著者からひとこと

企業の一生の経済学

企業の一生の経済学

企業の一生の経済学

    編:橘木 俊詔、安田 武彦

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

企業の誕生から退出までの過程を経済学的に分析

日本はアメリカと比較して、企業の開業率も廃業率も低いと指摘され続けてきた。そのことが日本経済が弱体化した1つの理由とされ、もっと多くの企業が創設されねばならないと主張されている。なによりも新しく創設された企業は成長することへの期待があるからである。

もとより企業の廃業というのは経営者、労働者、取引先の企業や金融機関にとって苦痛の伴うことなので、できれば倒産、廃業は避けたいというのが本音であろう。しかし、企業が存続して資源の無駄な利用を続けるよりも、閉鎖した方がかえって資源の有効利用につながることもある。

アメリカの企業は開業率と廃業率の高いことが、経済のダイナミズムを生み、強い経済を説明する理由の1つになっている。このことからアメリカにおいては、企業の誕生、成長、衰退、退出を巡る研究が盛んであり、かなりのことがわかっている。

一方日本においては、これら誕生、成長、衰退、退出に関する個々の事象に関する研究はかなり存在するが、誕生から退出までの経路を統一的に分析した研究例はさほどない。そこで本書はそれを「企業の一生」と名づけ、誕生から退出までの過程を経済学的に分析することとした。

企業の誕生、成長、衰退、退出を促す要因は何なのか、それらを制約する要因は何なのか、といったことに注目して、現存の企業が示した経験を詳しく分析する。例えば、起業する人は誰でどのような人的能力をもった人なのか、開業や経営に際しての資金制約はどの程度作用するのか、どのような企業が成長したり不幸にして衰退したりするのか、企業が廃業するに至る際の決定的な理由は何なのか、といったことを分析して議論するものである。

大企業と中小企業を比較すれば、このような「企業の一生」を経験するのは圧倒的に中小企業の数が多い。大企業とて元をたどれば開業時は小企業だったのであり、その後経営がうまく行ったことによって成長を重ねた結果、大企業となったのである。そこで本書では中小企業に焦点を合わせて、企業の誕生から退出までの過程を分析する。

中小企業を研究する方法として、大別して2つのものがある。1つは個々の企業に注目して、誕生から退出までの過程を、事例研究としてたどる方法である。2つは多くの中小企業を標本として収集して、その統計データを解析する方法である。本書は主として二つ目の方法を用いるので、分析は数量分析の方法を用いたものが多い。事例研究に特有な特殊なケースというバイアスは少なく、日本企業の全体像を描いているといえる。

本書のもう1つの特色は、研究蓄積の多い欧米諸国の中小企業研究を参照しながら、日本の中小企業における一生涯の特色を浮き彫りにしている点にある。外国の中小企業がうまく経営されているならそれを学ぶし、もしうまくいっていないのなら学ぶ必要のない点を明らかにしている。

本書は独立行政法人である経済産業研究所の研究プロジェクトの1つとして研究が行われ、その成果をまとめて公表するものである。研究の遂行に際しては、研究所長の吉冨勝氏の指導と助言が非常に役立った。研究の事務的サポートは前理事長の岡松壯三郎氏、現理事長の及川耕造氏の管理の下、事務スタッフの方々から有益な支援をいただいた。これらの方々の支援に心から感謝したい。

最後に、本書の出版を引き受けていただいたナカニシヤ出版、そして手際よく編集作業をしていただいた同社の酒井敏行氏に御礼を申し上げたい。

橘木 俊詔
安田 武彦

著者(編著者)紹介

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橘木 俊詔

経済産業研究所前ファカルティフェロー。1943年生まれ。小樽商科大学商学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科修士課程修了。ジョンズ・ホプキンズ大学大学院博士課程修了(Ph.D)。京都大学経済研究所助教授、同教授を経て、現在、京都大学大学院経済学研究科教授(労働経済学、マクロ経済学)。『個人貯蓄とライフサイクル』(共著、日本経済新聞社、1994年:第37回日経・経済図書文化賞)、『日本の経済格差』(岩波新書、1998年:第39回エコノミスト賞)、『日本の貧困研究』(共著、東京大学出版会、2006年)、『格差社会』(岩波新書、2006年)など、著書多数。

安田 武彦顔写真

安田 武彦

経済産業研究所ファカルティフェロー。1958年生まれ。東京大学経済学部卒業後、通商産業省入省。以後、スタンフォード大学APARC客員研究員、信州大学助教授、同大学教授、中小企業庁調査室長を経て、現在、東洋大学経済学部教授(中小企業論)。主な著訳書に、ストーリー『アントレプレナーシップ入門』(共訳、有斐閣、2004年)、『日本の新規開業企業』(共編著、白桃書房、2005年:平成17年度中小企業研究奨励賞)など。