「第7回地域クラスター・セミナー」議事概要

  • 日時 / 場所:
    2004年1月26日(月)18:00-20:30/ 独立行政法人経済産業研究所セミナー室1121
    テーマ:
    「ドイツの研究開発政策の発展-ネットワークとクラスター形成に向けて」
    講師:
    クラウス・マッテス氏(ドイツ連邦共和国大使館科学技術・環境担当一等参事官)
    講演概要:
    ドイツと日本における重要な研究開発関連の指標の比較を手始めに、本報告では次の6点について概観を紹介する。
    1. ドイツにおける研究政策の発展
    2. 新たなネットワーク戦略が必要となった理由
    3. 能力(コンピタンス)の最良なネットワークの選定手順
    4. 地域クラスターの役割
    5. ドイツ国内のネットワークとクラスターの事例
    6. 得られた教訓
    主催:
    研究・技術計画学会地域科学技術政策分科会(東京地区)
    文部科学省科学技術政策研究所
    独立行政法人経済産業研究所
    出席者数:
    65名(日本側参加者59名、海外アタッシェ6名)
    使用言語:
    講演は英語(質疑応答のみ日英逐語通訳付き)

[開会の辞]

原山優子(経済産業研究所ファカルティフェロー/東北大学大学院工学研究科教授)

  • 司会進行役として、簡単な本セミナーの趣旨説明ののち、本日の講演者であるクラウス・マッテス一等参事官の紹介を行った。

[講演 (18:10-19:00)]

  • 本講演では、まず、日本と対比させつつドイツの研究者数や特許数などの基礎的な研究開発関連指標を紹介した上で、ドイツの研究開発政策のこれまでの進展状況を説明した。続いて、現在のドイツの研究開発政策の中心をなす「コンピタンスネットワーク」と呼ばれるネットワーク政策とその一環として位置づけられた地域クラスター政策の体系を整理し提示するとともに、ビオレギオ、イノレギオなどの事例を紹介し、そこから得られた教訓としてイノベーションクラスター成功のための5つの要因(競争力強化の条件、セクター別の条件、市場条件、アクターとネットワーク、地域的枠組み条件)を挙げ、それぞれについて解説を加えた。

[質疑応答 (19:00~20:10)]

モデレータ:斎藤尚樹(科学技術政策研究所第3調査研究グループ総括上席研究官)

