Research & Review (2005年4月号)

特許による知識の移転はどの技術分野で特に有効と考えられるか?

玉田 俊平太
研究員

本研究の目的-科学と技術とイノベーションとの関係についての理解の増進

産学連携、すなわち、企業と大学及び公的研究機関等との連携の重要性が叫ばれて久しい。政府においては1990年代後半以降、事業革新法、TLO法等の制定や予算、税制面での優遇措置等一連の政策が打ち出され、また、国立の大学や研究機関においても法人化をはじめとする大改革が行われた。一時はタブー視された産学連携は、今や大学や公的研究機関の社会貢献のための重要なテーマとして肯定的に議論されるようになってきている。

産業界においても産学連携は重要な課題である。科学の成果が産業に利用されるまでの時間が短くなるとともに、多くの産業において問題解決のために科学的知識の重要性が高まっているからである。なぜなら、高度な製品や製法の開発には複数の要素技術の組み合わせが必要となる場合が多いが、それらの要素技術に関わる高度な科学的知識を全て学習するのは容易ではない。そのため、自社内での研究や事業はある分野に絞り込み、必要な関連した高度な知識については大学等の組織と協力していくことが重要となっているからである。

しかしながら、産学連携の重要性については社会全般の理解が進んできたものの、どの分野の大学や公的研究機関がどの分野の産業とどのような形で連携すればよいのか、といった議論は十分ではないように思われる。一口に大学といっても数学、物理学、化学、生物学など多くの学問分野があり、技術にもバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、ITなどの多くの分野がある。さらに、科学と技術と産業の関係に目を広げると、数学理論を用いた暗号技術が金融業の生産性を向上させることもあろうし、流体力学の原理を応用した低燃費のジェットエンジン技術の開発が運輸業の生産性を向上させることもあろう。すなわち、科学(Science)、技術(Technology)、および、産業におけるイノベーション(Industrial Innovation)の三者の関係は三次元的なネットワーク構造となっていると考えられるが、それら科学(S)、技術(T)、イノベーション(I)の間のリンケージについては、どことどこがどのようにリンクしているのか、それらの間のリンケージの強さに違いはあるのか、といった理解は十分でないのである。

用いた手法-全技術分野にわたるサイエンスリンケージの計測

本研究においては、技術の指標として産業において有用性ありと認められた新規の高度な技術的思想である「特許」を用い、科学の指標として大学等における研究成果を形式知化して公開された「論文」を用いる。そして、特許の技術分野毎に、特許に引用されている論文数を調査することによって、技術と科学との関係についての定量的な分析を行った。具体的には以下の通りである。

まず、1994年から2001年までに発行された特許公報をデータベース化した(約88万件)。つぎに、1995年から2000年までの特許(約65万件)から、第二次科学技術基本計画において重要分野とされている、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、IT、環境関連技術の4つの技術分野に該当する特許をサンプル抽出した。比較対照として300件の無作為抽出も行った。四分野サンプル(1200件)および無作為抽出300件の合計1500件の特許について、その中に引用されている論文を人間が目視によって抽出した(詳細は経済産業ジャーナル2004年12月号参照)。

しかし、この手法をそのまま拡張するには限界がある。すべての特許から引用文献を人手で抽出するためには、膨大な時間と人手が必要で、事実上不可能である。この壁を突破するためには、作業を何らかの形で自動化する必要がある。しかし、特許申請書中の引用論文を記載する際の方法は統一されておらず、単純なアルゴリズムでは引用されている論文を抽出し損なったり、論文ではない文字列を論文と誤解してしまったりする。

この問題を解決するため、目視により抽出した被引用論文に関する情報を「教師」として用いて、有限状態機械アルゴリズムを用いた独自のソフトウェアの開発を行った。そのソフトウェアを用いて、1995年から1999年までに発行された全特許を対象とし、各特許中に引用されている論文数の自動計測を行った。

それら65万件を超える特許には、国際特許分類(International Patent Classification…IPC)に基づき、各特許につき1つの技術分類が割り当てられている(これを筆頭IPCという)。国際特許分類ではすべての技術部門が8セクションに分かれ、セクションはさらに細分化される。具体的には、セクションはクラスに、クラスはサブクラスへ、サブクラスはメイングループへ、メイングループはサブグループへと分かれる。

