「モジュール化」コンファランスを前に-インテグリティとモジュラリティ-

藤本 隆宏
ファカルティフェロー

独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の設立記念コンファランスが、この7月13日に、ハーバードビジネススクール前副学長のボールドウィン教授をメインゲストとして開催される。「モジュラー化」(モジュール化)概念がコンファランス全体を貫くキーコンセプトである。

この10年のIT産業を考えるとき、この「モジュラ-化」というコンセプトは欠くことのできない要素の一つである。このコンセプトは、単にIT産業にとどまらず、他の産業分野においても、かなりの応用可能性を持つ。筆者は「モジュラー化」のメリット・デメリットを是々非々で論じる、慎重な立場を取るものではあるが、ボールドウィン教授とキム・クラーク ハーバードビジネススクール学長による近年の体系的なモジュラー化論には敬意を表するものの1人である。その立場から、若干の感想を述べることにする。

インテグリティからモジュラリティへ

1990年、ハーバードのキム・クラーク教授と筆者は、ハーバードビジネスレビュー(HBR)に、「The Power of Product Integrity」という論文を掲載した。この論文で我々は、統合型の製品開発の代表選手として本田など主に日本の自動車企業を分析し、製品統合性(プロダクト・インテグリティ)の高い製品は統合的な組織からのみ生まれると論じた。その後出版した単行本『製品開発力』(Product Development Performance)でも同様の主張をした。

それからしばらくたった1997年、すでにハーバードビジネススクールの学長に就任していたクラーク教授は、ボールドウィン教授と共著で、同じHBRに「Managing in an Age of Modularity」を書いた。そこで彼等は、製品をモジュラー化すること、つまり製品を構成する部品(モジュール)を機能完結的に切り分け、つなぎ部分(インターフェース)を標準化することの威力を説いた。90年の「The Power of Product Integrity」とは対照的な論調である。

やや一方的なモジュラー化礼讃調であったので、率直なところ筆者は、「クラーク先生にしてはバランスが悪いな、インテグリティ論との折り合いはどうつけるつもりかな」という感想を持った。もっともHBRは、編集者が編集方針に従って原稿をほぼ全面的に書き換えてしまうことが多いので、その辺は割り引いて考える必要がある。その証拠に、同じ二人で後に書いた単行本である『Design Rules: The Power of Modularity』 は、モジュラー化に関する極めて体系的かつ洞察的な議論にちりばめられた本格的な研究書であり、浅薄なモジュラー化礼讃論の類とは一線を画している。いずれにしても、1990年の「The Power of Product Integrity」と2000年の『Design Rules: The Power of Modularity』は、この10年に起こった変化を象徴しているとも言える。ごく単純化して言えば、1980年代は、日本の「統合型オペレーション」がもてはやされた時代であった。それは、インテグレーションの時代だったとも言える。対して、90年代は、デジタル情報経済の拡大を背景に、米国企業の強い「モジュラー型ストラテジー」が幅をきかせた時代だった。そして、それぞれの時代の終わりに、この二つが出版されたのである。

消費者ニーズがアーキテクチャ選択に影響

しかし、日本経済のバブルもインターネットのバブルもはじけた今、我々は何を目標とすべきなのだろうか。少なくとも、一方的なインテグレーションも一方的なモジュラリゼーションも、万能薬では無いことを我々は見てきている。むしろ、MITのチャールズ・ファイン教授が示唆するように、我々は両者の間を循環するメビウスの環の中にいるのかも知れない。

あるいは、そうした決定論的な言い方が良くないのならば、こう言おう。現代の消費者は、少なくとも二つの軸で製品群を評価する。一つは「変化・多様化」の軸であり、もう一つは「洗練化」の軸である。そして、変化・多様性をより重視する顧客はモジュラー型製品、統合性・洗練性を好む顧客はインテグラル型(擦り合わせ型)製品を好む傾向がある。

さらに、消費者の製品評価能力そのものも進化していく。そして、消費者ニーズの振り子が「変化・多様化」の方向へ振れるか「洗練化」の方向に振れるかによって、対応する製品のアーキテクチャもモジュラーからインテグラルへ、また逆にインテグラルからモジュラーへと振れる可能性がある。つまり何らかの技術の法則性のみによってアーキテクチャがどちらかへ一方的に振れるということは、実はない。市場ニーズの進化経路が企業のアーキテクチャ選択に与える影響を、我々は無視できない。

とはいえ、デジタル情報技術やモジュラー設計技術の進歩によって、製品技術の「フロンティア」が「変化・多様化」の方向に急拡大したのが、技術面における1990年代の大きな特徴だったとはいえよう。その結果、総体的には、オープン化・モジュラー化の方向への技術シフトが起こり、そうしたモジュラー製品の開発・生産に伝統的に強いアメリカ企業・アメリカ経済が得意の分野で活躍し、繁栄した。その意味で、90年代はま ぎれもなく「オープン化の時代」であった。しかし、乗用車など擦り合わせ(インテグラル)型の製品も健在ではあり、そうした領域では、日本型の統合型生産・開発方式(例えばトヨタ方式・リ-ン生産方式)が依然として「グローバル・スタンダード」であり続けたのである。

このように、モジュラリティとインテグリティのせめぎ合いの様相は、技術変化と消費者嗜好のダイナミックな相互作用の影響を受けて、複雑に変化しうる。長期的に見ればおそらく、一方的なオープン・モジュラー化も、一方的なインテグラル化も、ともに幻想であろう。インテグレーションの80年代、オープン・モジュラー化の90年代を経て、それらの可能性と限界を経験した我々が、21世紀の初頭に会得した境地は、結局のと ころ、「製品アーキテクチャの選択は、企業組織の製品設計能力と消費者の製品評価能力の相互作用および共進化の経路によって決まる」という、ある意味では当たり前の、ダイナミックなバランス論ではないだろうか。

いずれにせよ、今回のコンファランスでの議論が一つのきっかけとなって、様々な産業分野において、「モジュール化」概念をめぐる議論が深まることを期待したい。

2001年7月3日

2001年7月3日掲載

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