政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 総括

    SOEYA Yoshihide (RIETI / Keio University)

    冷戦終結後、この10年を振り返ると、多くの国にとって、流動的な転換期の中で、戦略の再調整を伴う試行錯誤の時代であったと実感しています。多くの国家が中国の「脅威」や日本の積極的な国際貢献を含む新たな安全保障上の「挑戦」を心配しました。1990年代のある時期、人々は朝鮮半島の再統一が直近に迫ると期待し、台湾海峡を巡り米中が実際に軍事衝突を起こすのではないかという切迫した危機意識を持ちました。しかしながら、これらのどれもが、冷戦後の新たな安全保障環境を形成する決定的な要因にはなりませんでした。

    新たな世紀に入った今、アジア太平洋地域の新たな安全保障構造に永続的なインパクトを与えるであろう一連の要素が見え始めてきたように思います。戦略的な中核はやはりアメリカと中国です。しかし、それは多くの人々が過去10年にわたって懸念してきた衝突を予感させる形とは異なった方向に進むでしょう。本質的に、米中両国は異なる手段で異なる目的を追求しています。しかし、これらは必ずしも相互に背反するものではありません。アメリカは冷戦終結以来、新たなグローバルリーダーとしての役割を模索してきました。そのアメリカにとって、2001年9月11日のテロ攻撃は、国際舞台での新たな使命を明らかにしました。アメリカ外交政策のあらゆる要素が今やテロに対する戦いを志向しています。実際に、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、2002年1月の年頭教書演説に示したように、戦時状態にあることを宣言しています。この演説は、9.11テロの首謀者に対するアメリカの戦争と、大量破壊兵器の拡散に対するポスト冷戦期の戦いとを密接に関連づけた点でも重要です。だからこそ、イラク、イラン、北朝鮮を悪の枢軸として明確に表明するに至りました。この3国には核開発計画、その他の大量破壊兵器製造計画を追求している疑惑がかけられています。

    SOEYA Yoshihide今日のシンポジウムで、新たに定義されたアメリカの安全保障アジェンダと役割は、アジアの多くの地域の安全保障のパラメーターに重要な変化を与えたことが指摘されました。これらの中には特にアルカイダ関連のアフガニスタンでの本拠地が根本的に除去されたように、ある種の安定に貢献したものもありました。しかしながら、長期的に見た姿というのは、せいぜい安定と不安定の混合です。たとえば、今日のシンポジウムで明らかにされたように、中央アジアで体制を支配している権威主義的性格は、アメリカが当該地域への再関与を深めるにつれて、むしろ強化されています。

    当面、中国がアメリカ中心の世界秩序への挑戦者であることは、根本的に変わらないと思います。しかしながら、実際には中国は、9.11テロよりも前に、地域の中でも、世界においてもアメリカの優位に挑戦することを止めました。そのかわり、政策の焦点は今や、経済改革と成長路線を進めるために、地域経済への関与と共に、複雑な国内環境と国内の政治過程に向けられています。これらの目的を追求するために、近隣諸国での中国脅威観を減少させるとともに、平和的な安全保障環境を必要としています。そうした環境をさらに強固にするために、中国は、時に地政学的考慮も念頭に置き、経済力を最大限に利用しようと試みています。

    このように、アメリカと中国は今、全く異なった戦略方針の上に乗っています。そして、地域の紛争要因に対する政策はかなり異なっているものの、衝突するものではありません。北朝鮮に関して、アメリカは現体制を邪悪とみなし、大量破壊兵器計画に関して、何ら妥協の余地がないことを明らかにしています。アメリカのアプローチの先には、積極的に促進することはなくとも、少なくとも理論的には現体制の変革が見据えられているように思えます。中国は対照的に、朝鮮半島の現状維持を望み、ワシントンと平壌の対話を促進させようとしています。

    SOEYA Yoshihide東南アジアでは、アメリカの政策は軍事的手段、その他の手段を用いてのテロに対する戦い、それに関連した諸問題が専ら強調されています。それとは対照的に、中国は、ASEAN新規加盟国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)に対する働きかけを強めつつ、ASEANに対するFTAの推進に全力を挙げています。アメリカにとっての台湾問題の優先順位は9.11テロ後、より低くなっています。中国の目標は今や、経済統合を通じて台湾を吸収することのように見えます。

    中央アジアにおいても、アメリカと中国は、各々の利益を再定義していますが、両国は今現在、必ずしも衝突していません。中央アジアの安全保障環境では、ロシアが地域の形を与えるのに決定的な役割を果たし続けています。ロシアは、テロ問題に関してアメリカとの協力関係を醸成することを通じて、優越的な地位を享受しています。南アジアでは、9.11テロ後、アメリカはインド同様、パキスタンとの関係を再構築しました。一方で、中印関係もまた好転の兆しを見せています。インドはインドで、再び安全保障問題に関する自己主張を強めているように見えます。それはパキスタンとのカシミール問題に顕著です。

    今日、こうした大国の戦略方針は互いに衝突しないばかりか、どの国も自国の長期的目標を追求するために他国を必要としています。こうしたことが、テロに対する戦いを含め、米中関係が好転している重要な背景なのです。しかしながら、その状況は、米中両国が同床異夢の2つの戦略的中核であることを示しているようにも思います。両国の現在の戦略アジェンダが何らかの結果を生み出すとき、中国はより強大になっているかもしれませんし、極めて不安定になっているかもしれません。一方、アメリカはグローバルリーダーとして、さらに支配を強めているかもしれませんが、ひどく傷を負ってしまうかもしれません。日本も含め、アジア地域諸国は、こうした大国間関係の将来を念頭に置き、今後の長期戦略を再考する必要に迫られています。