セミナー

当研究会では、毎回メンバーまたはゲストスピーカーからの報告を受けた後、それに基づいて議論するという形式でセミナーを開催。過去のセミナーにおける議論の概要は下記のようになっております。

  • 第1回(平成13年7月26日)
    「アジアダイナミズム」のための通商政策と援助政策」

    • 政策研究大学院大学 大野健一教授

    「経済政策としての公的経済協力の将来」

    • 慶應義塾大学経済学部 木村福成教授

    大野教授からは、1. ODAを含めた対外経済政策を貫く統一原理の必要性、2. アジア経済にユニークに見られるダイナミズム(ものづくり、貿易・投資のネットワークを基礎とした経済開発)の肯定、3. 国内構造改革の原理としての必要性から、「アジアダイナミズムを発展させていくことをわが国の対外政策目標に高められないか」との問題提起がなされた。

    木村教授からはODA政策についての具体的な提案があり、ODAは東アジア向けとそれ以外の部分に分ける、その上で、非東アジア向けは他の先進国に倣って人道的支援に集中する一方で、東アジア向けは究極的に経済統合を目指すという旗印の下、ODAの枠組みを超えて通商政策等ともリンクした経済政策として実施すべきであるとの提案があった。

    その後のフリーディスカッションでは、木村教授の提案について議論が集中。ODAを東アジア向けとそれ以外に分けること、東アジア向けODAについては、通商政策と一体化して効果的に用いるべきであるという点では意見の一致を見た。しかしアジアの究極的な経済統合という将来ビジョンを示すのかどうかについては意見が対立した。経済発展と統合では視点が違うので経済統合自体を目的化すべきではないという考えと、経済統合を推進するという明確な目標があってこそ経済発展のための諸施策を推進できるという考えが真っ向から対立し、興味深い議論が展開された。

  • 第2回(平成13年9月10日)
    「補完しあう日中関係」

    • 経済産業研究所 関志雄上席研究員

    日中間で競合関係にある製品はまだまだ少なく、両国で直接激しい競争をしているわけではない。むしろ貿易を通じた補完的な関係にあると見る研究結果を関研究員が発表。日本が技術集約的で高付加価値の製品に競争力があり、中国は労働集約的な製品に競争力があるという基本的な状況に変化はなく、中国が高付加価値製品分野においてまで日本の強力なライバルになっているという見方については否定的な考えで、いわゆる雁行形態による発展は依然として継続していると主張。最近のマスコミ論調に顕著に表れているような「中国脅威論」は過大評価であり、冷静な議論をすべきであるとの見解を示した。

    その後のフリーディスカッションでは、日中の現状の競争力分析としてはこの論に賛同する意見が多数を占めた。一方で現状ではそうだとしても、ダイナミックに見れば、中国が急速な経済成長を続ける一方で、日本経済がこの10年停滞したままであったようにこのまま産業の高度化ができないとすれば近いうちに追いつかれるのではないかという意見も根強いものがあった。そこから議論は国内に見られる保護主義についてへと進み、国内産業保護のために安易に為替レートの調整やアンチダンピング・セーフガード等を利用するのは「アジアダイナミズム」を損なうものであり、ひいては日本の活力を失わせるものであると結論づけられた。

  • 第3回(平成13年10月2日)
    「タイの日系企業の競争力」

    • 神戸学院大学経済学部 吉見威志教授

    タイ産業界は今後さらに中国との競争が激しくなる。賃金水準ではかなわないので、付加価値の低い製品の生産では競争力が落ちてゆく一方。今後はハイレベル技術の移転を受けながら、高付加価値製品の生産へとシフトしてゆくべきだが、そのためには優秀な職長クラスの育成とワーカー管理の徹底、エンジニアの質・量両面での充実が不可欠。日本としては、こうした問題を解決するような技術協力を積極的に行うべきではないかとの提言を吉見教授が行った。

    その後のフリーディスカッションでは、タイに限らずASEAN全体に対する中国をどう見るかという視点で議論は広がった。アジアダイナミズムの観点からは比較優位のない産業については、無理をして支援するようなことはするべきではないという意見と、現状を放っておくと投資が中国へ集中することになり、ASEANが地盤沈下してしまうので日本政府としては、アジア全体のバランスを取る意味でASEAN諸国に対して今後も支援をしてゆくことは重要であるという意見とに分かれた。

