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澤田康幸・池上宗信「政府開発援助の経済分析:現状と展望」国民経済雑誌 第193巻第1号 2006
2000年9月の国連ミレニアムサミットなどを通じて設定されたMillennium Development Goals (MDGs)の「ターゲット1」とは、1人1日1ドルを基準とした、世界における1990年の貧困人口比率27.9%を2015年には約14%(半減)にすることである。
貧困を削減するもっとも直接的な方法としては、貧困者へ所得を移転すること(直接的貧困削減)が考えられる。1990年度における1日1ドル以下の貧困人口は約12億人であり、これを半減させるためには、約6億人に毎日1ドルを直接補助すればよい。このために必要な年間予算は約2528億ドルである。しかし2000年における世界全体のODAの総額は655億ドルであり、直接的貧困削減は非現実的であるといえる(Besley and Burgess, 2003)。したがって、開発援助を通じた直接的貧困削減によるターゲット1の達成は困難であり、開発援助によって経済成長を促進することで、間接的に貧困削減をすすめるという間接的な方法(経済成長媒介戦略)が重要になる。
これまでの研究によって、国全体の経済成長と貧困削減の間には強い正の相関関係があることが知られている。しかし、(1)国全体の経済成長率が負であるにもかかわらず貧困層の所得が増加した国はほとんどない、一方で(2)国全体の経済が成長したにもかかわらず、貧困層の所得が減少した国はかなりある、ことから国全体の経済成長は貧困削減の必要条件ではあるが、十分条件ではないといえる。
政府開発援助のマクロ効果に注目する「3分でわかる開発援助研究」シリーズ第1回では、この「ターゲット1」の達成に向けた、開発援助の効果に関連する経済学的な研究を紹介する。
援助の経済成長促進効果
国全体の経済成長と貧困削減には強い正の相関関係があるが、政府開発援助は経済成長にどの程度効果があるのだろうか?
Burnside and Dollar (2000)(以下、BDと略記)は、国ごとの経済成長率に対して援助がどの程度効果を持ったかを分析し、援助と成長の間には明確な関係がないものの、「受入国のガバナンス・政策が良好である場合に限り」開発援助は経済成長に寄与するという有名な結論を出した。これは、アメリカや世界銀行の援助政策にも影響を与えたとされる。ただし、この研究にはいくつかの反論が出されている。Easterly, Levine, and Rodman (2004)は、BDで使われたデータの期間を延長し、受入国の政策が望ましいものであっても援助と経済成長には有意な関係は見られず、BDの結論は常に妥当するものではないと反論した。さらにEasterly (2003)は、ODAや受入国の政策などの定義を見直すことでBDの結論を検証し、「援助の効果における受入国の政策の質の役割」は大きくないと結論づけている。
また、BDは返済が必要な借款と、返済が不要な贈与を単純に足して「援助額」としているが、借款と贈与がそれぞれ経済成長に異なる効果を持つ可能性がある。Sawada, Kohama, and Kono (2004)は、援助を借款と贈与に分けて経済成長に対する効果を検証し、借款は受入国の政策に関係なく経済成長に正の効果を与えるという結果を得た。これは、借款には返済義務があるため、プロジェクトを着実に運営し、国の経済発展を促進させて、債務支払いの財源を確保しなければならないというインセンティブ効果が働いている可能性を示唆している。また、一方の贈与全体には成長促進効果が見られないものの、技術協力については良い政策環境の国では成長を促進するという結果を得ている。
援助に対する受入国の政策反応
援助が最終的な貧困削減に寄与するためには、受入国側のガバナンスや政策努力の水準が好ましく、受け入れた援助資金が効果的に使われていなければならない。Boone (1996)は、援助が政府消費を拡大させる一方、生産的な投資には向かっておらず、さらに人間開発指数も改善しないという結果を得ている。また、Alesina and Weder (2002)は、汚職と開発援助の関係を分析し、援助の増加が直ちに汚職の増加につながっていることを示した。これらの研究は、援助が受入国で必ずしも貧困削減に有効な用途に使われていない可能性を示唆している。
貧困削減に対する援助の有効性を高めるためには、援助のドナー(供与国)と受入国の間に適切なインセンティブを確保するような制度・プログラムを設計することが重要となる。Azam and Laffont (2003)やSvensson (2000)などは、契約理論の枠組みに基づいて、最適な開発援助の制度を考察している。たとえば、受入国が援助を貧困削減に有効な政策に使わない場合、ひも付き援助やルールに基づいた援助配分を行う国際機関を利用することによって効率性を改善しうることも示している。
贈与か借款か
貧困削減のためには、援助の形態は贈与と借款のどちらが望ましいのだろうか?
