Research & Review (2007年11月号)

開かれたものづくり論とその応用

藤本 隆宏
経済産業研究所ファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長/ハーバード大学ビジネススクール上級研究員

ものづくり論の基本に立ち返ること

長引く不況や米国追随論、中国脅威論の中、日本の産業全体が自信を失ったかに見えた世紀の変わり目に、筆者は「日本には歴史的経緯等により統合型のものづくり組織能力を持つ優良な現場が偏在しており、その能力と相性の良いインテグラル(擦り合わせ)型のアーキテクチャ(基本設計構造)の製品を作る産業・企業は概して強い」との仮説を示した。

この主張は、設計論と産業競争論を結合する「開かれたものづくり論」に基づき、現場の組織能力(設計情報の良い流れをつくる組織ルーチン体系)と財・サービスのアーキテクチャの適合関係が競争力をもたらすという「設計の比較優位説」に立脚する。よって、能力構築の怠りなき現場・企業・産業にのみ適用される仮説である。また、顧客の機能要求や、環境・安全規制など社会的制約が厳しく、急速な技術変化を要求される製品で、擦り合わせ型が選好される。すなわち、市場がアーキテクチャを事後的に選択するのだが、それは、技術者による事前のモジュラー化努力と矛盾しない。

すなわち、本仮説は組織能力・アーキテクチャ・市場条件等の動態的適合を前提としており、「日本人なら即、擦り合わせで勝てる」といった俗流の解釈とは一線を画す。

こうした「ものづくり技術」は業界を越えて共有すべき汎用知識だと考える我々は、東京大学に21世紀COE「ものづくり経営研究センター」を発足、企業・産業をまたぐものづくり知識の交流を試み、官の皆さんとのコラボレーションも可能な限り行ってきた。その後、「ものづくりは21世紀の日本企業の強みの1つだ」と言う考え方は、産官学にある程度受け入れられる仮説になったと思う。

一方、いまだ一部マスコミ等には、ものづくりを匠の技(高度な固有技能)をはじめとした、製造業の生産現場のみで捉える向きがあるが、それでは視野が狭すぎる。必要なのは、生産も開発も購買も販売も、さらには非製造業も視野に入れた「ものづくり」概念である。筆者が唱える「開かれたものづくり」は、設計をキーワードとする広義の概念である。それは「ものをつくること」ではなく、設計情報を「ものにつくりこむこと」であり、良い設計とその良い流れで顧客を満足させる経済活動である。

経営・政策決定者への含意

「開かれたものづくり」の詳細については他に譲るとして、ここでは「開かれたものづくり」による産業論・戦略論が、経営者や政策決定者にもたらす含意を考えてみたい。

適財適所の立地選択:まず「設計の比較優位説」は、経営者にとって「適財、適所」の国際経営を行う1つのヒントになると考える。グローバル化の時代であれば、すべてのものづくり現場が日本に残るわけもなく、望ましくもない。日本に残るべき現場が残り、他国に出るべきものは出ることが、産業構造のあるべき姿である。

現代の多くの企業は、産業も国境も越える存在である。一国の一産業とは、同種の現場の集合であり、企業の集合ではない。よって、企業経営者によるものづくり現場の立地決定が、一国の産業構造を大きく左右する。たとえば数年前には、長期的な現場力の見極めなしに、他社動向や流行に引っ張られた、拙速な海外移転と思われる事例が多く見られた。このように経営者が長期的判断を誤れば、市場の審判が下る以前に、日本に残れたはずの現場が消え、自己実現予言的な産業空洞化を招く。要するに今は、本社の現場評価能力が試される時代なのである。

正規・多能工従業員を中心に:そうした海外低賃金国への過剰反応的な拠点移管の結果、それらとの競争を理由に、残った日本の拠点で低賃金かつ短期採用の非正規従業員への依存が高まるケースも目立つ。

たしかに、緊急避難的な措置、あるいは景気変動対策として、ある程度までの非正規従業員の採用は現実的な対応策である。しかし、端的に言えば、日本のものづくり企業の長期的な取り組みの王道は、あくまでも、正規安定雇用を前提に、多能工を育成し、相対的高賃金を高生産性で補いつつ、統合型の組織能力で勝負するという道である。そのためにこそ、かねて生産性向上に邁進してきたのであり、もって日本企業の強みとしてきたのではなかったか。低賃金・短期採用・非正規の単能工への過度かつ慢性的依存は、日本のものづくりにとっては邪道ではないか、とあえて申し上げたい。日本の現場の勝負手は、あくまで生産性・品質向上であり、賃金引下げではない。非正規従業員への極端な依存は、少なくとも目標ではなく、仮に今は必要だとしても長期的には是正すべき必要悪と捉えるべきだろう。

現場も正確な情報発信を:一方、現場サイドも、「経営者に評価されねば生き残れない」という現実をふまえ、経営者に現場力の実態を正確に伝え、経営者が立地選択を間違えないように情報発信を続けねばなるまい。経営者の来訪を待つだけではいけない場合もあろう。現場も現場にひきこもっていては、その存続は危うい。「開かれたものづくり」とは、本社に向かって開かれた現場、と言う意味でもある。

能力構築競争の促進策:最後に、官として、健全な産業構造の実現に必要な方策として、「フロントランナー方式」の能力構築競争促進策を提案したい。

伝統的な競争促進策である独占禁止政策は、基本的に価格競争(表の競争)の促進策である。しかし、「残るべき現場が日本に残る」という、望ましい産業構造の実現には、現場対現場の能力構築競争(裏の競争)の促進も必要だと考える。

官が劣後企業の尻押しをする「護送船団」式ではなく、能力構築で先頭を走る企業の、一層の能力構築に対する障害を排除し、能力構築競争の成立条件を整備して、先頭集団をより加速させ、国際的な能力構築競争での生き残りを支援する。ここで脱落する企業は社会政策で救済するとしても、産業政策はあくまでフロントランナー重視とする。従来の独占禁止政策でも、その適用除外でもない、ダイナミックな能力構築支援を付け加えるのが、グローバル競争時代の産業政策ではないかと筆者は考える。

インストラクター育成:能力構築の主体はあくまでも企業だが、官にできるその支援の1つが、ものづくりイノベーションの促進である。とりわけ、他業種の改善成果を取り込む導入型イノベーションは、全体としては、先端科学技術を応用するビッグサイエンス型革新より、経済成長効果が大きいと言われる。

そうしたイノベーションの仲介者として期待されるのが、産業を越えて「ものづくり技術」の改善指導が出来る「ものづくりインストラクター」である。その最大の供給源は、現場のベテランだ。60歳を過ぎたものづくり人材を、できるだけ、他産業でも通用する人材に再育成し、インストラクターの労働市場をオープン化する。ベテランたちを企業内に囲い込んでも、結局は、定年とともに彼らの海外流出を助長するだろう。「ものづくりインストラクター」が活躍する「開かれた現場」こそ、日本のものづくりイノベーションに貢献すると筆者は考える。

東京大学でも、経済産業省の支援を受けて、そうしたスクールの試行を2年間行い、現在は自立した事業として展開中である。企業間・産業間の人材交流の促進こそが、現場発の継続的経済成長の、ひとつの出発点になるのではないだろうか。

2007年11月27日掲載

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