  • 第4回(平成13年10月9日)
    「アジアの中の中国産業」

    • 経済産業省 貿易経済協力局 資金協力課 黒田篤郎課長

    報告は中国沿海部に、珠江デルタ(電子産業の集積)、長江デルタ(ハイテク生産集積)、北京中関村(ソフトウェア開発・IT研究開発)といった世界有数の「ものづくりの場」ができつつあることを具体的なデータで示したもので、たいへん興味深いものであった。また中国の急成長に対する警戒論の考え方については、中国には経済全体としての非効率性、ボトルネックが存在するという事実はあるものの、うまくいった場合を想定して準備しておくべきであるという考え方が出された。いたずらに脅威感を抱かず、思考停止にも陥らず、中国の成長を日本経済・日本企業の再生・発展に結びつけてゆくべきだという主張が印象的であった。

    一方で中国は、今後のWTO加盟で農業・自動車など競争力を失う産業があり不安定さを増す、環境問題などの外部性が内部化されれば資本コストが上がることになり現在順調に入ってきている外資系企業の直接投資も減少する、地域格差が大きい、などの要因から依然として大きな政治的・経済的・社会的リスクを抱えており、黒田課長の見方はきわめて楽観的な考え方であるという意見も出された。

    最近の中国の経済的台頭については、このような二つの意見に代表されるように、見方が割れており、コンセンサスを得るのが難しいという印象である。

  • 第5回(平成13年10月15日)
    「経済産業省の経済協力の重点施策」

    • 経済産業省 貿易経済協力局 通商金融・経済協力課 岸本道弘課長補佐

    「アジアダイナミズム」のためにどんな援助を行うことがいいか、具体的なイメージについて参加者でブレーンストーミングを行った。橋、道路などの産業基盤・公共インフラ整備、工場のワーカーに対する技術指導・人材育成といった伝統的なものから、アジアの地域公共財としての特許などの制度ハーモナイゼーション、域内における産業調整の役割(情報提供)など、幅広い役割について指摘された。

    他方、「アジアダイナミズム」の原理原則に係る部分についても引き続き意見が戦わされた。今回、特に「アジアダイナミズム」を「機能」として捉えるか「地域」として捉えるかが大議論となった。「機能説」は、アジア特有のもの作りを基礎とした発展のメカニズムを広げていくことを政策目標をして掲げるべきとの意見である。もの作り・貿易投資のネットワークを基礎とした発展のメカニズムを広げていくことが重要なので、対象地域は、一義的には東アジアでもよいが、同じ様な発展形態を遂げようとする国があれば、それに止まらず中央アジアなどの周辺地域、アフリカの国々へも広げていっても構わないという考え方。一方、「地域説」は、その考え自体を否定するものではないが、まずは対象をASEAN+3といった明確な地域で区切って考えることが大事であるとの意見。将来的な経済統合を目的に掲げて、援助だけでなく、通商政策、金融政策等のプログラムを考えるフレームワークを作ることが推進力を持たせるためには必要であるとの見方。両者は、経済統合を掲げることの是非等、考え方に違いがあり、興味深い議論が展開された。

  • 第6回(平成13年10月25日)
    「資金協力について」

    • 経済産業省 資金協力課 寺村英信課長補佐

    まず、「アジアダイナミズム」を追求するという観点に立った場合、援助からのアプローチに伴う歪みが指摘された。つまり、グラントエレメント(譲許性)に基づいて援助が分類されたり、所得水準により「卒業国」が決められていることは、「アジアダイナミズム」という政策的観点から行われる協力には本質的な問題ではない。「アジアダイナミズム」を援助の柱として確立することは、いかなる協力が必要であるかを明確にし、援助に該当するかどうかに関わらず協力を行うことにつながることからも有意義であるとの意見が出された。

    また、タイド援助(調達先を日本企業等に限定)の意義についても議論が及んだ。国際ルールで無償供与はタイド援助が認められている一方で、借款については一部例外を除きアンタイドとしなければいけないとされていることについてどう考えるかということである。経済学的にみれば、タイド援助は資金の効率的な利用を妨げるので正当化されないということである。しかし一方で、援助に対する国民の理解を得るという意味でタイド援助を維持することは正当化されないかという意見、タイド援助が望ましくないのであれば借款のみならず無償援助もアンタイドであるべきとの意見、国際政治力学でルールが決まってしまう以上その下で最善の策を講じるべき等の意見が出された。ただし、この問題は日本企業にとっては重要関心事項であるが、いずれにしても、タイド援助であること自体が政策意義とはなり得ないということも強調された。

