電波の「暗黒大陸」を探検する

池田 信夫
客員研究員

国民にわかりにくい電波の世界でいま何が行われているのか

2002年11月、総務省は電波利用料の引き上げを関係業界に提示した。これは「地上波デジタル放送の周波数変更対策(アナアナ変換)の費用1800億円を携帯電話ユーザーの払う電波利用料でまかなうのはおかしい」という携帯電話会社の抗議を受け、一部をテレビ局に負担させることになったものである。しかし値上げといっても、これまでテレビ局は毎年約5億円しか負担していなかったのが35億円程度になるだけだ。おまけに、値上げ幅(現在は一律2万3800円)は、小規模局が620円、中規模局が8万3000円なのに対して、キー局は何と3億1000万円である。国民にわかりにくい電波の世界で、いったい何が行われているのだろうか。RIETIでは電波探検隊というプロジェクトを作って、この「暗黒大陸」の実態を探ってみた。

電波利用料の93%を携帯電話利用者と事業者が負担

総務省の資料によれば、2001年の電波利用料(年額)約450億円のうち、420億円を携帯電話(PHSを含む)利用者と事業者が負担している。電波利用料は、免許を取得した送信機にかかる「免許手数料」のようなものだから、テレビでいくら電波を利用しても料金はかからないが、携帯電話は形式的には「無線局」なので、個人ユーザーも電波利用料を払っている。この料金(年額540円)は携帯電話料金と一緒に請求され、携帯電話業者が一括して納めているが、携帯電話ユーザーが7000万人を超えたため、携帯電話の電波利用料が全体の93%を占めるようになってしまったのである。

このように無線機ごとに利用料をかけるのは、固定資産税を部屋数に比例してかけるようなものである。そうすると高層ビルを建てて土地を有効利用すると高い税金がかかるから、土地を遊ばせておいたほうが得だということになる。現在の電波利用料も、電波を極限まで効率的に利用して多くの無線機を使っている携帯電話会社ほど料金の負担が重くなるという逆インセンティブになっているのである。これを是正するには、土地の面積に比例してかかる固定資産税のように、割り当てられた周波数に応じて料金をかけるべきである。

では周波数に比例してかけるとすると、その負担はどうなるだろうか。電波探検隊では、(有)風雲友の協力で、電波の割り当て状況を調査した。次の図は、総務省の「日本無線局周波数表」に出ているすべての帯域の中で、どんな種類の無線局に電波が割り当てられているかを、ごく簡単にまとめたものである(詳細は調査報告参照)。これを見ると、通信・放送よりも陸上移動や船舶・航空などの業務用無線の占める周波数のほうがはるかに大きいが、その利用率はきわめて低く、電波利用料を5%しか払っていない。また、出力が大きければ電波の届くエリアも広くなるので、帯域×出力で見ると、放送はレーダーに次いで大きい。

無線局の種類別の周波数割り当て:陸上移動13%、携帯・携帯基地11%、固定10%、船舶9%、放送8%、海岸7%、航空6%、その他36%

日本の税制にはインセンティブという観点が欠けており、電波利用料も免許にともなう事務経費の実費負担という建て前になっているため、その経済的価値に比べて負担額が小さい。電波利用料は、もともと周波数オークションをいやがる業者との妥協によってできたものだが、欧米の周波数オークションでは数兆円の免許料が支払われた。有効利用のためには、上に見たような不公平を是正するとともに、料金を少なくとも現在の数倍に増額し、非効率な利用者を駆逐する「追い出し税」にすることが望ましい。たとえば電波利用料を単純に帯域に比例して課金し、総額は現在と変わらないとすれば、携帯電話業者の負担は年間約50億円と1/8以下になる一方、テレビ局の負担は36億円以上になり、業務用無線の負担も現在の25億円から10倍以上に激増するから、統廃合や汎用無線への転換が進むだろう。

改革の前提として、電波についての情報公開が必要

もちろん、これはきわめて単純化された試算なので、実際には帯域×出力を課金ベースにするとか、経済的な価値にかけるとか、いろいろな考え方がありうる。また非常に高い周波数帯は使いにくいので、課金の対象とする周波数帯に上限を設けるとか、基準として周波数の対数を取るといった工夫も必要かもしれない。大事なのは、特定のテレビ局の料金だけを裁量的にいじるのではなく、料金の算定根拠を明確にし、統一された基準にもとづいて課金することである。用途も一般財源とすべきで、電波利用料をアナアナ変換に使うのは論外である。地上波をデジタル化してもアナログ放送を停止できる見通しはないので、電波の有効利用にはならないからだ。

さらに改革の前提として、電波についての情報公開も必要である。現状では、多くの無線局は出力も場所も不明で、効率的に使われているのかどうかもわからない。総務省の情報公開は世界的に見ても進んでいるが、既存業者が情報公開を拒んでいるのである。しかし電波利用料から推定すると、携帯電話以外の電波利用によって生み出されている価値は、すべて合計しても携帯電話の1割にも満たない。国民の共有財産である電波がこのように非効率に利用されることは、数兆円単位の社会的な機会損失をもたらしていると推定される。国民の6割が携帯電話を持つ現在では、電波の有効利用は、税金の有効利用に劣らず重要な問題である。電波の利用状況を国民が監視し、オープンな議論によって公平で効率的な電波のコスト負担を考える必要がある。

最後に、こうした調査結果を新プロジェクトIT@RIETIで公開しているので、ご覧いただきたい。

2002年12月10日

2002年12月10日掲載