最後に、引用論文数を計測した特許を、相互に排他的で最も細かい技術分類レベルである技術サブグループに分類し、各技術サブグループに属する特許の引用論文数を合計し、該当サブグループに属する特許数で除すことによって、それぞれの技術分類毎の技術と科学のリンケージの強さを求めた。

結果-技術分野によって科学とのリンケージの強さが大きく異なる

日本の特許出願書類のフロントページに引用文献を記載することは義務付けられておらずかなり不完全であるため、技術と科学の関係を包括的に理解するためには引用文献を特許の明細書も含む全体から抽出するプロセスを自動化するプログラムを作成する必要がある。機械学習によって精度と再現率の両方について非常に高いレベル(98%以上)のプログラムが完成した(表1)。欧州においても同様の試みがあるが、約70%の水準にとどまっており、本研究は世界的にも最高水準を達成している。これにより、データベース内の特許データすべてから論文の引用や先行特許の引用を自動的に抽出できるようになり、国際特許分類の任意の技術分類レベルにおいてサイエンスリンケージを包括的に分析することが可能になった。

表1:引用文献自動抽出の計算結果

本研究においては、1995年から1999年までの特許公報で公表された特許のうち、約600分類の技術分野毎に科学とのリンケージの強さを計測した。図1は横軸に技術サブクラス、縦軸に各サブクラスの平均サイエンスリンケージをしめしたものである。図から明らかなように、サイエンスリンケージの強さは技術分野によって大きな差がある。「C12N微生物または酵素…その組成物」のサイエンスリンケージは特許1件当たり平均で15本近くの論文を引用しており、全体平均の特許当たり0.5本のおよそ30倍となっている。

図1:技術分類項目により大きく異なるサイエンスリンケージ

表2は特許1件あたりの平均引用論文数が多いサブクラス上位20を示している。日本の特許では、第1位は「C12N微生物または酵素…その組成物」で平均14.6、ついで「C07K有機化学、ペプチド」の12.2だった。特許1件当たりの平均引用論文等の数が3番目に多かったのは「C12Q酵素または微生物を含む測定または試験方法…そのための組成物または試験紙…その組成物を調製する方法…微生物学的または酵素学的方法における状態応答制御」で平均7.6だった。全体の平均は0.5だった。

表2:平均サイエンスリンケージ上位20サブクラス

こうした結果は、欧州特許庁のマイケルらが調査した欧州の特許のサイエンスリンケージの傾向と一致している。国際特許分類により自動的に抽出しランク付けした日本の上位10位にはヨーロッパの上位10位(太い線で囲んだもの)のうちの6つまでが入っている。1~3位までは日欧で完全に一致している。このようにサイエンスリンケージの強さのパターンが日欧で類似しているということは、技術と科学の関係はその技術がどこで生まれたかで異なるのではなく、技術の分野によって科学的知識への依存に差があるということを示唆している。

サイエンスリンケージが強いサブクラスのほとんどはバイオテクノロジー関係であったが、ナノテクノロジー関連と思われる技術サブクラスもあった。上位20位のうちの第5位は「G03C写真用感光材料…写真法(例…映画、X線写真法、多色写真法、立体写真法)…写真の補助処理法」であった。また、11位は「G09C秘密の必要性を含む暗号または他の目的のための暗号化または暗号解読装置」、18位は「G06E光学的計算装置」、19位は「G10L音声の分析または合成…音声認識」となっている。これらは国際特許分類のGセクション、つまり物理学セクションのサブクラスで、IT関連技術と考えられる。

考察-技術分野毎のきめの細かい政策が必要

技術分野毎のサイエンスリンケージ調査が示唆するのは、科学とのリンケージの強さは、技術分野ごとに大きく異なっているということである。特許中に引用された論文を指標とした科学と技術のリンケージの強さは、バイオ技術分野が突出していた。他の技術分野では、写真感光材料や暗号、光コンピューティング、音声認識に関連する技術にも科学との強い連関を示すものがあった。

