TPPの虚実:「国を開く」経済の活性化

川崎 研一 コンサルティングフェロー

菅首相は、年頭の記者会見で、本年の重要政策課題の2つとして『TPP参加と消費税増税の最終判断は6月が目途』とした。TPPとは何なのか。今、なぜ、TPPなのか。そしてTPPにはどういうメリットがあるのだろうか。

TPPとは?

貿易の自由化を巡っては、FTA、EPAに加えてTPPが俄かに登場してきた。FTA(Free Trade Agreement)は、農産物や自動車、電気機械など主に財の貿易を自由化する自由貿易協定である。これに対して、EPA(Economic Partnership Agreement)は、財の貿易に加えて、サービスの取引の他、投資、更には、経済協力など幅広い分野を含む経済連携協定である。TPP(Trans-Pacific Partnership)、即ち、環太平洋経済連携は、EPAの環太平洋地域版である。2006年にチリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイの4カ国で始められ、現在では、米国、ペルー、オーストラリア、ベトナム、マレーシアが参加し、9カ国で交渉が続けられている。

TPPの特徴として、これまでのFTAやEPAに比べより広い分野で迅速な貿易自由化を求められる点が指摘されている。ただし、必ずしも全品目について即時に関税を撤廃しなければいけない訳ではない。たとえば、ブルネイは宗教上の理由により酒とタバコは除外している。また、チリ、ニュージーランド、ブルネイは、それぞれ、農産物、石油製品、繊維・履物、輸送用機器など、貿易の2~3割程度は関税の撤廃期間を10-12年程度としている。

他方、TPPには24もの作業部会があることに留意したい。懸案とされる農産物の関税はその一分野に過ぎない。その他に、食品などの安全性基準、建設業の入札を含めた政府調達、また、外国人労働者の受け入れなど、さまざまな課題が対象となっている。

今、なぜ、TPPなのか

EPAの議論が活発になった背景には、まず、産業界の苦境が挙げられよう。日本は世界的なFTA競争では出遅れている。日本の主要な貿易相手国でEPAを結んだのはASEANだけである。貿易全体に占めるEPAの締結国の割合も17%程度に過ぎない。2010年10月にEUとのFTAに正式署名し、12月に米国とのFTAに最終合意した韓国ではその割合は36%程度に達し、ダブルスコアの差がついている。自動車、電気電子など、日本の主要な輸出産業の競争力の低下が懸念されてきた。

他方、特にTPPが急浮上した背景には、米国の事情もあろう。日本は東アジア、即ち、ASEAN+6(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド)のEPAを優先しつつ、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の構築を目指してきた。しかしながら、現在、米国大統領は従来のような通商交渉の一括権限を持っていない。従って、米国とEPAを進めるためには、各国とも実際に交渉が進んでいるTPPに参加する方が円滑との期待もあろう。

果たして、TPPの協議はこれからがまさに正念場であろう。期限は米国がAPECサミットを開催する2011年11月になる。2010年11月に政府が決定したEPAの基本方針では、1年間のロードマップができている。2011年3月には規制改革の方針、6月には外国人労働者と農業構造改革の方針が決定される。一方、2~3カ月毎にTPPの交渉も行われる。国内対応と国際交渉の同時進行から目が離せない。

TPPのメリット

筆者の試算では、TPPに参加すれば日本のGDPは0.8%(4兆円)程度増加する。これは、10年ぐらい後の時点で振り返ったとき、自由化した場合としなかった場合の差と捉えるべきだ。貿易自由化により経済が、毎年1%程度も押し上げられる訳ではなく、過大評価すべきではない。また、価格効果の面では、関税撤廃に比べて為替レートの変動の影響の方が大きいとも言えよう。

ただし、貿易自由化によって産業別の勝ち組、負け組の差はより大きくなる。農産物は、輸入が増え、国内での生産は大きなマイナスになろう。他方、自動車は、輸出が増え、国内生産もプラスになろう。また、電気機械は、海外での現地生産が増加することになろう。なお、貿易が活発化するため、運輸や流通、商社を含めた貿易に関連する産業にとっては追い風になる。

また、EPAの推進に当たっては、時間的な遅れが取り返せなくなるリスクにも留意したい。例えば、韓国とEUがEPAを締結し、EU向けの韓国の部品の関税が撤廃されると、EU企業が韓国製の部品を生産ラインに組み入れてしまうかも知れない。数年後に日本がEUとEPAを結んでも、既に韓国の部品が採用されていて、製造業の現場では、価格効果などの経済分析を超える悪影響を被る可能性がある。

更に重要なのは、「国を開く」というメッセージを海外に伝えることで、海外から資金や人を呼び込むことの方であろう。日本では無理だと思っていた農業でも一部自由化されるかも知れない、また、海外の投資家が一番関心の高い外国人労働者の受け入れでも動きがあるかも知れないといった期待を持たせることが肝要だ。そうすると海外からの投資によって、日本経済が活性化されることが期待される。実態面の輸出、生産の動きよりも国際的な資本移動の方が、マクロ的にも注視すべき動きであると考えられる。

2011年1月18日

2011年1月18日掲載

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