Q1:
  • ドイツでは、大学などの知を産み出す機関は教育が分権化されている。連邦政府はこの分権化している大学をどのように取り込んでいくのか。
A1:マッテス一等参事官(以下、「マッテス氏」)
  • 大学、研究所は中央政府が決めた目標、政治的な動きに従う必要はない。中央政府は、研究のサポートをおこない、その可能性をオファーするのである。地域、国レベルでの政治的議論によらず、どの大学も参加することができ、国庫からの資金を受ける権利がある。
Q2:
  • EUの政策を無視してはドイツの政策を論ずることは出来ないのでは。クラスター政策でEUがファンディングを行う場合は必ず2つ、3つの国が一緒になってやらないと難しい、それがEUからのファンディングを受ける条件であると聞いた。ドイツのクラスター政策と、EUの政策との関係はどのようになっているのか。
A2:マッテス氏
  • ドイツ国内の研究開発政策とEUレベルでのそれとの間の相性、適合性は、外から見ても中から見てもはっきりしない場合がある。欧州レベルでの研究開発政策は新たなプロセスにより、どんどんと強力になっている。クラスター政策に関しては、EUレベルと各国レベルでの政策の相性はそれほど難しくない。わずかな例外を除いて、2カ国以上をまたがってコーディネーションを必要とする地域はそれほどない。地域レベルでのポリシーはあくまでも国内のポリシーにとどまっており、EUレベルのポリシーにはなっていない。しかし、イノベーションフィールドの状況は違う。各国の研究開発政策は、あくまでも国内のある産業におけるコンピタンスや、ある研究所の力の増強が目標である。それらが強力になればなるほど、今度はEU全域に渡るコンピタンスネットワークに参加する可能性が増える。
Q3:
A3:マッテス氏
  • 成功要因全てを満足させることは殆ど不可能であるから、全てクリアすることが前提条件とは考えていない。それぞれ0%から100%の幅で、どの程度必要かを考える。中でもより重要度の高低があるという状況だ。しかし、これは欠かせないという必要条件たるものはある。たとえば「コアコンピタンスのフォーカス」。これが欠けてはコンピタンスセンターも成功は無理である。また、「イノベーション・ベース」。スタートアップの会社が、たとえば大学やその他の機関から生まれてくること、これはクラスターを成功に導くための1つの成功要因である。このクライテリア(成功要因)において最も大切なことは、あるクリティカルマス(臨界量)に全てのパートナーが到達できるかどうか、という点である。もし学校もない、企業も誘致が必要であるというように、ゼロから始めざるを得ない田舎の農業しかないような地域の場合、競争力を持つネットワークを構築することが難しくなる。努力、財力、そして人材が必要である。
Q4:
  • どうやって政策の効果を測定するのか。クラスターポリシーと公平性、平等な扱いとが矛盾しているということであるが、それとの関連で政策の効果が特定できないとすると、結果的に生じてしまった「差」についての批判になるのではないか。
A4:マッテス氏
  • クラスター政策の成功の測定は大変難しい。科学雑誌の引用数や他の指標など、定量的な情報だけでは成功の測定は難しく、経済データを見ても、リサーチセクターで行った事が実際どのくらい経済に成果をもたらしているのかの相関関係をはかることが難しい。たとえばリサーチとそれが実際に市場で成功するという事象の間には時差があるので、その時差が評価を難しくしている。実施から5年後の測定では全くの大失敗と評価されたものが、10年後には大成功していることもあり、そこに測定のジレンマが存在する。
Q5:
  • ドイツの各クラスターにおいては、それぞれ具体的な目標が定められているのか。それとも地域ごと、ネットワークごとの目標が定められているのか。
A5:マッテス氏
  • 目標設定は連邦政府や地方政府からのサポートを得るための前提条件である。共通の事業計画、イノベーションコンセプトが必要条件になる。ゴールの設定が必要、戦略が必要、市場に出そうとしている製品に関しての実施計画も必要だ。これはいかなる事業会社においても、市場に出そうとする製品の事業計画があるわけで、それと全く同じものである。政府からの資金援助を得るためにはそれらが必要となる。
Q6:
  • 「クラスター」と「ネットワーク」の関係について、クラスター政策を推進するうえでの手段としてのネットワーク活動がたくさんあると理解したが、その通りか。
A6:マッテス氏
  • これが97のネットワークと27の地域の関係図[PDF:17ページ目]だ。この図の横軸が20のイノベーションフィールドで、縦軸が27の地域クラスターを示す。地域クラスターとイノベーションクラスターは異なるものである。イノベーションクラスターは地域から独立して存在しうるものであり、具体的にはナノテクノロジー・クラスターがそれである。これには地域クラスターは存在せず、イノベーションフィールドとしてさまざまな研究所をつないでいる。
Q7:
  • クラスター、ネットワークの活動はどのようなきっかけで起こったのか、実例をあげてご説明いただきたい。更に、それらはどのような資金源で運用されているのか。
A7:マッテス氏
  • 1995年にドイツの科学技術省が初めて「BioRegio」というクラスターのプログラムを公表した。それ以前は誰も考え付いていなかったのではないか。現在では、クラスターこそがイノベーションポリシーの弱点を克服するための、最も成功する手立てであることを疑う人はいない状況で、研究開発要員、起業家、研究所、政策の立案者、どの人もクラスターポリシーを促進しようという側に立っている。今や何らかの形でコンピタンス・クラスターの一員になっていないドイツの研究所は1つも無いのではないか。問題は、真の意味で国際的な競争力を有するイノベーションクラスターなのか、ただコンピタンス・クラスターと自称しているだけなのかの区別は難しい。そこで、[kompetenznetze.de]などのクオリティーコントロールのシステムを導入したのである。毎年、ベストクラブの一員になるための競争に参加をする地域が増えている。地方自治体も地元の地域クラスターがベストクラブに入るように、その改善、向上をサポートしているのである。
Q8:
  • EUの「構造基金」(Structural Fund)の運用について、ヨーロッパ内の地域政策と各国のクラスター政策の間の平等という観点から見た矛盾をどのように捉えているのか。
