個人情報の過剰保護がもたらす不自由社会:投稿意見

池田 信夫
RIETI上席研究員

「個人情報の過剰保護がもたらす不自由社会」を読んで

平 誠

いつもは冷静で透徹した分析をされている池田さんが至極エモーショナルな反応を示しているなと思いましたが、「2ちゃんねる」での誹謗中傷なんてことがあったのですね。それで合点が行きました。

だからといって

「プライバシー保護」というのは、他人の悪口はいいたいが自分の身元が割れるのは困るということだったのか。
というのはいただけませんね。これは為にする発言だと思います。

2ちゃんねるで企業の悪口を大量に流して「やめてほしかったらカネをよこせ」と脅す総会屋的な商売もできる
確かにこういう「商売」をやろうと思えばできます。がしかし、それをやった奴も今度は誹謗中傷の対象になることでありましょう。事実、何年か前に東芝の当時の副社長に頭を下げさせた人がいましたが、有名になるとともに彼自身が攻撃の対象になりましたよね。ということで、商売としてはあまり旨味のあるものじゃないのではないでしょうか。

金融機関が信用情報を調べるのは当然だし、病歴を隠して保険に加入するのは保険金詐欺だ。民主主義の社会では、自分についての情報を偽る権利などというものは認められてはならないのである。まして、だれでも閲覧できる住民基本台帳に絶対的な「プライバシー保護」を要求する住基ネット反対運動は、表現の自由を理解できない日本社会の未成熟の象徴だ。

前段は当然のことだと思います。がしかし、後段はちょっと違うのではないでしょうか。

まず第一に、個人情報を偽ることと個人情報の流通を拒否することとは違います。

第二に「だれでも閲覧できる住民基本台帳」といわれていますが、これは事実誤認です。正当な理由のある人でなければ閲覧できません。ただその点のチェックが自治体によってはすこぶる甘い所があって、事実上だれでも閲覧できるところはあります。

「表現の自由を理解できない日本社会の未成熟の象徴だ」といわれていますが、私にいわせれば国民に真の目的を隠して強制的に個人情報を開示させ、しかもお役人の恣意的な利用を止められないような仕組みを強引に押し付けているのは基本的人権を理解していない未成熟の象徴だと思います。

「住基ネット」が本当に必要であり、かつそのシステムに問題がないのなら、セキュリティー上の秘守事項を別としてすべてをつまびらかにできるはずですし、そのような説明をする義務があるでしょう。しかしながら、政府の対応はただただ安全だと繰り返すばかり。きちんとした説明がまったくなされていないではないですか。

薬害エイズ、狂牛病、「もんじゅ」をはじめとする原子力施設での事故等々、「安全だ」「大丈夫だ」と言われてきたものが次々その安全神話とは裏腹な状態であったことが明らかになっているではないですか。ただ「安全だ」を連呼されるだけでは受け入れるわけには行きません。

金融機関が信用情報を調べたり、保険会社が病歴を調べたりするのと、「住基ネット」とは訳が違います。金融機関や保険会社は自らの業務に必要な情報しか見ていません。個人情報の一部であり、個人の同意を得て情報を得ています。ところが、「住基ネット」の場合には行政が持っている個人情報を一気通貫でみることができるようになります。つまり、個人を丸裸にできてしまうのです。しかも、対象となる情報はお役人の都合次第でいかようにも決められる。そういう環境にすべての国民を強制的に参加させようというのが「住基ネット」です。それと金融機関や保険会社のシステムとを同列において論じているのはフェアではないですね。

「すべての個人情報は個人のものである」というのが原則です。これを認めないのであれば、プライバシー(そっとしておいてもらう権利)なんてものは存在し得なくなりますし、基本的人権なんてものも否定されてしまいます。

池田さんは「表現の自由」を持ち出して、「住基ネット」を批判する人々を十把一絡にして批判しています。しかし、当の池田さん自身は本当に「表現の自由」を理解しているのでしょうか。私には理解しているとは思えません。そもそも「表現の自由」とは、国家権力の暴走を食い止めるために主権者たる国民に与えられている権利です。何でもかんでも好き勝手に書いたり、描いたり、造形したりすることを保証するものではないのです。つまり、「住基ネット」にプライバシー保護を求めることが表現の自由を理解していないという論理にはならないのです。むしろ、「住基ネット」の問題点を指摘し、その中でも最も重要な「プライバシー保護を求めること」は表現の自由を獲得するための正当な行為であり、民主主義を深化させるものなのです。

プライバシーを法的に扱うのは本当に難しく、個々人に当人の個人情報をコントロールする権利を認めることで凌ぐしかありません。そこで妥協するしかないと思います。

したがって「住基ネット」への参加を強制してはいけないのです。どうしても強制するというのであれば、特定情報の収集に限った独立したネットワークを構築すべきです。

必要なのは、情報の流通を規制することではなく、被害を救済するとともに賠償責任を追及して、個人情報の悪用を防ぐことだ。

救済制度や賠償制度は必要です。それもスピーディーな問題解決のためには司法によらないしくみ(紛争調停委員会のようなものです)が必要ですね。がしかし、それを整備することで個人情報の悪用が防げるのでしょうか?

