで高まったため、この状況を改善する方法としてFTA推進が使用されたのである。

    こういった中国の状況に対する2つの観測を紹介したい。1つは陰謀説である。つまり、中国はアメリカとの2国間関係を改善することにより、逆にアメリカ主導の秩序を覆す力を蓄えようとしているとする考えである。もうひとつは、中国が域内関係においてより積極的な関与政策を実行しているとする見方である。

    中国がどの程度まで、後者の見方のようなポジティブな状態を維持するのであろうか。そこで重要なのが、透明性が欠如している中国人民解放軍であろう。この不透明性が中国自体を不透明としている。

    しかしながら、地域の安定には中国に対する関与政策が肝要であろう。この文脈から考えれば、中国が地域統合を進めているのは地域の安定のためのチャンスであるといえる。つまり、中国との友好関係が深まれば安全保障問題についても相互信頼を醸成できるということである。また、地域統合が地域の安定につながる側面も大きい。よって前向きな協調を構築していくのが重要であるといえよう。