エネルギー資源の制約、地球環境の制約等、経済成長を制約する要因への最も抜本的な解決策は、新技術の開発とそれを活用したイノベーションである。また、国民の福祉に直結する医療でも、新医薬品や診断技術の開発が鍵を握っている。「技術とイノベーション」プログラムは、このような新技術の開発、そのイノベーションへの活用の過程を把握できるオリジナルなデータを開発し、それを加速するための政策や制度の在り方を分析することを目的としている。現在、以下のプロジェクトが動き出している。
- 「イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究」
リーダー:長岡 貞男FF(一橋大学) - 「イノベーションへの標準政策」
リーダー:青木 玲子FF(一橋大学)
サブ・リーダー:田村 善之(北海道大学) - 「オープンイノベーションの実証分析」
リーダー:元橋 一之FF(東京大学) - 「起業活動に影響を与える要因の国際比較分析」
リーダー:高橋 徳行FF(武蔵大学) - 「優れた中小企業の経営戦略と外部環境との相互作用に関する研究」
リーダー:井上 達彦FF(早稲田大学)
サブリーダー:細谷 祐二CF(METI)
本プログラムの特徴は、第1に技術開発過程やイノベーション過程などを把握できるオリジナルなデータの開発である。たとえば、技術開発について、企業の研究開発投資自体を統計的に把握することは比較的に容易であるが、それは自社内で雇用された研究者の人件費、研究機器の購入費用などを計測しているのみである。しかし、技術開発に非常に重要であるのは、たとえばユーザーやサプライヤーからの情報、科学技術文献から得られる技術のシーズなどの、知識そのものである。利用可能な知識ストックの質、その吸収能力、更にその融合化や組み合わせ能力が研究開発のパフォーマンスを決める。本プログラムでは、発明者サーベイなどよって、このような知識の流れや組み合わせなどを体系的に把握するデータの開発を目指している。同様の点は、たとえば、標準の開発や普及の過程、起業の選択過程などについても当てはまる。
このプログラムの第2の特徴は、こうしたデータを活用して、特許制度、標準制度、起業システム、研究開発支援制度、産学連携など、技術開発やイノベーションを支える制度の在り方についてオリジナルな分析をして、提言を行うことを目指している。現在我々が観察している持続的な技術進歩が起きるようになったのは、産業革命以後であり、また先進諸国のみが本格的な研究開発を行っていることは、技術開発やイノベーションにおける制度の重要性を示唆している。たとえば、特許制度は、知識生産の専有可能性の向上、発明の商業化投資の促進、発明者・企業の評判確立メカニズムの提供、開示を通した公的な知識ストックの拡大など多様な機能を果たしている。従来の研究には専有可能性への効果を対象としたものが多いが、本研究では、その他の機能、特に開示を通した公的な知識ストックの拡大について研究を深める予定である。発明者のサーベイの結果によると、特許制度によって開示された情報の重要性は技術分野別に大きく異るため、その原因、それを改善して行く上での課題などを研究する。
本プログラムの第3の特徴は、データの開発や分析における国際的な研究協力の推進である。日本のイノベーションのパフォーマンスを評価する上で、たとえば米国や欧州との比較は重要に重要である。既に、RIETIの第2期プロジェクトにおいては、筆者がリーダーとなったプロジェクトで、ジョージア工科大学のJohn Walsh教授の協力を得て、日本初かつ米国初となる大規模な発明者サーベイを実施し、日米の差について興味深い知見を得たが、こうした成果の上に立って、現在、ミュンヘン大学のDietmar Harhoff教授、ボッコーニ大学のGambardella教授などと共同して、日本、欧州、米国の3極のサーベイを実施中である。また、起業活動の分析では、Global Entrepreneurship Monitoringという起業活動の国際的なデータを利用して、日本の起業活動の特徴を明らかにする予定であり、また標準政策の分野では、標準・知財の理論分析で世界的に知られているブリティッシュ・コロンビア大学のNancy Gallini教授などとの協力を進める予定である。