イノベーション指向の産業政策を!

玉田 俊平太
研究員

アメリカの競争力評議会"Innovate America" と題する報告書を発表した。「イノベーションこそがアメリカの21世紀における成功を決定づける唯一の最も重要なファクターである」として、「アメリカの次の25年間の課題は社会全体をイノベーションのために最適化することである」と言明している。フランスにおいても、将来大きな成長が期待される「強い産業」の研究開発を支援し、イノベーションを促進すべきであるとするレポートが大統領に提出されたとの報道がある(1月5日付フィナンシャルタイムズ)。この報道によれば、シラク大統領は「将来のマーケットを獲得するために我々は攻勢に出るべきである。すなわち、我々は自らに、大いなる産業的野心を実現するための政策手段を与えるべきである。これは、国家的優先課題である」と述べたそうだ。

増加する企業の競争力向上や経済成長に果たすイノーベションの役割

企業の競争力の向上や、国の経済成長にイノベーションが果たす役割は、知識社会の到来とともにますますその重要性を増している。競争上の優位性は、規模の経済や各種資産の保有などからも生じうるが、最近のパターンでは知識や技術的熟練や経験を動員して新たな製品や製造方法やサービスを創造することができる組織が、ますます有利になりつつある。(『イノベーションの経営学』参照

イノベーションを通じて世界規模で競争する企業が、それぞれのホームベースを置く国の政府に対してイノベーションを促進するための産業政策を求め、各国政府もまたそれに応えようと努力することを通じ、産業と政策との共進化が起きているようである。

同時に、異なる国の政策同士の共鳴現象も起きつつあるようだ。もし、ライバル企業がホームベースを置く国の政策のほうが、イノベーションにより適している場合、企業は競争上不利な状態に置かれてしまう。したがって、グローバル企業は自分がホームベースを置く国の政府に同様な政策を求め、結果として各国の優れた政策が互いに模倣されるという現象が生じている。
本コラムでは、競争力評議会のレポートを中心に、それらが示唆する企業と政策を含む制度との共進化および各国政策の共鳴現象について見ていこう。

「パルミザーノ・レポート」の概要

昨年12月15日、アメリカの通商・産業政策に大きな影響を与えてきた民間団体である競争力評議会"Innovate America" と題する報告書を発表した。同評議会において報告書をまとめたNational Innovation Initiativeの共同委員長であるIBM社CEOの名を冠して、「パルミザーノ・レポート」とも呼ばれているこのレポートでは、「イノベーションこそがアメリカの21世紀における成功を決定づける唯一の最も重要なファクターである」として、「アメリカの次の25年間の課題は社会全体をイノベーションのために最適化することである」と述べている。同報告書で提示されたイノベーションのための政策提言は、"人材(Talent)"、"資金(Investment)"および"基盤整備(Infrastructure)"の3つのカテゴリーに区分されている。

人材

まず人材面では、第1に、イノベーション教育のための国家戦略を立案して、創造的で技術力を備えた労働力を確保せよとし、

  • 科学および工学分野の大学生を対象とした奨学基金に対する企業や個人の拠出を課税控除の対象とする制度の創設
  • 大学院生を対象として連邦機関が拠出する研究奨学金5000人分の新設
  • 大学における社会人向けの修士教育および訓練制度の全ての州立大学への拡大
  • 優秀な人材を海外から集めるための移民政策の見直しと外国人卒業生への就労許可

を提言した。

第2に、次世代のイノベータを生み出す触媒の機能として、

  • 初等・中等・高等教育を通じて、現実社会の課題に基づく学習から創造的な思考とイノベーションのスキルを養う
  • 研究と応用の間のギャップを橋渡しするイノベーションの学習機会を学生に提供する
  • アントレプレナーや中小企業経営者のための、イノベーション教育カリキュラムを確立する

ことを求めている。

第3に、グローバルな経済競争の中で米国の労働者が成功するために、

  • 生涯教育の機会を提供して、労働力のフレキシビリティとスキルの獲得を支援する
  • 転職に伴うヘルスケアと年金の可搬性を向上させる
  • 全国および州レベルで、高度なスキルを持つ労働者に対するニーズと教育訓練リソースの配置を適合させる
  • 技術や通商の変化が原因で転職を余儀なくされた人々への支援を拡大する
ことが必要であると指摘している。

