動き出すメガEPA:経済効果の比較検討

川崎 研一
コンサルティングフェロー

2013年は、世界的に経済連携の動きが加速し、日本、米国、EUの巨大三角形の間で交渉が始まった。アジア太平洋では、環太平洋経済連携(TPP)の交渉に日本が参加する一方、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉が開始された。また、日本とEUの経済連携、米国とEUの環大西洋貿易投資連携(TTIP)の交渉も同じ年の内に始まった。

図表1:アジア太平洋における経済連携の枠組み
図表1:アジア太平洋における経済連携の枠組

本稿では、経済連携協定(EPA)が経済全体に与えるマクロ的な経済効果を数量的に議論する。その際、経済モデルによるシミュレーション分析により、さまざまな経済連携の相対的な重要性を比較検討する(TPP、RCEP、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の効果分析の詳細は、拙稿「アジア太平洋におけるEPAの相対的な重要性」、RIETIディスカッション・ペーパー14-E-009、2014年1月を参考)。

アジア太平洋、日EU、TTIPといったメガEPAが日本、中国、韓国、米国、EUに与えるマクロ経済効果は図表2の通り試算される。ここでは、マクロ経済効果は、等価変分のGDP比(%)で評価している。等価変分は、言わばマクロ的な所得、支出の変化を捉えた指標である。実質GDPでは捉えきれない輸出入価格の変化による交易条件の効果も考慮し、経済厚生のより適切な指標といえよう。

図表2:経済連携のマクロ経済効果
図表2:経済連携のマクロ経済効果

TPPとRCEPは相互補完的

日本にとっては、関税撤廃と非関税措置削減を併せた経済効果は、TPP(1.6%)、RCEP(2.8%)の何れよりもFTAAP(3.2%)の方が大きくなると推計されている。TPPとRCEPは何れかを選択するのではなく、双方を推進し、FTAAPを実現することがより大きな経済効果を享受する上で重要であることが示唆されている。TPPではより高いレベルの経済連携を達成し、RCEPでは成長著しい巨大な東アジアを市場とすることが鍵を握ることになろう。米国が参加するTPPと中国が参加するRCEPは、アジア太平洋の政治、外交の上では競争相手との見方もあるが、経済効果に関する限り、相互補完的な関係にあるといえよう。

TPPとRCEPの何れがより大きな経済効果をもたらすかは予断を許さないことに留意する必要がある。本分析では、100%の関税撤廃と50%の非関税措置削減を前提とした機械的な試算を行っている。実際の合意では、関税が撤廃されない品目もあろう。また、これまでの経済連携では、米国が参加する自由貿易協定(FTA)の方が東アジアにおける経済連携よりもそういった関税削減のレベルも高いことが指摘されている。実際の経済効果は、具体的な合意内容に沿って検証する必要がある。

より重要な非関税措置の削減

米国にとっては、TPPによる関税撤廃の経済効果(0.1%)に比べて、非関税措置削減も併せた効果(0.8%)は、遥かに大きくなると推計されている。TPPは、モノだけでなく、サービス、投資など幅広い分野で21世紀型の新たな経済統合ルールを構築する野心的な試みである。非関税措置の削減には、より大きな経済効果が期待される。

米国の関税撤廃による経済効果(110億ドル)では、日本の関税撤廃による貢献(60億ドル)が大きく、米国自身の関税撤廃による効果(10億ドル)も上回ると推計されている。米国にとっては、TPP参加国のうちカナダ、メキシコ、オーストラリアなどとは既にFTAが締結されており、残された大国である日本の貢献が比較的大きな割合を占めることは自明であろう。

ただし、より興味深いのは、非関税措置の削減効果である。米国の経済効果(1020億ドル)のうち、日本の貢献(60億ドル)に比べて、米国自身の効果(400億ドル)が大きく上回ると推計されている。米国にとっては、日本の関税撤廃よりも、自らが非関税措置を削減することで、より大きな経済効果を享受出来ることが示唆されている。経済連携によるより大きなマクロ経済的な便益を享受するためには、自らの市場の改革が重要といえよう。

深刻な第三国への影響

EUにとっては、FTAAPによる関税撤廃のマイナスの影響(-0.8%)は、日EU経済連携(0.1%)、TTIP(0.1%)の何れの経済効果をも上回ると推計されている。貿易自由化の経済効果では、参加国の間での貿易拡大効果の一方で、第三国にとってはそういった参加国の間との貿易転換効果が知られている。アジア太平洋における相互関係の強化は、EUの輸出市場を喪失させる危険性が懸念される。

他方、非関税措置の削減効果も併せると、FTAAPのマイナスの影響(-0.6%)は依然として小さくないものの、日EU経済連携(2.0%)、TTIP(2.0%)の経済効果の方が上回ると推計されている。EUにとっても自ら非関税措置を削減することの重要性が示唆されている。

なお、非関税措置の削減は、関税撤廃と異なって、第三国にも適用される波及効果がある程度想定される。ただし、そういった「ただ乗り」効果は必ずしも大きくなく、経済連携の枠組みに参加することが肝要と考えられる。

経済連携の経済効果は、生産性の上昇などを通じて中長期的に持続し、成長力を高める原動力となろう。より大きな経済的便益を享受するためには、より多くの国々がより広範囲な分野に取組むべきである。何れの経済連携の枠組みの方が効果的かと言った議論は的外れである。特に、本稿の分析では、関税の撤廃に加えて、非関税措置の削減による経済効果が重要であることが示されている。経済連携といった国際的な政策の実行に当たっても、国内市場における経済構造改革の成功が鍵を握ることになろう。

2014年3月4日

2014年3月4日掲載

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