新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

日本で食料危機は起きるか?

山下 一仁
上席研究員(特任)

ロシアのウクライナ侵攻を機に、食料安全保障への関心が高まっている。政府は食料安全保障強化等の観点から、食料・農業・農村基本法を見直すとしている。しかし、真剣に食料危機への対応を考えるのであれば、食料・農業政策を根本から見直す必要がある。

日本で起きない食料危機

世界人口の増加(2022年の80億人から2050年には97億人)と畜産物需要の拡大のため、世界の食料生産を2050年までに60~70%程度増加しなければならないと主張される。

しかし、心配することはない。人口は1900年17億人、1980年45億人であり、過去はこれを上回って増加した。さらに、人口が増えていって食料危機が起きるのであれば、すでに穀物価格は上昇しているはずだが、物価変動を除いた穀物の実質価格は、過去1世紀ずっと低下傾向にある(注1)。人口増加を穀物生産の増加が大幅に上回ったからである(1961年比では、2020年人口2.5倍、米3.5倍、小麦3.4倍)。今後も従来の作物改良に加え、ゲノム編集、培養肉などの画期的な技術による増産が期待される。

ただし、1973年、2008年、2022年のように、突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰するときがある。現在中東やアフリカで起きているように、途上国の貧しい人が所得の半分を米やパンに充てているとき、その価格が3倍に高騰すると、食料を買えなくなる(注2)。

しかし、2008年世界食料危機はG8洞爺湖サミットの主要議題にもなったが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかったはずだ。このとき、日本の食料品消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。日本の消費者が飲食料品に払っているお金のうち87%が加工・流通・外食への支出である(2015年の数値、農林水産省調べ)。輸入農水産物に払っているお金は、2%にすぎない。その一部の輸入穀物価格が3倍になっても、全体の支出にはほとんど影響しない。このような食料支出の構造は、欧米などの先進諸国に共通している。

穀物価格が上昇すると、日本が買い負けるなど、食料危機をあおる人たちが出てくる。しかし、中国人に高級マグロを買い負けても、小麦輸入の上位3カ国、インドネシア、トルコ、エジプトに、日本が小麦を買い負けることはない。

日本でも食料品価格は上がっているが、国産で供給される米の価格は上がっていないので、パンではなく米を食べればよい。それなのに、農業保護のために補助金を出して米生産を減少させ、米価をさらに引き上げるという物価対策に反する政策がとられている。

輸出制限する国としない国

小麦の生産量世界第2位のインドが輸出制限をしたことが大きく報じられた。インドのような途上国が輸出制限するのは、放っておくと穀物が国内から高価格の国際市場に輸出され、国内の供給が減少、価格も国際価格まで上昇し、貧しい国民が穀物を買えなくなるからだ。しかし、インドの小麦生産は1億トンを超えるが、輸出量は93万トンにすぎない。日本の輸入量でさえ500万トンを超える。インドの輸出制限は世界の小麦市場(約2億トン)にまったく影響しない。多くの国が輸出制限を行っていると報じられているが、これらに重要な輸出国はない。

2008年にインドやベトナムが米の輸出を制限したのも、同様の理由からである。両国は米の大輸出国なので、フィリピンなどの輸入国では飢餓が生じた。ただし、同じ輸出国でも所得の高いタイは、輸出を制限しなかった。

他方、日本の小麦輸入相手国であり、輸出量が2600万トンを超える米国、カナダ、1000万トン超のオーストラリアは、絶対に輸出制限をしない。これらの国は、価格上昇を負担できる先進国である上、生産量の半分以上(カナダやオーストラリアは7割強)を輸出に向けており、輸出制限すると国内に穀物があふれ、価格が暴落するからだ。これは、大豆やトウモロコシでも同じである。

特に、米国は二度の大失敗を経験している。1973年の大豆禁輸は、日本にブラジルの広大な農地開発を援助させ、瞬く間にまったく大豆生産がなかったブラジルを、大豆貿易を独占していた米国を凌駕する大輸出国にしてしまった。1979年の対ソ連穀物禁輸では、ソ連に他の競争国から穀物を輸入させ、ソ連市場を失った米国農業は農場を売るなどの大不況に陥った。過去に手痛いダメージを受けた米国が穀物を戦略物資として使うことはない。

日本で起きる危機

日本は食料供給の多くを海外に依存している。台湾有事のように日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に近づけなくなれば、深刻な食料危機が起きる。日本の国土自体が戦闘状態となれば、国内の農業生産も打撃を受ける。

これと似た事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。このとき、政府の東京・深川倉庫には、都民の3日分の米しかなかった。朝鮮・台湾からの米の輸入はなくなった。米、麦、イモなど多くの食糧は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに政府(公団)から食糧を買った。配給制度である。

輸入が途絶すれば、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

終戦当時の米の1人1日あたりの配給は標準的な人で2合3勺(一時は2合1勺に減量)だった。年間では120キログラムで、2020年の米消費量50.7キログラムの倍以上である。それでも国民は飢えた。米しか食べられない生活とは、そういうものだ。肉、牛乳、卵など、副食からカロリーを摂取することができないからだ。それでも生きていくためには、米を食べるしかない。幸い、米は小麦よりも必須アミノ酸を多く含む。1億2550万の国民に2合3勺の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、米生産の現状はどうか?