政策課題のトップに人材問題を持ってきたことは、我が国に劣らず米国でも科学技術の発展を担うべき次世代の人材(特に理工系)不足が深刻であり、産業界がそれを深く憂慮していることを反映しているのであろう。米国の科学・技術的成功の基礎が、欧州のみならずアジアなどの発展途上国から引き寄せた優秀な頭脳に多くを負っていることは周知の事実である。この観点から見ると、移民政策への提言には、9.11テロ以降社会的に蔓延するイスラムや外国人排斥の風潮への警鐘が込められているのであろう。

資金

資金については、第1に、フロンティアおよび学際的領域の研究を再活性化するために、

  • 新たな"イノベーション加速"グラントを創設し、各政府機関に配分される研究開発予算の3%を再配分してハイリスク研究を刺激する
  • 国防総省による基礎研究への関与を復活させ、同省の「科学技術予算」の20%を長期的研究に振り向ける
  • 物理学および工学に対する支援を強化し、国のR&Dポートフォリオを健全なものにする
  • 企業の試験研究費に対する税制優遇措置を恒久的で分かり易い制度とし、その対象を産学共同研究にまで拡大する

ことを提言している。

これらは、最近の米国における傾向の裏返しでもある。すなわち、公的研究資金が応用志向の短期的利益を追求するようなプロジェクトに重点的に振り向けられ、また分野的にはライフサイエンスが偏重されすぎていることへの警鐘であろう。

また、4番目の提言は、明らかに日本の税制を模倣したものであり、本コラム等当研究所における提言、経済産業省、財務省、経団連をはじめとする関係各位の努力によって実現したわが国の研究開発税制が、いかに画期的かつ先駆的な政策であるかを示すものといえよう。

資金面の第2番目の柱として、アントレプレナーの経済活動をより活発にするために、

  • 向こう5年間で全米に"イノベーション・ホットスポット"を10カ所以上設定して、地域の資産を活用しながら政府・民間双方からの投資を誘導する
  • イノベーションに基づく成長を加速するための、連邦政府の経済開発政策を主導する省庁および省庁間の調整を担う協議組織を指定する
  • 税制上の優遇措置やエンジェルのネットワークの拡大、自治体や民間のシード・キャピタル・ファンドなどにより、初期ステージのリスク資本の可用性を高める

ことを求めた。この第2点目の提言も、わが国の総合科学技術会議(とその前身となる組織)とホワイトハウスのOSTPの相互作用を通じた共進化現象の1つの現れではないかと感じられる。また、3点目の提案から判るように、"あの"アメリカにおいてすら、ベンチャーのアーリーステージの資金需要は満たされてはいないのである。我が国における支援策は十分なものだろうか?

資金面の第3番目の柱として、リスクを取って長期的な投資活動を促進するために、

  • 民間企業におけるインセンティブと補償の構造を、長期的な価値創造に報いることに焦点を合わせたものとする
  • 無形資産の自主的な開示を推進するための免責条項を新設する
  • GDPの2%を占めている訴訟関係のコストを1%に減らす
  • 官民合同の委員会を設置し、新たな規制がイノベーションに対する投資にどのような影響を及ぼすのかを検討する

ことが必要であると指摘している。

アメリカでは訴訟コストが2330億ドル、国民1人あたり800ドルにのぼり、所得税5%に相当するという。しかし計測されないコストは遥かにそれを上回り、イノベーションを阻害していると報告書は指摘する。訴訟を避けるために医療、教育、製品開発などは防衛的になり、医療においては必要以上の検査が、製薬や航空産業などの製品開発においては安全規制が企業の意欲をそぎ、将来性のある製品からの撤退を余儀なくしているという。「民間企業におけるインセンティブの構造」とは、直接的にはエンロン事件やストック・オプションの問題に端を発しているのであろう。また間接的には、日本型の安定雇用と社内昇進などの利点をも示唆しているのかもしれない(委員長のパルミザーノ氏は、アメリカで日本型経営を実践している企業の代表として良く取り上げられる会社のCEOである)。

基盤の整備

基盤の整備に関しては、第1に、イノベーション成長戦略に対する国家的合意を形成するために、

  • 大統領府において連邦全体のイノベーション戦略を策定する
  • イノベーション政策とイノベーション主導の成長を主要な課題として設定して取り組んでいくため、国家レベルおよび地域レベルでの官民の協力を促進する
  • イノベーションをより良く理解し効果的にマネージするための、新たな計測指標を開発する
  • 優れたイノベーション能力を認定するための"国家イノベーション賞"を創設する

