著者からひとこと

日本の財政改革-「国のかたち」をどう変えるか

日本の財政改革-「国のかたち」をどう変えるか

経済政策分析シリーズ10
日本の財政改革-「国のかたち」をどう変えるか

  • 編著:青木 昌彦、鶴 光太郎

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

日本が必要としている財政改革とは?

本書は、2002年12月から2004年3月の間、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)において行われた「財政改革」プロジェクトの成果を世に問うものである。このプロジェクトは、ある特定の政策目標に従って財政改革の提言をまとめることを目的としたものではなく、参加者の独自の立場と理論的貢献を尊重しつつ組織されたのであるが、当然、各自の参加を動機づけ、またプロジェクトの進行過程を通じて互いに深められていった共通の問題意識というようなものがあった。ありうる微妙な差異をあえて無視し、単純化をおそれず要約すれば、それらは次のようなものであった。

◇ 1990年代以降積み上がった中央・地方政府の累積負債、特殊法人の不良債務、社会保障会計の積立不足等を集計した政府債務の実態は、深刻な危機を孕んではいないか。政府部門の負債は、それに見合った公共資産が蓄積されている限り、それ自体を問題含みとする必要はないが、果たして、現行のような政府収支のアンバランスは持続可能であろうか。

◇ もし政府収支のアンバランスを効果的に改善する必要があるとすれば、それは現在の財政制度の骨格をそのままにして、税率や社会保障負担率、支出額などを限界的に調整することによって十分に達成されうるだろうか。むしろ予算作成プロセスや社会保障制度の抜本的な改革が必要だということはないか。もしそうだとすればそれはどう再設計されるべきだろうか。

◇ 財政に露呈しつつある困難は、「国のかたち」とでも形容されうる国の制度様式に生じつつあるひずみを反映してはいないか。たとえば既得権益と管轄行政省庁の間の硬直した結託関係、将来世代の負担増に配慮を欠いた惰性的な政策形成メカニズム、消費者や生活者への価値供給より現存の供給者の利益保護や能力の活用を優先する経済と規制の構造、縦割り構造に閉じこめられた官僚のインセンティブやキャリア機会のゆがみなどを問う必要はないか。

◇ もしそうだとすれば、それは現在の技術革新や人口の高齢化、価値観や能力の多様化などという環境変化と整合的な形で、どう変革されるべきか。またそういう改革を実現可能にするには、納税者=投票者、政治家、官僚、財政関連の専門家などのそれぞれの役割はどうあるべきか。

もとよりこうした広範な問題意識をさまざまな専門分野のそれぞれにおいて、自己完結的に取り扱うことは難しいであろう。しかし、逆に、専門的な知識や分析能力を欠いた「幅広い」議論によっても、実りのある洞察は得がたいであろう。したがって、われわれのプロジェクトはこのような問題意識を深めるべく、さまざまな専門分野の補完性を生かすようなかたちで進化していった。すなわち、財務と予算要求官庁のそれぞれに属する行政官、財政・制度・組織とインセンティブ・経済史などを専門とする経済学者、行政と政党の双方を視野に入れる政治学者、海外の財政の実務や比較研究に携わったことのある専門家、戦略と経営という視点からシステムの設計を考えるビジネス・コンサルタントなどという多様な人材からなるチームとして組織されたのである。そして互いの切磋琢磨となる厳しい議論のなかから、共通の問題意識をはぐくみつつ、それぞれの専門的な立場からの独自の貢献をなすことを試みた。

そうした観点から編まれた本書の構成は、概略次のようになっている。 まず、序章(青木論文)では、このはしがきで述べたような問題意識を、さらに制度分析の立場から展開し、本書各章において展開される議論のなかで使われる「仕切られた多元主義」「縦を横に紡ぐ」「コモンプール問題」などといった鍵概念を導入するとともに、各章の位置づけに配慮しながら、問題解決の方向性についての要約的な提言を行う。
続いて第1章(鶴論文)は、民主主義国家において財政赤字を生み出すメカニズムとして最近の財政学文献で注目されている「コモンプール問題」(一種のただ乗り問題)の観点をふまえつつ、日本の財政が抱える諸問題を概略的に整理、展望する。そして諸外国の改革例を引きながら、制度に着目した改革手法、特に、「コモンプール問題」を緩和するための予算プロセスの意思決定権限の集中化、予算作成における規律と柔軟性の間のトレードオフを改善させるための財政制度の透明性向上を強調する。

第2章(戒能論文)と第3章(高橋論文)は、「果たして現在の財政制度は持続可能か」という問題を数値に基づいて議論する。戒能論文は、1990年代のデータを用い国・都道府県・市町村・公的年金制度の間の相互連関性を考慮し、歳出・歳入、公債残高等を内生化した数値モデルを構築する。そして、財政の持続性を確実に実現していくための、財政改革のプログラムについてのシミュレーションを行い、消費税率やその他の政策にいかなる変更が必要か、を議論する。高橋論文は、将来世代の負担を考えるため、財政の将来キャッシュフローを組み込んだ分析手法を用いて、年金制度の維持可能性や道路公団の民営化に伴う国民負担の有無について論じる。

