政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    Derek da CUNHA (Institute of Southeast Asian Studies, Singapore)

    9.11テロ後の東南アジアの安全保障における3つの問題を提起したい。1つ目は、9.11テロが東南アジアの政治的安全保障ダイナミクスにどのようなインパクトを与えたか。2つ目は、東南アジア地域は「テロとの戦争」の第2戦線としてどの分野において役割を果たしているのか。そして3つ目は、9.11テロが東南アジアの地政学的構造変動に影響を与えたのか、である。

    この3つの問題を検討する前に、東南アジア地域が、9.11のようなグローバルな影響力を持つ国際政治上の出来事に対して、他の地域よりも大きなインパクトを受けてきたということを指摘しておきたい。これは東南アジアの性質に基づくものである。すなわち、地理的要因、民族や宗教の多様性といった要因、欧米の帝国主義や大国間の対立の舞台になったという歴史的要因、そして域外の影響を受けやすいという性質である。

    Derek da CUNHAこのことを背景とした上で、冒頭の1つ目の問題に答えたい。1つ目のインパクトは、冷戦終結後に東南アジア地域への戦略的な関心を失っていた米国が、この地域に対して再関与する姿勢を打ち出したことである。2002年2月以来、フィリピンとの合同軍事演習が行われている。この演習には、国内での反乱やテロ組織であるアブサヤフの軍事的脅威にフィリピン軍が対抗できるようにするという意図がある。こういった米国の東南アジア地域への戦略的関心の上昇は、グローバルな反テロキャンペーンの影響が大きい。注目すべき点は、アメリカはこのキャンペーンの範囲外では、東南アジアのより広い分野にわたる戦略的問題や不安定性には関心を持っていないということである。よって、東南アジア諸国には、アメリカがこの地域に長期的なコミットメントを提供するかについての懸念が存在するのである。また、米国と東南アジア地域の主要国であるマレーシアとインドネシアの関係は好転している。9.11以前は、両国との関係はいくつかの理由によって硬直状態にあったが、反テロのキャンペーンを行うにしたがって好転していった。

    2つ目のインパクトとして、9.11を口実として、東南アジア国家が軍事力の拡大と近代化を進めていることが挙げられる。これは一種のパラドクスといえる。すなわち、ここで進められている軍拡は通常の国家による脅威を想定した兵器におけるものであり、テロリズムにおける脅威は非通常型のものなのである。

    3つ目のインパクトは、多国間レベルにおけるものである。アルカイダのようなトランスナショナルなテロリズムグループの台頭によって、東南アジア国家の諜報関係機関はお互いに急進的イスラムグループについての情報交換や活動阻止の協力に踏み切ることとなった。また、ASEANは共同戦線を張って、テロ資金の追跡や枯渇を目指している。つまるところ、テロに対抗するために、東南アジア諸国は連帯しているといえる。1997年のアジア通貨基金においても同様の現象が見られたが、9.11以後の協力体制はより大きなものとなっている。

    4つ目のインパクトは、政治的レベルにおけるものである。マハティール首相はマレーシアの政治的不安を解消することができた。つまり、イスラムの反乱分子が存在していたが、9.11テロによりそれを取り締まることが可能となったのである。また、国民の間でもイスラム感情が悪化している。

    冒頭の2つ目の問題について論じていきたい。東南アジアはある意味で「テロとの戦争」の第2戦線であるといえる。なぜならば、米国もアルカイダもそのようにみなしているからである。アメリカのこの地域での軍事演習については上に述べた通りであり、ジャマーイスラミアのようなアルカイーダの支部組織がこの地域に存在している。それらは一連の爆破テロ活動を計画している。そして、バリ島爆破事件は、この地域の対テロ第2戦線としての性質を強めたのである。また、アフガニスタンからタリバンとアルカイダが追放されたが、それらの移転先がこの東南アジア地域であった。それらは、24万ものイスラム教徒を抱えるこの地域での再編を狙っている。アルカイダはこの地域にとっての脅威となるであろう。

    最後の問題について結論を述べれば、9.11テロは東南アジアの地政学的構造に影響を与えていない。確かにこの地域における多国間協力は促進されたが、2国間関係に変化はない。マレーシア・シンガポール間には軍事的な緊張も存在しており、タイ・ミャンマー間もまた然りである。また、東南アジア地域の中心に位置するインドネシアはこの地域における地政学的鍵を握っているため、ここにおける政治的内紛や軍事的反乱は、地域全体に影響をもたらすであろう。

    しかしながら、このような伝統的な国家間の安全保障問題と同様に、テロリズムもこの地域の国家にとって主要な安全保障上の関心となり続けるであろう。