政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    Kanti BAJPAI (Jawaharlal Nehru University, India)

    9.11テロ後の南アジア地域の安全保障環境というテーマではあるが、ここでは特にパキスタンとインドを中心に議論を進めたい。なぜならばこの両国が、他の地域国と違い世界中から注目を集めるようなダイナミクスの渦中に存在しているからである。そして、アメリカの存在により当初はこの地域が平和になるのではないかという観測も存在していたが、現在の情勢を見る限り暴力の影は大きくなっている。実際、昨年1月と5月には印パ関係の悪化によって、南アジア地域は戦争に近い状態へと陥った。核兵器の存在も加味すれば、この地域は世界で最も危険な地域であるといえるであろう。

    なぜこのような状態に陥ることとなったのか。パキスタン、カシミール地方のテロリストグループ、そしてインドという3つのアクターそれぞれの決定がその要因となっている。

    Kanti BAJPAIパキスタンはアメリカとの戦略的提携を結ぶことにより、インドとの対立における立場を強めた。このことを詳細に見ると4つの要因が浮かび上がる。1つは国際世論を味方につけたということである。すなわち、「テロとの戦争」の最前線に立つことにより、国際社会における「パライア(最下級民)」から抜け出したといえよう。2つ目は経済支援を受けることが可能となったことである。「テロとの戦争」のために約束された経済支援のために、パキスタン経済は強くなっている。3つ目は、上の2つのことにより、ムシャラフ政権の基盤が強化されたということである。つまり、現存の政治システムが強化され政治的安定を得たといえる。4つ目は、今までパキスタンのさまざまな資源を無駄に使用してきたアルカイダやタリバンが弱体化したことである。また、資源と同様に外交上の信頼も取り戻した。

    次の重要アクターであるカシミールの原理主義者は、アメリカの存在に怖気づくことなく活発に行動している。この行動には、攻撃のターゲットとなったインドの視点から見た場合、4つの新しい特徴が見受けられる。ひとつは、政治上重要な人物がターゲットとなっていることである。例えばそのことはインド国会を襲撃したことなどに表れている。2つ目は、過去にはカシミールの外側ではテロ活動があまり行われていなかったにもかかわらず、最近はその行動範囲を広げているということ。3つ目は、女性や子供といった脆弱な存在もテロのターゲットとなっていること。また、ヒンドゥー寺院も標的となっている。4つ目は、自爆テロが増加していることである。このようにカシミールの原理主義者たちは、当初の予測とは反対に、超大国アメリカの存在に萎縮することなくその活動を強化している。

    Kanti BAJPAI最後の重要アクターであるインドは、パキスタンが国際世論を味方につけたことに対し、パキスタンに対する国際社会、特にアメリカの圧力を取り戻すために、瀬戸際政策を取ることを決定した。その背後には、パキスタンの政治的・経済的復興や、米国とパキスタンの関係が回復したこと、ムシャラフ大統領が権力を強めたこと、そしてパキスタンからの越境テロに政府が対処しないこと、これらが存在していた。インド自身がこの事態に対して行動することも可能であったが、あえて瀬戸際以前では行動をしないことにより南アジア地域の状況を浮き彫りにし、パキスタンへの国際社会の圧力がかかることを狙った。

    これら3つのアクターは暴力やそれに伴う政治的圧力に対して、それぞれに利害関係を持っている。パキスタンは、インドの軍事力にまったく威圧されていない。パキスタンにとっては、インドとの紛争は南アジアの国際情勢を急進化させ、インドに対する圧力を得るために国際社会を味方につけることができるものである。カシミールの原理主義者にとっては、アメリカの「テロとの戦争」は影響を与えるものではなかった。むしろ、危機を拡大したり暴力を行使するための機会が増えたということがいえるであろう。インド政府にとっては、通常戦争、さらには核戦争に発展しかねない脅威は、確かに危険をはらんだものであるが制御可能なものである。そして、インド政府は「グローバル」なテロと単に「ローカル」なテロに対する米国の態度の違いに苛立ちを覚えるであろう。

    これらを総じて考えれば、アメリカの行動はこの地域においては良い影響を持っておらず、むしろ事態を悪化させたといえる。アフガンにおいてテロリストが駆逐されたことに対して、この地域におけるテロリズムは減少しているとはいえない。また、国際社会のパキスタンへの圧力はうまく機能しておらず、越境テロなどを取り締まることはない。なぜ機能しないのかといえば、パキスタン政府が自らの弱みを強みへと変換しているからである。つまり国際社会の圧力により現政権が崩壊し、より危険な勢力が政権の座につくことを、自らの強みに転化しているのである。そして、考えられる将来において、パキスタンの関与が戦略的に必要だということもその要因であろう。

    カシミールでの選挙、パキスタンでの選挙、そしてそういった選挙があったにもかかわらずインド軍が国境地帯に配備されなかったことは、プラスの展開であるといえるであろう。しかしながらテロリストの攻撃が、インドの軍事オプションの再考を迫る可能性は高い。その決定が空爆ということになれば、パキスタンがそのような行動に応じるのは明らかである。よって、エスカレーションがコントロールされうるかがこれからの問題であろう。

    では、我々は何をすることが出来るのであろうか。1つ目はパキスタンの越境テロに対して国際世論が圧力をかけることである。2つ目は軍事行動ではなく外交や対話を促進することである。3つ目は情報や技術、経済、そして安全保障における協力体制を促進することである。4つ目は西欧諸国がこの地域に対しての影響力を行使することである。

    まとめれば以下のようになろう。1つ目は「テロとの戦争」は長く複雑なものとなる。2つ目は中央アジア地域でのアメリカの力には限界があるが、そうはいっても、この地域におけるアメリカの存在は以前にはなかったものであり、相当の影響力を持っている。3つ目はこの地域のアクターは「テロとの戦争」を自国に有利となるように活用していることであり、4つ目は9.11以降この地域における武力行使が頻繁になっている。最後は、米印関係が深まったことである。