EPAの優先順位:経済効果の大きい貿易相手は?

川崎 研一
コンサルティングフェロー

震災後、政治、経済、社会の関心は一変した。菅直人首相が重要課題としてきたTPP参加の判断も先送りされる可能性がある。ただし、国際社会でのEPAを巡る動きは決して止まっていない。日本を始め、各国にとって経済効果が大きく優先されるべき地域的な取組み、また、2国間EPAの相手は誰なのか。今一度、冷静に比較検討してみたい。

貿易自由化の効果の決定要因

関税を撤廃し貿易を自由化すると、価格が低下した財の貿易が加速される。輸出国側では、価格競争力が向上した財の輸出、更に、生産が拡大する。他方、輸入国側では、貿易障壁による国内市場の歪みが削減され、生産資源の利用が効率的になる。これらの効果があいまって、各国において生産、所得が増加することになる。

こういった経済効果は、基本的には撤廃される関税の規模、価格変化の程度に沿ったものとなろう。言い換えれば、貿易自由化の経済効果がより大きくなるのは、自由化する前の貿易の保護水準がより高い場合と考えられる。他方、貿易自由化によるダイナミックな効果としては、輸入財の価格下落に伴う国内産業の競争促進的な生産性上昇も考えられる。撤廃される関税が高いほどそういった競争促進効果も一層大きくなろう。

更に、マクロ的な経済効果は、貿易が各国の経済に占める割合が高ければ高いほどより大きくなろう。また、貿易自由化によって、所得が増加すれば、その一部が貯蓄され、更に投資され、生産力が拡大しよう。貯蓄率の高い経済ほど、そういった所得、投資、生産の連関メカニズムが強くなり、経済効果がより大きくなることも期待される。

地域的な貿易自由化の効果

地域的な貿易自由化の経済効果の大きさは、参加する国々や対象となる産業の範囲が広くなればなるほど大きくなることが期待される。APECでは、TPPの一方で、日中韓、ASEAN+3(日本、中国、韓国)、ASEAN+6(更に、オーストラリア、ニュージーランド、インド)などの地域的な枠組みでの議論が行われてきた。これらの枠組みでの貿易自由化が実質GDPに与える効果を比較したのが、表1の推計結果である。

表1:地域的貿易自由化による実質GDP効果
表1:地域的貿易自由化による実質GDP効果

日本の場合、日中韓、ASEAN+3、ASEAN+6、更に、FTAAPと貿易自由化の参加国が増えるほど実質GDPの増加効果は大きくなるが、FTAAPに比べて世界全体での貿易自由化の効果が小さくなると推計されている。貿易を自由化する国々の間では貿易が促進されるが、第3国にとっては自国との貿易がその他の国々の間に転換される可能性がある。従って、この貿易促進効果と貿易転換効果のトレードオフの関係次第では、必ずしも貿易自由化の参加国の範囲が広くなればなるほど経済効果も大きくなるとは言えないのである。それぞれの国にとってベストの地域的な枠組みが存在する可能性が示唆される点は、政策当事者にとっては重要な関心事となろう。

他方、中国の場合、日本と比べるとASEAN+6に比べてFTAAP、また、FTAAPに比べて世界全体の方が、貿易自由化の実質GDP効果が比較的大きくなっている。政策的には日本にとってはASEAN+3やASEAN+6が重要であるが、中国にとってはASEAN+3やASEAN+6にとどまらず、FTAAP、更には、世界全体に貿易自由化の範囲を拡大することが重要である可能性が示唆されている。

なお、本稿では関税撤廃の効果についての比較分析を行ったが、EPAの優先順位については、関税撤廃以外のサービス・投資分野における非関税障壁の削減の効果や、相手国との外交上の関係強化といった非経済効果等も考慮の上、判断されよう。

2国間貿易自由化の効果

地域的な枠組みの相対的な重要性の相違は、各国にとってより大きな貿易自由化の効果を与えてくれる相手国が異なっていることによる。APEC各経済、更に、EUなど各国にとって2国間貿易自由化の実質GDP増加効果を比較すると表2のマトリックスの通り推計される。

表2:2国間貿易自由化による実質GDP効果
表2:2国間貿易自由化による実質GDP効果
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日本にとっては、実質GDPの増加効果が最も大きい相手国は中国(実質GDPは0.66%増加)と推計され、経済効果が大きくなる地域的な枠組みには、まず、中国が参加することが重要であることが示唆される。他方、中国にとっては、実質GDPの増加が大きくなるのは、EU(2.12%)、米国(1.56%)、日本(1.40%)の順であり、先述のような地域的な枠組みの優先順位となることが示唆される。

他方、相手国からみて貿易自由化の経済効果が大きくなり、EPA相手国として優先される順をみると、総合的には中国、EU、日本、米国、韓国、インドの順となっている。更に、いくつかの興味深い各国間での相違が示唆される。第1に、中国は、日本、韓国の他、ASEAN各国にとって最も経済効果が大きくなる相手国と推計されている。第2に、日本は、現在、EPAの共同研究や交渉を行っているオーストラリア、カナダにとっては第1の相手国であり、また、近くEPA交渉開始が見込まれるEUにとっても第2の相手国と推計されている。第3に、EUは、中国に加えて、米国、インド、ロシアなどにとって第1の相手国と推計されている。第4に、インドは、マレーシア、インドネシア、シンガポールなど、ASEANの国々やオーストラリアにとって比較的重要な相手国となっている。

以上のようなそれぞれの国にとってどの国々が重要な相手国なのか、また、逆に、それぞれの国がどのような国々にとって重要な相手国なのかといった視点は、通商政策を決定する当事者にとっても、通商交渉の進展を占う第三者にとっても、重要な情報の1つと考えられる。

2011年5月31日

2011年5月31日掲載

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