続く第4章(飯尾論文)、第5章(角野・瀧澤論文)および第6章(岡崎論文)は、財政と政治・官僚システムの関係を論じる。飯尾論文は、民主制の定着が「官僚内閣制」における財政規律を弱めるジレンマを指摘し、超党派合意の下の安定した財政再建の政治意志確立、国益を追求する官僚制の自律集団化の重要性を強調する。角野・瀧澤論文は、官僚組織における非流動的な人事システムが各省による予算獲得主義のインセンティブを生み出すメカニズムを分析し、予算規律を復活させるための予算業務における評価システムの改革と責任の明確化、公務員人事の流動化などの改革について論じる。岡崎論文は、戦前の日本に焦点を当て、現在と同じような利益集団の要求に基づく強い予算膨張圧力を数量的に検出し、特に第1次世界大戦期以降、元老による財政規律化機能の低下にともない、その圧力が次第に統御不能となっていくプロセスを描写する。

第7章(田中論文)、第8章(横山論文)は、予算マネジメントの改革についての提言を行う。田中論文は、OECD 主要国での経験を丹念に紹介しながら、政治的な意思決定システムの集権化と中期財政フレームの導入とともに、財政政策のマクロ経済へのインパクトの予測・検証及びそれに基づいた予算コントロールの必要性を強調する。横山論文は、エンド・ユーザーとしての消費者=生活者に価値を提供するシステム(「社会システム」)の構築という視点から、中堅官僚を統合的立案者として内閣に配置する行政改革案を提言する。

第9章(国枝論文)、第10章(坂田論文)は、税制に焦点を当る。まず、国枝論文は、異時点間の予算制約式の充足という、財政の持続可能性についての基本的理論問題を論じたうえで、世代間の著しい不公平を是正するために、消費税増税の超党派による検討や「世代間公平確保基本法」の制定などを提言する。坂田論文は、企業関連税制に焦点を当て、「税制インフラの改革」、「税を利用した国家投資」という2領域において、中立、透明、変革対応性といった改革理念を提唱するとともに、改革課題の具体像として、事業体区分の大胆な見直し、企業会計、商法も俯瞰した制度改革などを提言する。

第11章(喜多見論文)は、地方財政の規律の問題を扱う。地方自治体の行財政ガバナンスの戦後における変遷を概括し、今後は地方の多様性を生かしつつ、地方財政に対する普段の内部規律を高めるために、財政危機という非常時における外部管理の予期をもふくんだステークホルダー型ガバナンスへの移行を構想する。

最終章である12章(中林論文)は、アメリカにおける財政赤字削減のための寄付活動、NPO活動、選挙キャンペーンなどの例を紹介しつつ、財政改革を成功させるためには、国民の財政への理解と意識、さらには、政府と国民の間に位置する専門家の存在と信頼性が欠かせないことを強調する。

プロジェクトの参加者たちが、プロジェクトの進行に従い一様に強く自覚するようになったのは、内外の変化に適した持続可能な財政制度を再構築するには、政治家、財政当局と財政専門家たちの間の閉じた議論と設計のみではおそらく不十分であろうということであった。それには納税者=投票者たる国民の財政問題に対する深い理解と問題解決への積極的な参加が必要に違いない。そうであるならば、本書の執筆者のような専門家の役割も、もっぱら政治家や財政当局が当面必要と考える政策に対して理論的な支持を与えたり、現存制度に対して否定的見解をぶつけることに自己満足したり、あるいは学術的な評価を高めるための貢献を自己目的とすることにはないはずだ、ということが痛切に自覚されていった。われわれは、このプロジェクトを通じて得た成果が日本の現状改革と将来世代にとって重要な含みがあると信じるがゆえに、それをより広い聴衆に向けて発信し、その是非を問う動機に動かされる。そうした意図をもった書物としては、本書は大部であり、また一見専門書的な外観を持っているかもしれない。しかし、われわれは、日本が必要としている財政改革は生半可な現状理解や政治的便宜によっては達成しえない大義をもち、専門分野を異にするわれわれ自身が共有するにいたった問題意識と理論的・分析的・政策的成果は、まだ乏しいところがあるとしても、成熟社会に向けてひろく国民と分かち合うことができるに違いないと熱望するのである。

プロジェクト参加者を代表して
青木 昌彦
鶴 光太郎

著者(編著者)紹介

青木 昌彦顔写真

青木 昌彦

東京大学経済学部卒業。ミネソタ大学Ph.D.。ハーバード大学助教授、京都大学教授、経済産業研究所所長、スタンフォード大学経済学部教授等を経て、現在、スタンフォード大学名誉教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授。主な著書にInformation, Incentives, and Bargaining in the Japanese Economy, Cambridge University Press, 1988. 日本語版『日本経済の制度分析』筑摩書房、Toward a Comparative Institutional Analysis, MIT Press, 2001. 日本語版『比較制度分析に向けて』NTT出版, 2001.5等。

鶴 光太郎顔写真

鶴 光太郎

東京大学理学部数学学科卒業。オックスフォード大学Ph.D.。経済企画庁調査局内国調査第一課長課長補佐、OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員等を経て、現在、経済産業研究所上席研究員。主な著書に『日本的市場経済システム:強みと弱みの検証』講談社現代新書, 1994等。