  • 第7回(平成13年10月30日)
    「東アジアの変化・変動と日本の政府開発援助」

    • 外務省 有償資金協力課 北野充課長

    東アジアの変化・変動が円借款供与の意義・前提にどのような影響を与えるかについて、わかりやすいレジュメの下、非常に多角的かつ切り込んだ問題提起がなされた。日本の援助を特徴づけてきた「アジア・インフラ・円借款」が、時代の要請を受けて変容を遂げつつも、依然意義を有していることが重要なメッセージであった。

    フリーディスカッションでは、基本的な考え方に対する賛同が多かったが議論はそれに止まらなかった。これまでの援助に対する反省として、アジア向けの円借款を含めた経済協力について、アジア向け通商政策・外交政策とのリンクを明確にしもっと戦略的に位置づけてゆくべきであるとの見解が出された。また、円借款を有効に活用するための手段として、円借款にコンディショナリティを付与することの実現可能性についても議論された。外交上の配慮など諸々の困難性が挙げられようが、そもそもコンディショナリティを相手国に合意させるためには我が国の通商政策・外交政策が明確になっていること(コンディショナリティがそのコンテクストで説明されること)が必要であるとの意見が出された。また、逆説的であるが、「アジアダイナミズム」の中味がはっきりすればあえてコンディショナリティという必要もないのではないかとの意見が出されたのも印象的であった。

  • 第8回(平成13年11月9日)
    「地域戦略から見たODAの位置付け」

    • 東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻) 山影進教授

    報告では、1. 経済協力を考え直せ、2. 日本経済のビジョンを示せ、3. 道具として地域の枠組みを活用せよ、との3つの提言がなされた。すなわち、「「アジアダイナミズム」というが、アジアの活性化にはまず日本経済が元気を出し開国することが最重要ということを忘れてはいけない。その上でアジアをどうするかについては、日本だけではいかんともしがたい部分があるが、可能な限り望ましい国際環境を求めるためにも、WTO-APEC-東アジア-日アセアン-バイという重畳的な地域協力の枠組みを戦略的に活用していくべきだし、その中で経済協力も部分的にうまく活用していくべき」との意見である。

    参加者からはこれを受けて、特に地域協力の枠組みのあり方について議論が集中した。折しも話題となっていた中・アセアンFTAを含む国際的なフレームワークの意義や、FTA等を推進していく上で日本が抱える農業問題への対応など、幅広い意見が出された。

    ちなみに、教授が標題で掲げられた「ODAは尻尾なのか胴体なのか?」の意味は「ODAは日本が政策を実施していくための手段であって目的(胴体)でない。だけど、盲腸のような取るに足りないものではなくて体を支える重要なもの(尻尾)である。」との意味である。

  • 第9回(平成13年11月16日)
    「中国出張報告」

    • 経済産業研究所 奥村裕一上席客員研究員

    「ベトナム政策研究支援プロジェクト(JICA)の現状と課題」

    • 政策研究大学院大学 大野健一教授

    奥村研究員は先般の中国出張(10/21~10/26)の際、主に中国の経営者にインタビュー。中国では文革世代の経営者が実質的にリタイアし、アメリカ留学帰りの若い経営者が自由で開放的な雰囲気の中で台頭している。彼らの経営する企業は活力に富んでおり、これが現在中国が急速に伸びてきている一番の要因であることを強調。こうした私企業は今後どんどん伸びてくるのではないかという見解を示した。一方でこういった若くて優秀な人々が、中国の政治体制とぶつかり合うようなことがあったときに、彼らは再び海外に出ていくのではないかというリスクについての指摘があったほか、日本も今後成長を遂げてゆくにはこうした自由な開放性を見習うべきであるという意見もあった。

    大野教授からは、知的支援の現状と問題点について自らが関わるベトナムを題材に報告。特に知的支援のインパクトを最大化するためにはどうすべきかという観点から、ベトナム対応の遅さの問題をどうやって解決するか、JICAを中心とした日本側の実施体制の不備をどう解決してゆくかについて忌憚ない意見を頂いた。

  • 第10回(平成13年11月19日)
    「AFTAとアジアダイナミズム」

    • 早稲田大学社会科学部 トラン・ヴァン・トウ教授

    報告では、AFTAによって、特にASEAN先発6カ国は既に9割以上のの品目について関税率を低い水準にしてきており着実に関税削減が進んでいる一方で、貿易全体の中で域内貿易の占めるシェアはむしろ下がっており、必ずしもAFTAがASEAN域内貿易を活発にしたとは言えないことをデータを用いて実証、問題提起した。さらに、アジア危機が直接投資を急減させたことから、域内の通貨・貿易体制の安定化がASEANへの直接投資呼び込みに重要であるということについても言及があった。

