「人的資本」プログラムについて

プログラムディレクター

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鶴 光太郎(プログラムディレクター・ファカルティフェロー)

RIETIは第3期から大きな研究分野ごとに新たにプログラムが設けられ、雇用・労働・教育に関わる研究については、「人的資本」プログラムの下で行われてきた。雇用・労働・教育といったテーマが「人的資本」という言葉でくくられているのは、日本が人口減少、資源小国という制約を克服し、その強みを生かしながら成長力を高めていくためには、人的資源の活用が大きなカギを握っているためである。

第3期の成果の概要については、鶴光太郎「雇用制度・人材教育改革に向けて」(2015)、藤田昌久編『日本経済の持続的成長―エビデンスに基づく政策提言』に、また、第4期の成果の多くは、鶴光太郎編(2019)『雇用システムの再構築に向けて―日本の働き方をいかに変えるか』にまとめられ、雇用・労働・教育分野で広範な研究成果を挙げてきた。

第5期については、大きく分けて、以下のような3つのテーマを考えることとしたい。第一は、「AI時代の雇用・教育改革」である。第4期では、日本的雇用システム論の再評価を行い、正社員改革、非正社員改革を合わせた日本的雇用システムの再構築の在り方について包括的な視点を提供し、政策提言を行ってきたが、折しも、正社員、非正規雇用のそれぞれの最重要課題であった長時間労働の是正、処遇の改善が法改正を伴う政府主導の大改革が実現するなど働き方改革が大きく進展した。

今後こうした働き方改革を更に推進し、実りあるものにするためには、ICT、AIを含めた新たなテクノロジーやデータ・エコノミーの進展が今後10年タームで急速に経済社会構造を変化させていくことが予想される中で、企業業績、従業員のウェルビーイングの両面の向上につながるよう、働き方改革と新たなテクノロジーの活用を「両論」として新たな雇用システム、労働市場を再設計していくことが必要である。そうした視点からの実証分析、政策提言を行うとともに、ギグ・エコノミーの進展で登場してきた新たな雇用形態である、個人請負・フリーランサーなどの現状把握、労働保護のあり方などにも着目する。

また、こうした大きな環境変化に適応していくためには、AI時代に求められる人的資本、なかんずく、能力・スキルは何かを見極めていくことが重要である。そのために、認知・非認知能力・スキルを始めとしてさまざまな能力・スキルが就業前教育、就業後訓練を含め全世代にわたる取り組み・経験によりどのような影響を受けるか、また、人生のアウトカム(学歴、職業パフォーマンス、健康状態など)にどのような影響を与えるかなどを包括的に検討し、求められる教育・訓練の改革を提言する。

第二は、「労働者のウェルビーイング向上」である。働き方改革が企業の業績を向上させるためにも、そこで働く従業員が肉体的・精神的に健康でやりがいを持って仕事をできることの重要性がより認識されるようになってきている。その意味で、従業員のメンタルヘルスなどのウェルビーイング、企業に健康経営の取り組み、企業業績などの因果関係に着目しながら、実証分析、提言などを行う。

第三は、「AI時代における新たなデータ・セットの活用」である。人的資本プログラムでは、これまでも政策インプリケーションの高い分析を行うため、政府個票統計のみならず、独自に設計したウエッブ調査や人事データなどの企業内業務データといった独自データ・セットの活用を通じて研究成果を挙げてきた。第5期では引き続きこうしたデータ・セットの活用を通じた研究を推進するとともに、AI時代にふさわしいビッグ・データを使った分析などもそのフィージビリティを含め、検討を行う。

なお、所属する各プロジェクトは、これまで同様、学際的な研究を志向するとともに、人的資本プログラムの一環として、相互に情報の共有や連携を行うことで、全体としてシナジー効果やまとまりのあるプログラムになることを目指して研究を進めていくことにしたい。