著者からひとこと

東アジア通貨バスケットの経済分析

東アジア通貨バスケットの経済分析

東アジア通貨バスケットの経済分析

  • 編著:伊藤 隆敏、小川 英治、清水 順子

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

今後のアジアの望ましい通貨制度の構築には、通貨バスケットが必須

1997~98年のアジア通貨危機と、それに続く新興市場国(ロシア、ブラジル、アルゼンチン)の通貨危機は、20世紀後半の国際金融の歴史でもトップ5に入る大きな出来事であったといえる。このアジア通貨危機から10年を経て、この間にわれわれは何を学び、何がまだ課題として残っているのか、これがいまでも学界や政策の場で議論されている。

タイの通貨制度が、「管理フロート制」に移行したのは、1997年7月2日であった。その当日、通貨バーツはただちに15%減価したものの、その後1週間は、少なくとも表面上、比較的平穏に推移していた。これは、その3年前に起きたメキシコ通貨危機のとき(1週間で50%減価)よりもずっと平穏なフロート制移行であった。もし、そのときの15%の減価でその後も推移し、経常収支がフロート制移行以前のマイナス8%から0%に改善していたとしたら、このタイの通貨制度変更は、歴史に残ることはなかったであろう。タイの通貨減価が発端となり、その後数カ月を経て、アジア全体に伝播して、多くの国を巻き込む地域全体の通貨危機となったことが、アジア通貨危機の特徴である。

アジア通貨危機(およびその前後のラテン・アメリカやロシアの通貨危機)によってわれわれは多くの教訓を学んだ。とりわけ、通貨危機に直接的に関係する為替相場制度および為替相場政策については、学界、政策担当者の間で、いくつかの合意が形成されたと同時に、いくつかの課題も残されている。

アジア通貨危機以前に、アジア各国が対ドル為替相場の安定性を過大に重視して、公式にあるいは事実上、ドル・ペッグ制を採用していたことが、通貨危機の原因(あるいはより正確には、通貨危機の原因となる経済・金融の脆弱性を引き起こす原因)であることは、広く認識されるようになった。新興市場国はドル・ペッグ制からの早期の脱却が重要である、という合意が形成されるとともに、ドル・ペッグ制に代わる、より弾力的な為替相場制度が検討されてきた。

ただし、「弾力的な」為替相場制度について具体的な意味については合意がない。単に対ドルの変動幅を拡大するだけのものなのか、ドルに代わって参照する通貨バスケットを導入するのか、一国の為替制度の変更が貿易相手の為替制度の選択にどのような影響を与えるのか、などの点について、さまざまな研究や政策提言が行われてきた。現実的には、アジア通貨危機以降、東アジアでは、いくつかの通貨制度が混在している。シンガポールはアジア通貨危機以前から通貨バスケットを採用している。タイ、韓国も、アジア通貨危機の後は、通貨制度の弾力性を高め、通貨バスケットを参照していると言えるかもしれない。フィリピン、インドネシアもフロート制を維持している。一方、中国、マレーシアは、アジア通貨危機以後もドル・ペッグを維持していた。

2005年7月21日に、それまでドル・ペッグ制を維持してきた中国の通貨当局が「通貨バスケットを参照とする管理フロート制度」に変更すると発表したことは、他のアジア諸国の為替相場制度・為替相場政策に少なからぬ影響をおよぼしている。アメリカとの経済関係がすべてではないアジア各国にとって、ドルのみならず他の通貨に対する為替相場に注視するは当然である。さらに、アジア域内における生産ネットワークが確立し発展しつつある中、アジア域内為替相場の安定性の重要性が増している。

ただ、その後の人民元の動向は、毎日の変動幅が0.3%(2007年5月21日に0.5%に拡大)としながらも、これまでのところゆるやかな対ドル増価(年に2~3%のペース)を許しているのみである。外貨準備の急増(ここ1~2年は毎年2500億から3000億ドルのペース)からわかるように、為替制度を介入によって増価を食い止めているのである。

今後のアジアの望ましい通貨制度の構築には、いろいろな要因を考慮に入れる必要があるが、何らかの形の通貨バスケットが考察の対象になることは間違いない。

そのような背景の中、経済産業研究所の研究プロジェクトとして伊藤隆敏経済産業研究所ファカルティ・フェローが主査となり、2004年秋に「東アジアの金融協力と最適為替バスケットの研究」に関する研究プロジェクトが立ち上げられ、通貨バスケットに関する研究が続けられている。当研究プロジェクトでは、将来的には共通通貨バスケットを長期的に望ましい選択肢と位置づけ、共通通貨バスケットに移行するまでの金融為替政策運営、そして、望ましい共通通貨バスケット制の形態を探るという、政策に直結する研究を行っている。研究プロジェクト遂行の過程において、ASEAN+3(日中韓)の通貨バスケットであるアジア通貨単位(Asian Monetary Unit, AMU)および構成通貨のAMUからの乖離を示すAMU乖離指標のデータが作成され、2005年9月よりRIETIのウェブサイトに公表され、毎週データ更新が行われている。

当研究プロジェクトの研究成果はこれまでにRIETI Discussion Paper Seriesに発表されてきた。そして、John Williamson(The Peterson Institute for International Economics)、余永定(中国社会科学院)、Jae-ha Park(Korea Institute of Finance)、Deok Ryong Yoon(Korea Institute for International Economic Policy)、Woo Sik Moon(ソウル国立大学)、河合正弘(アジア開発銀行)、Giovanni Capanneli(アジア開発銀行)の各氏を招聘し、2005年10月31日と2006年12月23日に国際ワークショップを開催して、これらの研究成果に基づいて、為替バスケットについて議論を行った。その研究成果を書籍にまとめたものが本書である。

吉冨勝氏(経済産業研究所顧問)には当研究プロジェクトの定例研究会および国際ワークショップに出席していただき、有益なコメントをいただきながら研究プロジェクトが進められた。同時に、吉冨勝氏には本書の出版に多大なご支援をいただいた。また、佐藤清隆氏(横浜国立大学)、佐々木百合氏(明治学院大学)、橋本優子氏(東洋大学)には当研究プロジェクト委員として多くの貴重なコメントをいただいた。本書の出版に際しては、東洋経済新報社出版局の中山英貴氏にたいへんお世話になった。執筆者一同心から感謝する次第である。

2007年7月
伊藤 隆敏
小川 英治
清水 順子

著者(編著者)紹介

伊藤 隆敏顔写真

伊藤 隆敏

一橋大学経済学部卒業。経済学Ph.D.(ハーバード大学)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授。主な著書にThe Japanese Economy(MIT Press,1992年)、A Basket for Asia(編著,Routledge,2007年),『インフレ目標と金融政策』(共著,東洋経済新報社,2006年)等。

小川 英治顔写真

小川 英治

一橋大学大学院商学研究科単位取得退学。商学博士(一橋大学)。現在、一橋大学大学院商学研究科教授。主な著書に『国際通貨システムの安定性』(東洋経済新報社,1998年),『国際金融システムの制度設計』(共編,東京大学出版会,2006年)等。

清水 順子顔写真

清水 順子

一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学,一橋大学)。一橋大学大学院商学研究科助手を経て、現在、明海大学経済学部准教授。主な論文に“Stabilization of Effective Exchange Rates under Common Currency Basket Systems,"(共著,Journal of the Japanese and International Economies,Vol.20,No.4,2006年)等。