「第4回地域クラスター・セミナー」議事概要

  • 日時 / 場所:
    2003年6月25日(水)18:00-20:30/ 文部科学省別館第5・第6共用会議室
    テーマ:
    「オランダにおけるイノベーション政策の発展
    -クラスター政策からDIS(ダイナミック・イノベーション・システム)モデルの導入まで-」
    講師:
    フィリップ・ウェイヤス氏(オランダ大使館科学技術参事官)
    概要:
    マイケル・ポーターの『国の競争優位』(1990年、邦訳1992年)にもとづき、オランダは他国に先駆け1991年の段階で自国の産業及びセクター・ベースのイノベーション政策をクラスター概念に転換するに至った。本講演では、1990年代のクラスターならびにイノベーション政策の発展と、DIS(ダイナミック・イノベーション・システム)の導入を新たな戦略的イノベーションの政策枠組みとして迎えるに至ったオランダの経緯について述べる。
    主催:
    研究・技術計画学会地域科学技術政策分科会(東京地区)
    文部科学省科学技術政策研究所
    独立行政法人経済産業研究所
    出席者数:
    53名(日本側参加者46名、海外アタッシェ5名)
    使用言語:
    講演は英語、質疑応答は日英逐次通訳付き

[開会の辞]

児玉俊洋(独立行政法人経済産業研究所上席研究員/地域科学技術分科会東京地区幹事)

  • 司会進行役として、本セミナーの趣旨説明、共催団体に関する簡単な紹介に続き、本日の講演者であるフィリップ・ウェイヤス参事官の紹介を行った。

[講演 (18:10~19:05)]

  • オランダは九州より狭い国土に1600万人が住む、世界でも1、2を争う人口密度の高い地域性を持つ国である。オランダでの研究開発費用の総額はおおよそ日本の1/14である。先進的な国の1つであるといった基礎情報を導入に、1990年代に他国に先駆けて採用したM.ポーターの提唱するクラスター政策及びそこから発展して2001年に開始した「DIS(ダイナミック・イノベーション・システム)」がどのようにして運用されているかが説明された。オランダでは、政府の関与はクラスター形成においては必ずしも必須ではなく、むしろオプションの位置づけにある。ネットワークを円滑にする"process manager" または "intermediary"などとしての役割が期待される点が挙げられた。資金を供出する場合もある。そのため、担い手間に「共有されたビジョン」(shared vision)が形成されることが最も重要な成功要因であると力説された。

[質疑応答 (19:08~20:05)]

モデレータ:原山優子(独立行政法人経済産業研究所ファカルティフェロー/東北大学工学研究科教授)

