政策シンポジウム他

アジア太平洋の安全保障環境

イベント概要

  • 日時:2002年12月18日(水)10:00-16:00
  • 会場:RIETIセミナールーム(経済産業省別館11F1121)
  • 開催言語:英語(日本語同時通訳つき)
  • 主催:RIETI
  • 議事録

    Muthiah ALAGAPPA (East-West Center, USA)

    国際テロは確かに深刻な脅威ではあるが、より広い視野から捉えることも必要であろう。ここでは、根本的な3つの問題を提起したい。1つ目は、国家安全保障や国際秩序にとっての国際テロの脅威とはどのような性質を持つものであるのかである。2つ目は、国際テロはどの程度国際システムを変質させたのかである。つまり冷戦の終焉と同様に、システムの構造や中身が根本的に変わったのかどうか、もしくは修正にとどまっているのか。そして3つ目の問題は、9.11テロがそれぞれの地域の政治・安全保障環境にどのようなインパクトをもたらしたのかである。それぞれの国家において、9.11テロのインパクトはさまざまな形をとった。

    1つ目の問題である、国際テロの脅威の性質とは、非国家アクターからの脅威である。こういった非国家アクターである国際テロ組織は1部の国々において安全な場所を確保している。しかしこれは、匿っている国が他の国の脅威となることを意味するものではない。

    Muthiah ALAGAPPAまた、国際テロはそれぞれの国家に対し異なった影響を与えた。米国にとっては大量兵器の拡散と並んで国際テロが安全保障上の大きな懸念となった。オーストラリアにとってはバリ島事件が引き金となり、国際テロが安全保障上の焦点となった。他の国家に関しては異なる理由から国際テロの重要性が増した。すなわち、イスラム民族、特に闘争的なイスラム原理主義グループを抱える国家や、隣国がテロ支援をしている国家にとっては、国際テロは大きな挑戦となったのである。それは例えば、インド、フィリピン、中国、シンガポール、そしてタイである。また、インドネシアにとっては国際テロは国家安全保障の意味合いではなく、内政面や対外関係におけるインパクトをもっているといえる。そして権威主義体制下の国家にとっても脅威である。しかしながら、日本、韓国、北朝鮮、そして中国という北東アジア地域にとっては、国際テロは必ずしも脅威であるとはいえない。北東アジア地域にとっての国際テロの重要性とは、主に米国との関係の脈絡からくる。これらを総じて考えれば、アジア太平洋地域といっても、それぞれの国家で国際テロをどのように捉えているかについては、かなり多様性があるといえよう。

    また、脅威の性質ということで言及すべきは、アジアの国際秩序においてどのようなインパクトを持っているかということである。非国家アクターがマイナスの側面を生み出しながら台頭するということは、国家間関係や国際秩序に少なからず影響を与えるであろう。また、移民管理や一連の保安対策が必要となることにより、政治、経済、そして安全保障上のコストが上昇するという影響も存在する。例えばインドネシアでは、バリ島事件後にテロに対抗するためのコストが非常に大きなものとなっている。そして、インドとパキスタンのように国際テロを引き金として、国家間関係が悪化するケースも存在する。マレーシア、インドネシア、シンガポールに関しても、国際テロの脅威に対抗するための国家間協力は欠如しており、国際テロが緊張要因となりうる。また、国際テロが、国内の動乱や革命の契機となりうるともいえるであろう。そして最も懸念されることは、今まではテロリストグループの戦争であったものが、文明間の対立に発展することであろう。そうなれば、国際システムの分裂を意味する。さらに、台湾情勢や朝鮮半島情勢のような重要な問題から関心が離れてしまう恐れもある。

    2番目の根本的な問題は、9.11テロが国際システムを根本的に変化させたのか、つまり9.11テロがシステムにおける構造や力の配分(power distribution)を変化させたのかどうかである。結論から言えば、変化はさせていない。すなわち国際システムはアメリカの一極体制を維持しているのである。

    Muthiah ALAGAPPAしかし、規範的な構造は変化したといえる。内政不干渉原則や少数民族の保護そして民族自決といった一連の規範は、テロとの戦いにおいて、どうしても考えざるを得なくなっている。また、戦争行為における原則において、国連憲章を改正し先制攻撃を容認するということが議題となったり、個人の情報と人権の問題が議題となれば、こういった規範的な問題が浮上するのは当然であろう。

    こういった規範的な変化は存在するにせよ、しかしながら、アメリカの一極体制は維持されている。アメリカは「テロとの戦争」において積極的な役割を果たしている。では、こういった米国の対テロ行動が国際秩序を構築するのであろうか。そうは思えない。むしろ冷戦後に生まれた原則や規範、例えば、民主主義の促進、人権、自由市場などが政治的・経済的な秩序構築に必要であろう。

    9.11と「テロとの戦争」は確かに、米国の役割に変化を与えた。しかしながら、冷戦の終了のように国際システムに抜本的な変化をもたらしたとはいえない。

    3番目の問題については、主要大国間の関係に大きな変化をもたらしたことが挙げられる。米中関係は、9.11テロ以前から良好なものとなっていたが、9.11テロを重要な契機として大きく好転したといえよう。これは戦術的なものなのか、それとも持続するような根本的なものなのか。米中間には、問題と再浮上するような懸念が存在するように見える。また、米ロ関係も好転し、日米同盟も日本の国内要因に左右されることなく安定した状態を保っている。こういった主要国間の関係は、米国との関係改善がほとんどの主要国にとって有利なものであることを重要な理由としている。そして、9.11テロが米国との関係改善の重要な契機となったのである。

    しかし、台湾、北朝鮮、カシミールなどのような従来からの懸念に対しては、9.11テロは好転のきっかけを与えたわけではない。むしろ悪化要因となったともいえる。ただし、こういった対立関係は以前から存在し、9.11テロが抜本的な力学の変更をもたらしたとはいえない。継続性や連続性といったものが、安全保障環境の中に存在しているといえよう。

    最後に、アジア地域の将来について述べたい。一般的・歴史的に観て、アジアにおいては予測可能性と安定性が地域の平和のために重要である。特に、より広範な経済関係に目を向けることが重要であろう。このような前向きな言葉で終わりとしたい。