日本の政府債務GDP比率は世界にもまれな高水準となっており、金融市場のリスクプレミアム上昇による金利上昇のリスクが徐々に高まっている。東日本大震災と福島原発の重大事故は、すでに厳しい状況にある日本の財政に対しても、マイナス要因となった。経済の縮小は税収を減少させると同時に、地震と津波で大きな被害を受けた社会資本の再建、被災者に対する自立支援事業の実施、放射能汚染に伴う損害の補償などで、財政赤字を相当拡大させることになる。3月23日付けの内閣府の推計によれば、震災による社会資本、住宅、民間企業設備の損失は16~25兆円と見込まれている。このため、今後の復興期間に、歳出増と税収減による相当巨額の追加的財政負担が生ずるのは避けられないと見込まれる。さらに、ユーロ圏におけるギリシャなどのソブリン危機とそれに伴う国債金利の大幅な上昇と円相場の上昇は、2つの意味で日本にも影響を与える。
第1に、欧州経済が危機の深刻化によって深刻な景気後退に見舞われる可能性があり、その場合には日本の輸出に対して直接間接に大きな悪影響が及ぶ懸念がある。第2に、日本よりも政府債務・GDP比率が低い欧州諸国のソブリン危機は、日本の財政問題の深刻さを市場関係者に再認識させ、日本の国債金利上昇のきっかけになりかねないことである。
このため日本においても、増税などによる歳入増大と社会保障全体の見直しによる歳出の抑制が必要となっている。しかし財政引き締めを行って景気悪化を招くと、財政再建自体が困難になるという厳しい問題に直面している。実際、ギリシャでは厳しい財政引き締めと金融システム不安によりGDP成長率が大幅なマイナスを記録し、財政再建を困難にするというジレンマに直面している。大震災からの復興、景気回復、財政再建の3つを達成するのは非常に困難ではあるが、本プログラムでは、景気回復への悪影響を最小限にして財政再建を行う政策運営方式を検討する。
プログラム全体としては、次のような研究プロジェクトで構成する予定である。
- 財政危機に直面した国と日本を比較することにより、日本における財政危機発生のシナリオとそれに伴う悪影響の可能性を整理する。
- 日本の潜在成長率を人口推計、資本ストックの予想などから推計し、現実的な歳入見通しを作成する。
- 日本のデフレ率と労働・資本の稼働率の関係を実証分析し、なぜデフレが続いているのかを明らかにする。デフレを放置した場合、何が問題なのかを説明する。
- 景気悪化を避けつつ財政赤字を縮小し、長期的に維持可能な財政バランスを回復できる政策手段を検討し提言する。
- 現在の税・社会保障制度の問題点を概観し、従来行われてきた税制改革だけでなく、社会保険料や社会保障給付の両面に踏み込んだ、抜本的な税・社会保障制度の改革を提案する。
具体的な政策提言は、研究の進捗に応じて行っていくが、実行可能なものには次のような政策手段がある。
(1)消費税の段階的引き上げと、国民年金保険料の定額負担廃止、雇用所得から源泉徴収されている厚生年金保険料率の引き下げの組み合わせ実施。
(2)炭素税の段階的導入と温暖化対策のための効率性を重視した投資補助金の組み合わせ。
上記の政策提言では間接税の段階的引き上げを考えているが、これは人為的に物価の押し上げ要因を生み出すことにより、異時点間の消費代替を通じて、支出の前倒し効果を生むからである。また、社会保障財源を拡充することにより公的年金制度に対する信頼を回復して消費を刺激することも考慮している。他方、非常に逆進的な社会保険料の定額負担の廃止は、消費税の引き上げによる低所得者の負担増を相殺する効果がある。また、源泉徴収になっている年金等の社会保険料率引き下げは、雇用に対する課税を引き下げることで正規雇用を促進する効果が期待できる。
私がFFとして直接関与しているプロジェクトでは、上記のプロジェクトのうち、資本ストック、労働力人口と過去のGDP成長率から、全要素生産性を推計することで、日本の潜在成長率を推計する。またこれにより、傾向的な日本の実質成長率の低下の背景を分析し、資本ストックの伸び率の低下と労働力人口の減少傾向の寄与度を推計する。さらに社会保険料率引き下げによる雇用促進効果(タックス・ウエッジ削減効果)、温暖化対策のための投資補助金の成長促進効果などを推計する予定である。