A8:マッテス氏
  • 私自身はEUの構造基金について不案内だ。一般論となるが、確かにEUと各国政府の間には構造政策に関する相克がある。ドイツは確固たるポジションを持っている。それは、EUの政策はあくまでもEU全般の目標に集中すべきであり、地域レベルには集中すべきではない、というのがドイツの立場である。すなわち、地域クラスターというのはあくまでも各国レベルでの問題であるということだ。
C:モデレータ
  • 昨年6月、EU本部にてEU研究総局の地域政策担当の方と会談をした。EUの構造基金の運用については各国に裁量権があるが、基金はいろいろな目的に使うことが出来る。日本でいう地方交付税交付金のようなものである。その基金を科学技術やイノベーション関係の用途に使った場合は、研究総局がそれに対して「ボーナス」を与えているという。つまり、EUの政策として自らの研究開発予算(全EU加盟国の研究開発費総額の5%ほど)から構造基金の運用に関してこのような誘導策を取っているということだ。但し、EUの中の配分バランスを考えると、強い地域に集中するよりは、むしろ弱い地域に配分する考えのようだ。
Q9:
  • ドイツの場合、マックス・プランク・インスティチュートの話が出たが、そのような大学と企業、産業界との間で技術移転などに仲介的な役割を果たすところの役割を説明して欲しい。
A9:マッテス氏
  • マックス・プランクは公的機関の1つにしか過ぎない。マックス・プランクは基礎研究に限定されているために、他の多くの機関のほうが研究と産業界における応用の架け橋を担っている。そのほかに技術移転などで活躍している機関は、フラウンホーファー、ヘルモルツ、ライプニッツの3つが挙げられる。研究機関の果たす役割だが、これまでの純粋に基礎研究を行う機関と、応用研究機関との区別があまり意味をなさなくなっている。イノベーションサイクルというのは、分野によって異なってくるわけで、たとえばバイオテクノロジーの場合は、基礎研究における発明が直接商業化に結びつくという事例もある。このように、基礎研究機関と応用を行う産業との距離がどんどんと縮まっており、伝統的な基礎/応用の区別があまり役に立たなくなってきているのである。だからこそ、マックス・プランクも基礎研究機関ながらも、応用の入った産業指向型プロジェクトに参加するようになって来ているのである。
Q10:
  • コンピテンスネットワークをつないで、外国からの投資を呼び込むのだとおもうが、どのように外国からの投資を誘致しているのか。
A10:マッテス氏
  • 基本的にクラスターは国際的に見てそこへの投資妙味を高めることを目指しているので、高度なコンピタンス・クラスターは最高の科学者を使う。外国からの招聘もあり、政府からサポートを得て企業からスタートアップへの投資も募り、全体がダイナミックに発展していくことを目指すのである。そうして外国からの投資を期待するのである。現在ある97のネットワークの殆どが既に外国投資を受け入れているはずである。
Q11:
A11:マッテス氏
  • この12のインディケータは、国や地域の競争力を評価する際に世界経済フォーラム(WEF)が使用しているものと同じインディケータなのではないか。[kompetenznetze.de]などのホームページにも情報がある。
Q12:
  • ドイツではDKなどの政府系の機関がキャピタルを供給しているが、日本ではそれらの役割は大きいといわれている。実際はどうか。
A12:マッテス氏
  • 今正確な数字を持ち合わせていない。ドイツにおけるリスクキャピタルの重要性は米国ほどではないが、日本のそれに比べれば高いといえる。
Q13:
  • InnoRegioとBioRegioを比べてみたい。InnoRegioは旧東ドイツの比較的遅れた地域に対する政策であり、BioRegioは国内でもレベルの高い地域をヨーロッパでもトップの地域にするというものである。BioRegioには2000年までにバイオ企業の数でヨーロッパのNo.1になるという明確な目標があるが、InnoRegioではそのような目標が無い。どのようなポリシーの違いがあるのか。
A13:マッテス氏
  • InnoRegioとBioRegioでは、大きな違いがある。BioRegioはクラスターを作ることでドイツにおけるバイオテクノロジーのコンピタンスを増強しようという、大変目的が明確なプログラム指向のイニシアティブである。InnoRegioは東西再統一後、何の支援も無ければ東側は農業から脱却できないだろうと考えられてスタートしたのである。従って、InnoRegioに関してはセクターもテーマも、特別なターゲットを設けていないのである。旧東ドイツを助けられるものであれば、どのようなアイデアでも、イノベーションフィールドでも政府のサポートを受けるチャンスがある。この場合のイノベーションクラスターは、通常あるようなナノテクノロジーや環境などと異なり、その範囲は非常に広範囲に渡るのが特徴だ。
Q14:
  • クラスターポリシーとネットワークポリシーに関連して、どのような他の政策が成功にとって重要か。
A14:マッテス氏
  • ある特別のリサーチプログラム、それからクラスターネットワークプログラムとの関係は難しい。それぞれに異なる、固有のプログラムが存在しているので、複数企業による活動のコーディネーションが取れていればいるほど、あるテクノロジー開発の新たなプロポーザルが出てきたときにはそれが役立つといえる。たとえば、プロジェクト要素ごとの相関が取れれば取れるほど、政府からの支援を得やすくなるという意味なのであるが、ドイツには多くの技術指向型スタートアップ企業への支援があり、クラスタープロジェクトとは独立して存在するリーディングプロジェクトというのもある。このリーディングプロジェクトから新しいテクノロジーを開発するという提案が出たときには、ネットワークストラクチャーに依存していろいろな要素を組み合わせていけば成功の確率が高まるという状況だ。これは総論に過ぎないが。
C:モデレータ

[閉会の辞]

原山優子

  • 次回、「第8回地域クラスターセミナー」は3月8日に開催し、浜松の事例を紹介する。第9回に関しては4月(日は未定)に行う予定だが、フィンランドの事例を取り上げようと考えている。

この議事概要は主催者の責任で編集したものである。
なお、質疑応答参加者で要修正箇所を発見した方は、主催者までご連絡願いたい。