Q1:
  • EUの枠組みプログラムと、オランダにおけるクラスター政策の関係性はどうなっているのか。また、EU規模でのクラスター化の動向はどうなっているのか。
A1:フィリップ・ウェイヤス参事官(以下、「ウェイヤス参事官」)
  • EU域内の施策との関連性は現在模索中であり、今後我が国が学ばなければならない点の1つと数えている。EU内の主要研究機関を結びつけようとする動きは既にある。
C1:フランス
  • フランスとドイツによる協同クラスター化の動きならば、フランス北東部アルザス地方の「バイオ・バレー」が一例としてあると聞いている。
Q2:カナダ
  • 「クラスター」という概念自体、人によって持つイメージも異なり、定義するのが難しい。カナダではそれこそキロメートル単位の、非常に密接に「地域」に立脚したクラスター形成となっているが、今日の講演で聴く限り、オランダではさほど「地域」特定的ではないように思われるがいかがか。
A2:ウェイヤス参事官
  • ご指摘の通り、オランダの場合、国土が狭く、知識も地域の境界線を簡単に越えてしまう。従って「地域的」というより「知識」クラスターが形成されている。しかし、たとえば「NanoNed」というナノテクノロジーに関するイニシアチブは、国土が狭いがゆえに特定地域に設備を集中させることが出来る。また、金属研究分野のグロニンゲン大学 (Groningen) とデルフト大学 (Delft)は、LTI(Leading Technological Institution)のひとつであるNIMR(Netherlands Institute of Metals Research) を形成している。 この2つの大学は、国土の両端にあるが、ミーティングで集まったとしても車で日帰りが十分可能な距離なのである。
Q3:
  • 今のDISがクラスター政策に「取って替わった(replace)」と結論(配付資料p.26)にあったが、そうなるとクラスター政策のあとはDISになるべきものなのか。もしもう一度初めから出来るとしたら、同時に実施するものなのか。
A3:ウェイヤス参事官
  • 「取って替わる」というのは適切な表現でなかったかもしれない。クラスター政策はイノベーション政策の主要な柱の1つである。 DISはイノベーションの推進は複数の要素が介在しているという認識に基づいている。 たとえば、DISの枠組み(配付資料p.25)において、クラスターはスターターというカテゴリーをカバーしたり、プログラムやプロジェクトのカテゴリーを政策的にカバーしたりすることが十分可能なものである。DISは、イノベーションの観点からインフラ、需要、企業、仲介者、と知識機関(knowledge institutes) は互いにどのように影響し合っているかを 包括的に捉えることが出来る概念である。インターネットで検索した際、現在DIS概念をイノベーション政策に導入しているのはオランダの他、カナダとフィンランドの計3カ国のみであった。
Q4:
  • カナダのイノベーション政策に言及があったので、コメントをお願いする。
A4:カナダ
  • 昨年1年間、カナダ政府はタウンミーティングを繰り返し、イノベーション政策のあり方について議論してきた。結論的に言えば、少なくともクラスターがイノベーションの主要な原動力であることに認識として合意が出来ており、今後の政府施策へも反映されてくるのではと考えられる。ただし、クラスターが形成されなくともイノベーションは起きうるが、その逆は成立しない。
Q5:
  • 戦略的フレームワーク・プロセス (Strategic Framework Process)では、誰がクラスターを立案・計画するのか。また、実施後にクラスターがうまくいっているかどうかという評価をする項目やメカニズムはその中に含まれているのか。
A5:ウェイヤス参事官
  • クラスターの提案に関しては、(洪水被害の多いオランダにおける)治水クラスターの提案は政府主導によっておこなわれた。治水関係の知識の集積対象の多くは中小企業であり、各企業は分断され、まとめる組織もなかった。そのため政府が音頭を取った。一方、eコマース(電子商取引)のプラットフォームづくりでは業界が率先し、政府はモデレータとして参加を請われたという経緯がある。また、クラスターが自立可能かの評価においては通常、政府の資金援助は4年間と定まっており、さらなる資金供出する際には必ず評価をおこなっている。LTIの場合も同様で、その評価は外国の評価機関が実施している。
Q6:
  • クラスター評価をする際、何かチェックリストみたいなものは存在するのか。
A6:ウェイヤス参事官
  • かなり膨大なチェックリストが存在する。クラスターは個々に異なるため、あくまで目安であるが「こういう側面を見る」という項目が分かる。
Q7:
  • クラスター評価における「自立可能」とは何を指すか。経営上、政府による資金サポートがなくてもやっていけるという意味か、それともクラスターを支える人材が育ち、もう政府によるてこ入れがなくてもやっていけるという意味か。もし経済的に自立した場合には、政府の資金提供を打ち切るという考えもありうるが、オランダではどうか。
A7:ウェイヤス参事官
  • 現在は政府の予算規模が縮小されたこともあり、政府介入は早急に引き下げるのが基本政策となっている。政府はイニシエーターとして、滑り出しを助けるけれども、うまくいくようになったら政府は撤退する。あるいはうまくいっていないクラスターを無理に継続させることはしない。単に企業、大学、研究機関が協力していても、それが最終的に企業の利益につながらなければ意味がないと考えている。
Q8:
  • オランダにおける政府の財政赤字とイノベーション政策との関連性は。
  • また、従来の政府施策と比較して、DISはどの側面が「ダイナミック」といえるのか。
A8:ウェイヤス参事官
  • ユーロ圏の国としてはEUに加盟した以上、財政赤字はGDPの何%に抑えよ、という欧州委員会の指示に従わざるをえない。財政赤字削減とイノベーションとの関係よりもむしろ国内の政治問題として、オランダの新しい政府は知識経済化とイノベーション政策の推進を必要不可欠としているので十分な予算が期待できる。
  • 「ダイナミック」としたのは、この図(配付資料p.25)の5つのエリア(要因)とその相互の関係が常にダイナミックに変化していることを指している。つまり、どのエリアに重きが置かれているか、相互にどのように影響しているかが刻々と変わってゆくことを「ダイナミック」とした。
Q9:モデレータ
  • クラスター政策の実施にあたって、欧州委員会の存在というのは「抑制」それとも「てこ入れ」として受け止めているか。
A9:ウェイヤス参事官
  • 状況にもよるが、欧州委員会は企業への支援を限定しているが、それは、EU各国が公平に競争していくための土俵づくりを実現するという点で欧州委員会の配慮であり、それは致し方ないと理解している。また、オランダでは自分たちのことを「More Roman than the Pope (ローマ法王よりローマ人)」と言い表すように、そのような規制に厳格に従う傾向がある。
Q10:
  • オランダにおけるクラスター政策が「地域的」ではないとお話しがあったが、それであれば、通常の産学官連携のような異なるセクター間のコラボレーションとどこが違うのか。
A10:ウェイヤス参事官
  • オランダの場合、クラスターとは基本的に、技術クラスターであり、その中から多くの地理的な要素を排除したものであると理解してほしい。クラスターは、民間企業を中心に業界団体、政府、大学・研究機関など、同じ産業界に関係している、あるいは同じ技術分野に属している当事者が対外的に更に関係・交流することでより便益を受けるというのを目指している。
C:モデレータ
  • クラスターに地域性を求めるのは物理的な近接性の観念が我々の根本にあるためで、それに対してオランダでは国内の端同士、行き来するのに2時間程度で済んでしまう。日本でも、車で2時間の距離だったらそれは1つのクラスターなのでは。
A:フロア
  • そうとも言い切れないケースもある。
Q11:モデレータ
  • 「バーチャル・クラスター」というコンセプトも導入可能となるが、これに対し地理性をどのように考えればよいのか。フロアから、どなたかコメントを。
A11a:フロア
  • 結局、「誰の(利益の)ため」にクラスター形成するかという点を明確にすれば全日本、全ヨーロッパでも構築可能では。
A11b:ウェイヤス参事官
  • 状況を整理するならば、オランダには「地域的なクラスターが存在しない」というのではなく、「地域クラスター政策」が存在しないのである。国内の各自治体レベルでは資金援助する余地はなく、大学周辺で形成されたクラスターは政策によってではなく、知識主導もしくは市場主導により形成されたものである。
モデレータ:
  • まとめとして、講演の中で“learning process”であると言われたように、今後、海外と日本とでも積極的に情報交換をしてゆくべきと思われる。

[閉会の辞]

児玉俊洋

  • 「地域クラスターセミナー」は7月、8月はお休みをいただき、9月に再開したい。次回は「産業クラスター計画」について経済産業省にお願いしたいと考えている。
  • また、6月11日付けで「地域クラスターセミナー」ホームページが開設され、経済産業研究所、科学技術政策研究所それぞれのフロントページから閲覧可能である。 同ホームページ上に毎回セミナーの議事概要を出来たものから掲載しているが、講演者には了承をとっているが、会場からの質疑において気になる箇所を発見したら発言の該当者の方は主催者にご連絡いただきたい。

この議事概要は主催者の責任で編集したものである。