これらの結果は、他の客観的事実とも整合性がある。例えば、イノベーション・ルネッサンスプロジェクトのシンポジウムにおけるデビッド・モウェリー教授の発言によれば、カリフォルニア大学の特許からの技術収益1500万ドルのうち、上位5つの特許で収益の9割を占め、それらは全てバイオテクノロジー分野であるという。また、スタンフォード大学の技術移転事務所(OTL)を成功に導いたのも遺伝子組み換えの特許であった。大学教授が自らの科学的知識を企業化する大学発ベンチャーでも、バイオやIT関連での成功例が多い。

後藤・永田(1997)によれば、イノベーションを占有する際に、医薬品産業においては特許の有効性が高く評価される一方、米国企業826社の平均値でみると第1位は製品の先行的な市場化、第2位は技術情報の秘匿、第3位は製造設備・ノウハウの保有・管理、第4位販売・サービス網の保有・管理、第5位は生産・製品設計の複雑性であり、特許による保護の総合ランキングは第6位である。

これらからわかるのは、イノベーションのメカニズムは技術分野(あるいはそれを活用する産業分野)ごとに異なっているということである。物質特許によって、他社が別のプロセスを経て生産した場合でも最終的な化合物の分子構造で権利を確保できるため特許によるイノベーションの占有が可能な医薬品や農薬と、多くの部品・特許・製造技術から構成されアフターサービスも重要視される航空機や自動車、技術革新の速度が速くモジュール化による製品開発速度の向上や製品バリエーションの多様性が重視されるエレクトロニクス製品とでは、それぞれビジネスとしての成立条件が異なることは自然に理解される。

産学連携を行う場合には、こうした分野による違いを十分に念頭に置いて取り組む必要があろう。例えば医薬品やIT産業分野の一部などの、特許の占有可能性が高くかつ製造の規模が小さくて済み製造コストも比較的低い産業分野においては、特許のライセンシングによる技術の移転も可能であろうし、それをてこにした大学発ベンチャーもまた可能であろう。製品の複雑性が高く、製造規模が大きく、サービスのネットワークが不可欠な航空・宇宙や自動車などの産業分野は、やはり大企業の独壇場であろう。プロセス・イノベーションが重要な分野は、特許によって技術を公開するより徹底した企業秘密の保持によって競争力が維持できよう。金型で有名な岡野工業や液晶のプロセスの機密保持で有名なシャープなどがこのカテゴリーに当てはまるだろう。また、言うまでもないがいたずらに大学教員に特許の出願を強要しても、技術分野によってはライセンス収入が期待できないばかりでなく、出願のための時間や労力の負担によって本来の研究活動に支障が出ることも考えられる。大学の得意とする活動はやはり高度な教育による知識を獲得した人材の育成と科学研究の成果を論文という形式知化された誰にでもアクセス可能な公共財として整備することであり、特許による独占とライセンスによる技術移転は前述のような医薬品やIT産業分野の一部等において特に有効であろう。

文献
  • Mansfield, E. (1991), Academic Research and Industrial Innovation, Research Policy,20 (1):1-12
  • Michel, J., Bettels B.(2001), Patent citation analysis, Scientometrics, 51(1):185-201
  • Narin, F., Hamilton, K. S., Olivastro, D.,(1997), The increasing linkage between U.S. technology and public science, Research Policy,26(3):317-330
  • OECD(1990), University-Enterprise Relations in OECD Member Countries. OECD: Paris
  • Tamada et al, RIETI Discussion Paper Series 04-E-034, 2004
  • 後藤晃、小田切宏之編 『サイエンス型産業』 NTT出版
  • 後藤晃・永田晃也(1997) 『イノベーションの占有可能性と技術機会』 科学技術政策研究所
  • 玉田俊平太・児玉文雄・玄馬公規(2002)、日本特許におけるサイエンス・リンケージの計測-引用文献データベース構築による遺伝子工学技術分野特許の分析-、研究技術計画、17(3/4) :222-230
  • 中山一郎「『プロパテント』と『アンチコモンズ』」 RIETI Discussion Paper Series 02-J-019
  • 文部科学省、平成13年版科学技術白書、国立印刷局、東京

2005年4月27日掲載