政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    Greg FRY (Australian National University, Australia)

    南太平洋地域は小国の集まりであり、人口の少なさや陸続きの国境線がないという地理的要因故に地域の軍事力はほとんど存在しない。それゆえ、南太平洋地域はテロリズムに影響を与えたり、「テロとの戦争」によって地域のダイナミックな変化が巻き起こされているわけではない。また、核兵器の脅威も存在せず、お互いの国境線は海であり、そして他地域との距離も離れているためそれらに伴う影響を受けるわけでもない。しかし、この地域で最も大きな国家であるオーストラリアは9.11テロとそれに伴う「テロとの戦争」によって大きな影響を受けた。そして、オーストラリアを通じて地域的な安全保障観の変化が起こってきている。

    この地域においては、先に述べた要因によって安全保障の問題が大きく取り上げられることはなく、経済問題や植民地支配以後の国家崩壊、そして民族アイデンティティ問題が注目されてきた。それは例えば、分離主義やクーデターなどである。こういった事態に対応するために、地域内だけではなく日本やアメリカのような域外の国家とも協力体制がとられている。

    Greg FRY次に、この地域全体が9.11テロによって受けた影響を見ていきたい。9.11以後、資金洗浄や麻薬の密売などの取締りが強化された。それらは本質的な安全保障の分野とはいえないが、9.11テロによってその意味合いが変化することとなった。すなわちこの地域がテロリストにとって行動のしやすい地域とならないことが目標とされているのである。しかしながら全体的に見て、この地域が受けた影響は他地域の受けた影響と比べて小さなものである。

    一方、オーストラリアを見ると、9.11テロやバリ島事件後の安全保障は、保守政権によって強化されているといえる。国民全体が移民・難民問題やイスラム問題などについて右傾化していることも、この傾向の1つの要因である。

    安全保障条約を結んでいるため、オーストラリアは「テロとの戦争」においてイギリスとともにアメリカと歩調を合わせており、また、イラク攻撃に対しても協調姿勢を見せている。

    バリ島における爆破事件は、オーストラリアの「テロとの戦争」への関与の性格を劇的に変化させた。第1のインパクトは、はじめてオーストラリア本国がテロリズムの標的となり得ると考えられるようになったことである。このことにより本土防衛に力点が置かれることとなった。第2のインパクトは、オーストラリア市民(主にイスラム教徒)が潜在的な犯罪者として考えられるようになったことである。国内の対テロ対策は、特にイスラム社会に対して強化された。そして、テロ組織関与の疑いのある建物は政府による捜索が行われ、ジャマーイスラミアの訓練施設が西部オーストラリアとシドニー近郊のブルーマウンテンにあったことが発表された。このことによってオーストラリアは国内の安全保障政策の再強化を図っている。その中には諜報活動の法的規制を緩めたことも含まれている。また、このことはオーストラリアの多文化主義に少なからぬ影響を与えた。3つめのインパクトは、オーストラリアと東南アジア諸国の関係に関するものである。オーストラリアはイラク攻撃において国連安保理の承認なしでもアメリカを支持することを表明した。同時に、テロリストに対する先制攻撃を認めるために、ヒル豪国防大臣は国連憲章の改正に言及した。そして首相も先制攻撃を容認する発言をした。このことが東南アジア地域の対豪感情を悪化させている。オーストラリアと東南アジア諸国との安全保障協力はこの影響を受けた。

    今後のことを考えれば、東南アジア諸国との協力とアメリカとの協力という2つのシナリオが見えてくる。このどちらを選ぶかにおいて重要な要素はイラク攻撃であり、オーストラリアがアメリカとの協力をやめるとは考えにくい。そしてオーストラリアと東南アジア諸国との間には溝が深まり、国内のイスラム社会と非イスラム社会が対立することが予想される。

    ところで、パプアニューギニアとインドネシアのイリアンジャヤの動向に注目しておきたい。この両地域(国家)にはキリスト教徒が多く存在し、このグループが西パプアのイスラム原理主義グループと戦った。すなわち、南太平洋地域においてキリスト教対イスラム教という構図が出来たのである。そして、この地域が東南アジアとオーストラリアの接点となっているため、このことは重要な意味を持っている。