    フリーディスカッションでは各国が直接投資を呼び込むのにFTAが必要になるかどうかに議論が集中。直接投資を呼び込むこととFTAを結んで自由貿易を行うことは関連がなく、各国個別にできること(例えばベトナムなら政策の不安定をなくすようなこと)をまずするべきであるという意見と、FTAを結んで自由貿易をやっていくと宣言し、経済統合をすすめてゆくことが投資を呼び込むモメンタムをつくるという意見に分かれ激しい議論が交わされたが、結論は得られなかった。

  • 第11回(平成13年11月26日)
    「これまでの論点整理」

    7月以降これまでに10回かけて研究会で議論してきた中で浮かび上がってきた共通見解は何か、いまだ結論が得られずにおり今後議論を深める価値がある重要な論点は何かについて議論を行った。

    共通見解としては、1. わが国の対アジア政策を貫く理念を明確化し、その理念の下で通商政策・経済協力政策を再構成するべきである。2. 経済協力政策を有効に実施するため、グローバルな課題を共同解決するために行う部分と、アジアダイナミズムを発展させるための一手段として行う部分とにわけるべきである。3. アジアダイナミズムの発展を視野に入れれば、政府の役割はマクロ経済運営や各種制度導入のみにとどまらない、幅広い関与が必要である。4. 国内経済改革と対外経済開放は表裏一体であり、各国に失業や産業空洞化といった痛みを引き起こすが、それを恐れずに絶え間ない産業高度化を目指すべきである、といったことが確認された。

    一方で、いまだ結論が得られない論点としては、1. アジアダイナミズムの発展に向けては、アジアにおける経済統合の深化を長期目標として掲げるアプローチを取るべきであるか、もの作りのあり方そのものをアジアダイナミズムの中身ととらえ、地域や制度的枠組みにこだわらず貿易投資を通ずる生産分業を高度化するための諸施策を積み重ねてゆくアプローチを取るべきか、2. 中国経済に対する評価とその対応をどうすべきか、3. 対ASEAN政策の方向性はどうあるべきか、といった論点があり、今後もこの研究会で継続して議論を深めてゆくべきであるとされた。

  • 第12回(平成13年12月3日)
    「EUの『拡大』と『深化』」

    • 慶應義塾 田中俊郎常任理事

    今回はEUの拡大と深化の歴史・今後の展望についてと、EUの対外政策についてレクチャーを受けた。

    フリーディスカッションに入ると、アジアの将来像としてのヨーロッパを考えたときに、ヨーロッパが50年かけて統合を深めてきた経験から、我々が何を学ぶべきかという視点で議論が活発に展開されたが、特に田中教授が指摘した、ヨーロッパは比較的経済・人口レベルがある程度そろった国が集まっているが、アジアは日本と中国という大国がある一方で、小国もあるという非対称性がある点が大きく違うという認識は必要であると指摘。EUはいろいろな組織を機能ごとにメンバーシップを変えながら積み上げてきており、不揃いではあるがそれぞれの分野でそれぞれが機能するという機能主義になっている点に注目し、これはアジアがヨーロッパから学べる知恵ではないかという提言を行った。すなわち、現存するAPEC、ASEAN+3、ASEMなどでファンクショナルなネットワークを積み上げていくというのが重要なのではないかという主張であり、大変興味深いものであった。

  • 第13回(平成13年12月7日
    「21世紀アジアと戦略的日中経済協力」

    • 福井県立大学 凌星光教授

    基本的にはこれまで20年間続いてきた中国の高成長が今後も継続するとする凌教授に、中国経済の現状と今後の展望、人民元レートのありかた、東アジアをめぐる今後の国際関係の展望、戦略的日中経済協力などの幅広いテーマについて意見を頂いた。日中間に様々な課題はあるが協調の道を探っていくことが重要であること、そのためにアセアン+3の枠組みが有用であることなどの提案があった。

    また、人民元については、凌教授から、人民元切り上げは中国にとっても有利との興味深い見方が示された。議論の中で、東アジアの金融システムの安定の観点から、人民元については、レートが高いか低いかということではなく、現在のような厳格な為替管理から今後徐々に緩やかな制度に移行することが重要であるという意見が出された。