終戦直後の食料難から、農家は米を中心に食糧増産に努めてきた。米の生産量は、1945年587万トン、46年921万トン、60年1286万トン、1967年には1445万トンに増加した。しかし、農政は、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして、農家に減反補助金を払って米生産を減少させてきた。2022年産の主食用米生産はピーク時半分以下の670万トンに抑えられている。今、輸入途絶という危機が起きると、政府備蓄の米を含めて必要量の半分の800万トン程度の米しか食べられない。配給制度で国民に均等に分配したとしても、半年後は全国民が餓死する。

なお、医療のように、通常なら財政負担をすれば国民は安く財やサービスの提供を受けるのに、ここでは国民は納税者として補助金を払って消費者として高い米価を負担している。食料安全保障の観点を抜きにしても、経済学の費用便益分析を行えば、減反は最悪の政策だと分かる。

危機への対応~平時の国内生産の拡大と輸出

1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加した。日本は4割の減少である。

コメ生産量推移(1961年=100)
(出所)FAOSTATより筆者作成

生産を抑制する減反で米の面積あたりの収穫量(単収)は増えなかった。50年前には、日本の半分だった中国にも抜かれた。飛行機で種をまいているカリフォルニアの単収が、1本ずつ田植えをしている日本の1.6倍になっている。減反を止めてカリフォルニア米と同程度の単収の米を全水田に作付けすれば、1700万トンは生産できる。

平時は700万トンを消費して1000万トンを輸出し、危機のときは輸出していた米を食べればよい。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの負担を必要としない無償の備蓄である。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障につながるのである。日本と異なり、EUは輸出を行うことで高い食料自給率を維持している。

食料自給率が1960年の79%から38%に低下した大きな原因は、米の生産減少である。減反を止めれば63%に上がる。財政的にも減反補助金3500億円がなくなる。価格が低下して影響を受ける主業農家に保証するとしても1500億円で済む。米価低下は、最大の物価対策にもなる。1兆円を超える米輸出は可能だ。貿易収支も改善する。

日本と品質的に近い米を生産できるカルフォルニアでは、水不足に加え収益の高いアーモンドの生産が拡大し、米の作付面積が減少している。輸出先として有望なのは1億5000万トンの米市場を持つ中国だ。中国では最近急速にインディカ(長粒)米からジャポニカ(短粒)米への置き換わりが進んでいる。しかも、日本米は中国ジャポニカ米の10~20倍の価格で売られている。中国は病害虫を理由に検疫で日本米の輸入を制限しているが、政府はこの問題を解決するよう交渉すべきである。それまでの間も、病害虫がつくことがないレトルトパックなら輸出を増大できる。

危機の長期化への対応

危機が長引くと、翌年の供給を考えなければならない。今肥料の輸入が問題となっているが、シーレーンが破壊されるときは、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単収は大幅に低下する。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、生産も終戦直後の状態に戻る。現在の米の生産量さえ維持できない。

終戦時、人口は7200万人、農地は600万ヘクタールあっても、飢餓が生じた。このときと同じ生産方法に戻る場合、人口が増加しているので、当時の600万ヘクタールに相当する農地は、1050万ヘクタールとなる。しかし、農地は宅地への転用や減反などで440万ヘクタールしか残っていない。必要な農地面積との差600万ヘクタールは、九州と四国を合わせた面積に匹敵する。

農業界は食料安全保障を国内農業保護にすり替えてきた。今回も政府は、小麦や大豆の生産を拡大するとしているが、これは1970年以降米からこれらに転作するとして補助金を交付し、成果を上げなかった政策である。食料自給率が下がり続けているのは、その証左である。国産小麦は供給も安定しないし、品質も悪い。現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じ金で1年分の消費量を超える小麦約700万トンを輸入できる。エサ米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で約400万トンのトウモロコシを輸入できる。

国民消費者としては、危機時に備え、より多くの食料を輸入・備蓄できる方がよい。どれだけ費用がかかっても米国製よりも国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずだ。ゴルフ場をイモ畑に転換したとしても600万ヘクタールの農地を創設することは不可能だ。真剣に国民のためを考えるなら、大量の輸入穀物等の備蓄を考えるべきだ。

戦前、農林省の減反提案をつぶしたのは陸軍省だった。ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵たんに問題があったからだ。今、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。台湾有事になると日本は食料から崩壊する。われわれは食料・農業政策を自らのものとして考えるときである。

脚注
  1. ^ https://www.ers.usda.gov/data-products/chart-gallery/gallery/chart-detail/?chartId=76964
  2. ^ https://ourworldindata.org/grapher/share-of-consumer-expenditure-spent-on-food
参考文献
  • 山下一仁『国民のための「食と農」の授業』日本経済新聞出版, 2022年
  • 山下一仁『日本が飢える!世界食料危機の真実』幻冬舎新書, 2022年

2022年12月22日掲載

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