ことを提言している。要するに、プロ・パテント政策からプロ・イノベーション政策への転換である。

第2に、21世紀の知的財産制度を創出するために、

  • 特許化プロセスの全ての段階において、特許商標庁の作業に高い質とスピードを確保する
  • 特許データベースをイノベーションのツールとして活用する
  • 協調的な標準制定作業におけるベスト・プラクティスを作り上げる

ことを提言している。

アメリカの特許の質については、出願数の急拡大と同時に均等論の行き過ぎや個別審査官の能力の差などの要因が重なり、危機的な状況にあるとの指摘もある。他山の石を以って玉を攻めたいものである。

第3に、米国の製造能力を強化するために、

  • 共同利用施設やコンソーシアムを有する優良な製造センターを創設する
  • 特許データベースをイノベーションのツールとして活用する
  • 互換性のある製造および物流のための産業主導による標準開発を支援する
  • 中小企業を製造パートナーへと引き上げる"イノベーション牽引センター"を創設する
  • R&Dのプライオリティを設定するために、産業界主導のロードマップ構築作業を展開する

そして、第4に21世紀のイノベーション基盤として、ヘルスケア分野を試験台として、

  • 電子的な健康診断書の利用を拡大する
  • 統合的な健康データシステム構築のための標準を制定し推進する
  • ヘルスケアの研究情報を電子的に交換するための国際的な試行プログラムを創設する
  • ヘルスケアでの効能に基づく購入契約の利用を拡大する

ことを提言している。

ヘルスケア部門を突破口としてあげているところに、アメリカの強みと特殊性を見ることができる。

フランスでも広まるイノベーション促進の動き

フランスにおいても、明日のエアバス社やアリアン社たりうるような、将来大きな成長が期待される既存の"ナショナル・チャンピオン企業"をより強くし、イノベーションを促進すべきであるとするレポートがシラク大統領に提出された。レポートを提出したのは多国籍コングロマリットのサンゴバン社の会長である。

報道されているところによると、このレポートでは、ユーレカ計画のように単に面白いアイデアに資金を広く薄く撒くのではなく、将来大きな成長が期待でき経済価値を実現できる強い産業がフランスにある分野をより強くするべきであるとの主張がなされているようである。そのために、産業イノベーションエージェンシーを設立し、情報、ナノテク、バイオ、更新可能エネルギーなどのイノベーティブなエリアの"チャンピオン企業"に資金を供給する。フランスは国営企業民営化によって得た10億ユーロをフランスやEUの大企業における大規模研究開発プロジェクトに投資しようとしている。

これはまさに、日本が得意とした大規模プロジェクト等の産業政策を行えとの提言である。欧州が競争力を有するエアバスの民間航空機やアリアン・ロケット、そしてアメリカが得意とするIT、バイオ、航空宇宙などの分野は、軍事費も含めた膨大な国家からの研究・開発資金が投じられてきた分野である。

問われているイノベーション指向の優れた政策の立案と実現

日本の自動車産業も、あたかも国の支援など全く無しに成長したかのような議論があるが、技術導入の際の条件を外貨割り当てによる外車の輸入規制と絡めて日本の自動車産業に有利なように交渉したり、外資の比率が過半数を超えないように規制したり、部品を業界で標準化したりと、非常にきめの細かい産業政策が、技術系行政官の能力と相まって実施されていた(日本規格協会坂倉理事長の講演より)。

産業政策を過去のものとする見方が一部にあるが、我々はこれは誤った認識であると考える。産業と政府は対立概念ではない。単なる市場の番人というだけでは不十分である。21世紀の政府は、産業が発するシグナルを正しくとらえ、イノベーションを促進するためのアクティブな主体であり、産業とともに進化していくべきであろう。

日本においても、1月11日、産業構造審議会産業技術分科会の基本問題小委員会が「技術革新を目指す科学技術政策-新産業創造に向けた産業技術戦略-」と題する提言をまとめた。日本経済・社会の持続的な成長と人類社会の持続可能な発展のため、科学技術政策の軸足をイノベーション・ポリシーへと移すべきとする提言は、アメリカやフランスにおける動きと競争・共鳴しているようにも感じられる。21世紀に入り、企業はこれまで以上にグローバルで熾烈なイノベーション競争にさらされている。それら企業がホームベースを置く国家においても、イノベーション指向の優れた政策を立案する能力やそれらの政策をいかに素早く実現するかが問われている。2月14日には、「日本のイノベーションシステム:強みと弱み」と題して経済産業研究所主催の政策シンポジウムが予定されている。イノベーション志向政策の大競争時代を日本が勝ち抜くための一助となることができれば幸甚である。

2005年1月25日

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2005年1月25日掲載