政策としての「待機児童ゼロ」の妥当性

宇南山 卓
元ファカルティフェロー / 一橋大学経済研究所准教授

本稿では、成長戦略の中心の1つである「待機児童解消加速化プラン」の妥当性について検討する。ただし、政策「目的」としてではなく、「目標」としての妥当性である。近年、事実証拠に基づく政策(evidence-based policy)の重要性が指摘され、学術研究や政策の現場でさまざまな「事実証拠(エビデンス)」が提示されるようになってきた。しかし、努力のほとんどが政策「目的」に対する評価に集中し、政策「目標」の設定については注意が不十分であった。どれだけエビデンスを積み重ねて正しい政策目的を設定しても、政策の具体化段階で間違った目標をゴールとしてしまっては元も子もない。ここでは、その観点から「待機児童ゼロ」が政策の「目標」として妥当であるかを論じることにしたい。

政策目的としての「女性の活躍」

安倍晋三首相は成長戦略の中核として「女性の活躍」を位置づけ、その具体的対応の第1として「待機児童解消加速化プラン」を掲げた。このプランでは、平成29年度までに40万人分の保育の受け皿を確保して「待機児童ゼロ」を目指すとしている。すなわち、「女性の活躍」できる社会を実現して経済成長を目指すというのが政策の目的であり、その目的を達成するための目標が「待機児童ゼロ」なのである。

まず、大前提として、「女性の活躍」が妥当な政策目的であることについて述べたい。少子高齢化が進み人口が減少していく日本においては、労働力の確保は大きな課題である。女性の労働参加率は依然として低く、労働力の量の確保の観点から女性の活用は不可欠である。また、指導的地位にある女性の比率が低いという事実から、女性の潜在能力が十分に発揮されていない可能性が示唆される。これは女性が経済活動の最前線で活躍することができるようになれば、労働力の質という観点からも経済の活性化につながると期待できる。

女性が活躍できる社会を実現するために、保育所を整備しようという発想も、事実証拠に基づく政策という観点から支持できる。保育所の整備には、女性の結婚・出産と就業の両立可能性を高める効果があるからだ。出産・育児と就業とを両立することが困難な社会では、女性は仕事か家庭かの二者択一の選択を迫られている。筆者は、経済産業研究所での一連の研究(注1)で、低い両立可能性を改善できるほぼ唯一の方法が保育所の整備であることを示してきた。

すなわち、女性の活躍を目指すことは適切な政策目的であり、その目的を達成するために保育所を整備しようという段階までは何の問題もないのだ。しかし、いったん「待機児童ゼロ」を目標にしてしまうと、大きく分けて2つの問題が発生する。

自治体の行動を歪ませる「待機児童ゼロ」

待機児童をゼロにするという目標は、まさに保育所に入りたい人は全員が入れるという状況を達成することだ。形式的にはゴールが明確であり、その分かりやすさが政治的には魅力である。

しかし、よく考えて見れば、政策のゴールは見かけほど分かりやすいものではない。なぜなら、「保育所に入りたい人」の定義が曖昧だからである。最近、新聞等のメディアで待機児童の定義が自治体ごとに異なることの問題がたびたび報じられている。預け先が無く育児休業を延長した場合や、ベビーホテルやベビーシッターを利用した場合には待機児童にカウントしない自治体があることが報じられている。これは、当事者の実感としては「入りたいのに入れない」状態だといえるだろう。

こうした曖昧さがある指標を目標としてしまうと、自治体の行動を歪ませる可能性がある。当たり前であるが、保育所の定員を増やすよりも定義を変更するほうが簡単であるため、自治体に見かけ上の待機児童を減らす行動をとらせる誘引が強い。窓口指導による恣意的な誘導によって待機児童の定義から外すような不適切な対応がとられれば、真の問題が隠され、両立可能性の改善という本来の問題解決が遅れる可能性すらある。

保育所整備と待機児童のいたちごっこ

さらに、たとえ自治体が現状把握を歪ませるような行動を取らないとしても、待機児童は問題のある政策目標である。その理由は、「保育所に入りたい人」の数は本質的に保育所の整備状況に影響を受けるからだ。保育所に入所できる可能性が極めて低いと、そもそも入所を希望することすら断念するケースが多くなる。逆に、保育所が整備され入所の可能性が高まれば、潜在的な保育需要が顕在化するのである。

この効果があるため、待機児童数が少ないという状況は、誰もが希望すれば入所できる状況と、誰も希望することすらできない状況という2つの可能性があるのだ。実際、かつて横浜市長であった中田宏氏は自身のブログで「保育園に入りやすくなると、別の地域から引っ越してきたり、新たに「私も預けて働こうかしら」という人が増えます。結果、(中略)イタチごっこでした」と述べている。(http://www.nakada.net/blog/?p=544)つまり、待機児童数の大小は保護者の感じる保育所の不足とは必ずしも連動せず、待機児童がゼロだからといって望ましい状態とはいえない。

こうした問題を抱える指標を政策目標とすることは、適正な資源配分の観点からも政策評価の観点からも望ましくない。筆者は、保育所の整備を進めるのであれば出産期の女性の人口を基準とした指標を用いることを提唱している。ただし、どのような指標をゴールとするべきかは議論の余地はあるだろう。いずれにしても、女性が活躍できる社会を実現するための保育所の整備を成長戦略の中核として掲げたことは画期的である。女性の活躍という適切な政策目的を達成するためにも、より正確な目標の設定に期待したい。

2013年7月9日

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2013年7月9日掲載

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