極端な話、個人情報を悪用したら死刑なんてことにしたら防げるかもしれなません。いや、それでもバレなきゃ問題ないとばかりに悪用する輩が出るんじゃないのかな。人を殺したら死刑とわかっているのに殺人を犯す奴がいるのですから。

個人レベルで対応できるとしたら、怪しいところに個人情報を置かないことしかないでしょう。つまり、個人情報を開示する・しないは、当人が決めるしかないのです。それを強制しようとするから問題になるのですよ。

個人情報は悪用されたら取り返しがつきません。「救済」なんて簡単にいうけれども、それはとても難しいものです。失われたものは取り返せないでしょう。

初期のネットニュースは、文字どおり科学者が学界のニュースを投稿する場だったが、90年代後半にパソコン通信と接続されて一般ユーザーが急増すると、情報の平均的な質が落ち、そのため価値のある情報を投稿する人が減り、さらに質が落ちる・・・という悪循環によって「逆淘汰」が起こり、今ではネットニュースはだれも読まなくなった。

余談ながら、これについても異論ありです。池田さんはパソコン通信と接続されてから質が落ちたといわれますが、私はインターネットが普及してからパソコン通信(私の場合はもっぱらアット・ニフティのフォーラムを利用していましたが)がつまらなくなったと感じています。
ネットニュースにしろ、フォーラムにしろ、ある一定のプロトコルを共有したメンバーのみで構成されたものであるときは、それなりの水準を保ち、活発な意見交換・情報交換が行われていたのではないでしょうか。しかし参加者が急増し、そのバランスが崩れたとき、元々のメンバーにとって居心地の悪いものになって行ったように思います。決してパソコン通信に問題がある訳じゃないですよ。

平さんのご意見へ投稿

上席研究員 池田信夫

平様
あなたの議論は、多くの「市民運動」のメンバーと同様、マスメディアの一方的な情報に操作されているようですね。

「すべての個人情報は個人のものである」というのが原則です。

という「原則」は、どこに書かれているのでしょうか。
たとえば検索エンジンであなたの名前を検索すると出てくる情報は、すべてあなたのものなのでしょうか。そんな権利を認めたら、ウェブサイトに個人情報を載せるには、すべて「本人の同意」が必要になります。

私についての情報は、私のものではないし、私が所有すべきでもありません。

池田さんのご意見への再投稿

平 誠

池田様
コメントいただきありがとうございます。

あなたの議論は、多くの「市民運動」のメンバーと同様、マスメディアの一方的な情報に操作されているようですね

私がプライバシーなんてものに興味を持ち勉強し始めたのは、かれこれ10年ほど前になります。マス・マーケティングに限界が見え始めていて、次はダイレクトマーケティングが注目されるだろうと考え、その勉強を始めたことに端を発します。ダイレクトマーケティングでは個別にコンタクトしないわけにはいきません。そのために電話なり、手紙なりでコンタクトするのですが、そのこと自体がプライバシーの侵害ではないかという人によく出会いました。個人の住所氏名や電話番号をプライバシーとするならば、ダイレクトマーケティングなんて成り立たなくなってしまいます。そこでプライバシーに関する勉強を始めた次第です。友人・知人の意見を聞いたり、一橋大学名誉教授で現在中央大学教授の堀部さんの著書などを手がかりに考えたりした結果、1999年10月ごろ、プライバシーの問題を法律で扱うのは無理であり、せいぜい個人情報をコントロールする権利を認めるという線で妥協するしかないと結論を出しました。何となれば、プライバシーが極めて主観的なものだからです。住所氏名や電話番号程度ならプライバシーの侵害に当たらないよと考える人もいれば、住所氏名・電話番号もプライバシーのうちであるから自分がコントロールするのだという人もいるでしょう。したがってプライバシー侵害の統一的基準なんて作りようがないのです。つまり、法律でプライバシーを扱うことはできないのです。できることといえば個人個人に己の個人情報をコントロールする権利を認めるぐらいでしょう。

手紙にしろ電話にしろ承諾を得ずにコンタクトするのはやっぱりまずいでしょう。住所氏名・電話番号もプライバシーのうちと考えている人々の反感を買ってまでコンタクトする必要はありません。予め了解を得ている相手のみにコンタクト先を限っても有効なマーケティングはできると割り切った方が良いのではないか、と今は考えております。

ということで、昨日今日のマスコミ報道に左右されているような底の浅いものではありません。

「私についての情報は、私のものではないし、私が所有すべきでもありません」といわれるのであれば、NTTの電話帳への電話番号の掲載拒否を認めるべきではないとお考えなのでしょうか?

さらにもうひとつお尋ねします。掲示板などに自宅住所や電話番号などを書かない方が良いとされていますが、それも誤った「常識」であるとお考えなのでしょうか?

事実関係に問題があります

会社員、JCA-NET理事 崎山伸夫

私は池田氏に冒頭で書かれた当の人物です。事実関係に問題があるので投稿します。

まず、私は「住基ネット反対運動の中心メンバー」ではありません(反対運動にある程度コミットはしていますが)。従って、私の行いをもって「住基ネット反対運動」の体質であるかのように書くのは池田氏お得意の明白な事実の歪曲です。

次に、私は池田氏の悪口を書いたのではなく、単に池田氏のコラムに明白な誤りがあったり、あるいは単に認識不足があったり、ということを書いたに過ぎません。さらに一部は実名で別の場所でも書いているものです。

そもそも、匿名であることに利益を見出して匿名で書いたのではなく、単に「日本でページビューの最も多いと言われる掲示板」で行われている議論に情報提供するにあたって、匿名が標準のスタイルとなっている以上、場にあわせて匿名にした、という以上の意味はありません。

また、池田氏の私への非難は匿名であるということ以上に、私が「MLでの議論をMLのルールに反して外に持ち出した」ということにあったはずですが、私の書いた「悪口」は事前に池田氏と議論があったことを書いた上で池田氏の公開されたコラムに関する内容を記述したに過ぎず、むしろ池田氏こそが現在ルール違反を堂々行っているという点も指摘しておきます。

私の書いた「悪口」について、個別の論証が必要であれば具体的に提示することに問題はありません。

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