贈与の利点としては、(1)受入国に債務負担をかけない、(2)借款に伴う援助の複雑性がなく透明で公正な援助を実施できる、(3)借款のために予算枠を使い切るための貸し付けがなくなる、(4)不必要なひも付きプロジェクトがなくなる、(5)「援助機関が貸し出すことによって生産性の低い受入国の借り入れ能力がかえって増大してしまう」という非効率性がなくなる、(6)債務不履行リスクを考慮する必要がない、という点が挙げられる。
一方の借款の利点としては(1)初期に大きな資金を提供できるため、大規模な開発政策を可能にする、(2)国際開発銀行群は優れた返済債務強制能力を持つので、受入国の借り入れ能力を増大させる、(3)中所得国への貸し出しは利益を生むので、その利益を低所得国のために利用できる、(4)大規模な貸し出しによって受入国の政策により関与できる、(5)長期な貸借関係による受入国のインセンティブに関与できる、(6)借款は受入国の財政余剰を増大させるが、贈与は財政余剰を減少させる、といった諸点が挙げられる。
ドナーによる援助配分の決定要因
これまで援助の受入側についてみてきたが、援助の供与側であるドナーは、どのような要因で援助を配分しているのだろうか? また、その配分は貧困削減のために適切なのだろうか?
Behrman and Sah (1984)やTrumbul and Wall (1994)などの研究は、援助ドナーは全体として世界の所得不平等を回避させ、受入国における乳児死亡率や政治的権利といった必要性に応じて援助が配分されているとしている。その一方で、近年の研究は、開発援助供与の戦略性を見いだしている。Alesina and Dollar (2000)は、(1)ドナーは利他的というよりは、概して戦略的動機で援助を配分している(たとえば、アメリカは約3分の1をエジプトとイスラエルに、フランス・イギリスは旧植民地に、日本は国連での投票行動を同じくする国々により多くの援助を配分している)、(2)戦略的な動機に基づいた援助配分の結果、2国間援助は貧困や民主主義・良い政策とは弱い相関関係しか持っていない、ことを発見した。このような戦略的な援助が行われている理由としては、ドナー国内の民族グループによるロビー活動が指摘されている(Lahiri and Raimondos-Moller, 2000)。
援助が戦略的に配分されているならば、貧困削減という基準から見て援助の配分が効率的でない可能性がある。Collier and Dollar (2002)は、世界の貧困削減という基準に照らすと、ドナー全体の現実の援助配分が非効率的であり、配分を適切なパターンに変えることにより、援助貧困削減効果が2倍に改善できるとしている。
援助配分に関するよいニュースは、Sawada and Yamada (2003)が、貧困ターゲティングという観点での援助配分の最適性を評価し、日本、オランダ、カナダ、ノルウェー、スウェーデンの贈与配分は貧困指標に感応的であるという結果を得ていることである。一方、Alesina and Weder (2002)は、(1)汚職が問題となっている国がより少ない援助を受け取っているわけではないこと、(2)債務削減が、汚職の少ない国に向かっていないこと、(3)援助の増加は直ちに汚職の増加に繋がっていることを発見した。
まとめ
以上のように、これまでの研究によって、(1)貧困削減には経済成長が必要条件であること、(2)援助が経済成長を促進させるかどうかは、受入国の政策やガバナンスに依存すること、(3)援助のなかでもその形態(贈与か借款)によって効果が異なる可能性があること、(4)援助は必ずしも貧困削減のニーズだけでなく、ドナーの戦略的な意図によって配分されている面があること、が明らかになっている。
注)この文章は、澤田康幸・池上宗信「政府開発援助の経済分析:現状と展望」国民経済雑誌 第193巻第1号 2006 に基づいた要約です。
2008年2月29日掲載