政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    Benjamin L. SELF (Henry L. Stimson Center, USA)

    I.テロ以前から首尾一貫した北東アジア安全保障の基本的性格

    1.アクター
    北東アジア地域は基本的に国家が安全保障上のアクターとして中心的役割を担った地域である。すなわち、安全保障コミュニティーの発展したヨーロッパとは対照的に、国際政治の無政府的性格を緩和する超国家的枠組みは存在せず、国家が脅威認識の中心に存在する。そして自助努力のみが国家の安全保障を成立させる。RIETIのように、アジアの経済統合に目を向けている人々には、統合の動きが地域秩序を構築するように見えるかもしれないが、安全保障に関してはそういったことは未だ起こっていない。そして、実現するには長い期間を要するであろう。国家より下位のレベルにおいては、テロリストグループなどが視野に入ることとなるが、そういった脅威も国家の脅威に対して優先されることはない。

    Benjamin L. SELF2.北東アジアの特徴: 高度な軍事化地域
    この地域は高度に軍事化が進んだ地域である。中国は明らかに軍備拡張をしており、アメリカはこの地域での優位を保ちつつ、軍備を増強している。日本も軍事力の整備を進めている。そして、北朝鮮は通常兵力を大量破壊兵器で補完している。

    3.アメリカのプレゼンス
    アメリカはこの地域での軍事的優位を保持している。それはこの地域における米軍のプレゼンスに負うところが大きい。米国の政策転換はこの地域に大きな衝撃を与える。特に北朝鮮にとっては、「悪の枢軸」発言や米国防政策における先制攻撃ドクトリンへの変更などは、重大な影響を持つものであった。

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    4.領土(海)問題
    この地域にはたくさんの領土問題が存在する。日本はロシア、韓国、中国、台湾と領土問題を抱え、中国と韓国も領海紛争を抱えている。そして、中ロ間にも領土問題が存在し、極東ロシアにおける中国人の増加はいずれ、より大きな問題となるであろう。

    II.テロ以前から首尾一貫した北東アジア安全保障の基本的性格

    5.日本
    まず、日本からはじめることとするが、その理由はここが日本だからではなく、日本が国内の規範的制約を持ち合わせながらも、北東アジアで最も強力な国家だからである。私は何も日本が急に安全保障アクターとして台頭するというのではない。日本は1970年代の「防衛計画の大綱」や日米「ガイドライン」策定を出発点として、ゆっくりと実質的に安全保障アクターとして努力してきた。そして、冷戦期には自衛という概念を狭く解釈していたが、ポスト冷戦期には新「ガイドライン」の策定にみられるように、地域での役割を増大させている。さらに、こういった日米同盟を介してのみならず、トラック2のような安全保障対話を促進してきた。この側面は9.11テロによってより効果的となっている。9.11以降、日本はイージス艦の派遣という象徴的な出来事に代表されるように、米国の行動を支持している。それと並行して、日本がより精力的に周辺諸国に働きかけを強めていることが重要である。

    6.中国
    中国は経済成長とともに軍と軍事戦略の近代化を進めている。つまり、通常兵力の拡大とともに、弾道弾ミサイルや核兵器などの戦略兵器の開発を進めている。9.11テロ以後の中国の最も大きな変化は、米中関係の好転である。中国がアメリカのグローバルな戦略を支持するようになり、既存の国際秩序に挑戦するのではなく、現状維持を思考するようになっている。それは、現在の秩序において経済的利益を得ていることによる。こういった中国の現状維持政策は、WTO加盟などのように、経済利益を優先させたことによって、9.11テロ以前から既に始まっていたとする指摘もあるが、これは9.11テロを大きな契機としている。一連の米中関係の好転は北東アジアにおける9.11テロの最も大きな影響だといえる。

    7.北朝鮮
    北朝鮮は、ブッシュ政権の登場により、安全保障政策の行き詰まりをみせることとなった。そのことによって、大量破壊兵器などを背景にした瀬戸際政策を採るようになった。2000年6月の南北首脳会談や2002年の日朝首脳会談によって北朝鮮の柔軟路線への期待が高まったが、金正日政権は独裁体制維持のためには、そういった路線をとることは選ばない。これらのことを考え合わせれば、「封じ込め」政策も融和政策も有効ではないことが推測される。有効な手段としては「温和な封じ込め(benign containment)」と表現できるような、北朝鮮を実際の武力行使の段階まで追い込むことがない程度の「封じ込め」政策である。

    8.台湾
    台湾は、冷戦構造が崩れ、中国の脅威が浮き彫りになることで、日本や米国に安全保障上の取り決めを働きかけていた。それは90年代前半から中盤にかけての台湾海峡危機に鑑みれば、あながち的外れの要求でもなかった。現在はブッシュ政権の政策によって、台湾の安全保障は確保されているといえる。そして中国も、9.11テロの影響により現状維持政策をとっているため、台湾における危機の影は遠のいている。

    III.北東アジア情勢の今後

    9.9.11の影響により北東アジア地域の協調が進むか
    この地域は他の地域と比べてテロリズムの脅威は薄いが、テロリズムの脅威は協調へのひとつのベクトルとなりうる。そして中国や北朝鮮といった国家も現状維持政策をとっているため、この地域全体としては現状維持が続き、このことも協調へのベクトルとなりうるであろう。しかしながら、各国の安全保障定義の違い?自国民の健全な状態の保持・体制の保持・国家の威信や栄光?は協調への大きな障害となるであろう。さらに、日本が地域安全保障環境への働きかけを強めることにより、日本と中国が「安全保障のスパイラル(ジレンマ)」に陥るということも考えられる。米国が保障を提供すれば、安定化や平和の構築が可能となるであろう。

    ■事実関係に関わる質疑応答

    Q:北朝鮮に対する「温和な封じ込め(benign containment)」は「硬直した封じ込め(malicious containment)」や「無視政策(benign neglect)」とはどのように違うのですか?

    A(セルフ氏):従来の「封じ込め」概念というのは、ソ連を孤立化させ自壊を誘うというものだったが、「温和な封じ込め」はただ単に北朝鮮の脅威から自分たちをより効果的に守ることである。そして、その過程には北朝鮮の破壊は前提として含まれていない。だから、攻撃的な言説を控えるべきであり、私は、2+2が北朝鮮の攻撃に対して報復を強調したのを不必要なものであったと考える。北朝鮮も、米国やその同盟国が報復を行い、破滅させる能力があることを知っており、軍事的なオプションを強調する必要はない。