第4次産業革命を促す制度整備を急げ

権 赫旭
ファカルティフェロー

ICT革命に乗り遅れた日本

1990年代半ばから始まったICT革命に日本は乗り遅れたと言われている(注1)。ICT技術によって1995年以降生産性上昇により高成長をとげた米国に比べて、日本は主にICT using 産業である小売業などでICTの寄与が著しく低かった。その理由として、企業規模がICTによる正の効果を得られるために必要なスケールが十分ではないことが指摘されている。1974年から日本で施行された中小小売業者の事業活動を保護するための「大規模小売店舗法」の縛りによって、スキャナー、クレジットカード決済や効率的なサプライチェーンの管理などの新技術を導入した米国のウォルマートのような小売業者の参入による生産性上昇が日本では見られなかった。米国の通商圧力で規制が緩和されたものの中々廃止されなかった「大規模小売店舗法」であったが、1997年の楽天の創業、1999年イーベイの日本進出などインターネット技術を利用した電子商取引の普及で、大規模店舗に関する規制の効果が薄くなったため2000年にやっと廃止された。中小小売業者を保護するための規制が足かせとなり、技術変化に対応できなったため日本はICT革命の恩恵を受けることができなかったと言っても過言ではない。

進行中の第4次産業革命にまた遅れそうな日本

ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは1998年に「2005年頃には、インターネットが経済に与える影響は、ファックスと同程度だということが明らかになるだろう」と語った(注2)。その後に、ドットコムバブルがはじけたこともあり、こうした懐疑的見方が正しかったかに見えた。しかしながら、2007年にはiPhoneが発売され、インターネットの飛躍的な成長の原動力になった。モバイルインターネットとそれに対応する新たなデバイスによって、ヨーゼフ・シュンペーターが述べた「創造的破壊(Creative Destruction)」が起きた。古い技術や企業は消滅しつつある。例えば、日本が強みを持っていたデジタルカメラ、ナビゲーション、ビデオカメラ、ガラケーなどの電気製品の売上高は極端に減少した。ノキア、モトローラやリサーチ・イン・モーション(ブラックベリー)のような名門企業も携帯端末の開発・製造から撤退した。その代わりに新しい技術や企業が誕生した。例えば、SNS、クラウドサービス、シェアリングエコノミー、電子商取引、オンライン決済サービス、動画配信サービスなどの新技術が導入されて、新技術を担う新しい企業群が瞬く間に形成された。SNS系では、フェイスブック、ツイッター、リンクトインなどが、クラウドサービス系では、セールスフォース、ドロップボックスなどが、シェアリングエコノミー系では、ウーバー、エアビーアンドビー、電子商取引では、アマゾン、イーベイ、アリババ、楽天など、オンライン決済サービス系では、ペイパル、ストライプなど、動画配信サービス系ではネットフリックスが2010年ごろより隆盛となった。PC誕生時期に生まれたマイクロソフト、アップルも業界の境界線を越えて、モバイルインターネット時代に積極的に対応している。通信技術の発達とそれに対応するデバイスの新たな出現だけでも、産業構造や企業活動に大きなショックがもたらされていることを目撃している。アマゾンが米国の書店や小売業へ与えた負の効果は計り知れないほど大きい。アマゾンの影響でトイザらス、ラジオシャック、エイチエイチグレッグなどの大規模な小売業チェーンが倒産したと言われている。ウーバーはタクシー業界へ、エアビーアンドビーはホテル業界へ、ネットフリックスは放送業界へ、ペイパルは金融業界へ、フェイスブックとグーグルは広告業界へ根本的な変化を促す影響を及ぼしている。これらの企業は安く調達した莫大な資金を用いて、EV、自動運転、ロボット、IoT、AIなどの新たな技術革新に向けて大きな投資を行っている。米国のグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルは同国の経済成長のエンジンの役割を果たしているが、日本ではこのような企業群が出現していないと言える。もちろんプリファード・ネットワークス、メルカリ、エリーパワー、フリーなどの新しい企業群が形成されているが、米国に比べて規模も小さく、第4次産業革命の波に乗れるほど十分な規模ではないことは言うまでもない。

日本はどうすべきか

第4次産業革命のような大きなパラダイムシフトが起きた場合には、技術変化のスピードは指数関数的に加速すると考えられる。このような技術変化がもたらす創造的な破壊がどれだけの規模で、どういった速さで進むのかについて想像もできない。現在強みを持っている業界、事業が瞬く間に弱みに変わってしまう。日本の国際競争力を持った電子産業や優良な電子企業をICT革命によって失ったように、新しい技術革新に対応できない場合には持っているもの全部を失うかもしれない。既存の業界や事業を守る規制をなるべく早く見直し、第4次産業革命をものにするための技術革新を促す政策を実施し、制度整備を急ぐべきである。例えば、タクシー業界を守るためにウーバーを禁止する、医者や病院を保護するためにITを利用して遠隔医療を禁止すると、運輸業や医療産業全体の技術革新に対応できなくなる恐れが高いと考える。既得権益を優先するより、日本の将来を決定する新しいイノベーションを促すような制度整備を急ぐべきである。何よりスピードが重要な時期である。

脚注
  1. ^ Fukao, Kyoji, Kenta Ikeuchi, YoungGak Kim, and Hyeog Ug Kwon (2016) "Why Was Japan Left Behind in the ICT Revolution?," Telecommunications Policy, Vol.40, pp.432-449.
  2. ^ Krugman (1998) "Why Most Economist’s Predictions Are Wrong," Red Herring, June

2019年11月1日掲載

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