Special Report

労働時間改革をいかに進めるか

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

雇用・労働に関する規制改革は政府の産業競争力会議や規制改革会議でも議論されてきたが、この秋から労働時間について厚労省の労働政策審議会で議論が始まった。筆者がリーダーを務めるRIETIの労働市場制度改革プロジェクトにおいては、3年程前に労働時間改革に関する提言をまとめ、書籍としても公表した(注1)。そこでの提言は現時点でも依然として有効と考えられる。本稿ではこうした提言をベースにして今後の議論の論点整理を行うこととしたい。

なぜ、今、労働時間改革なのか。これは、平成20年労働基準法改正(平成22年4月施行)において月60時間超の時間外割増賃金率(50%以上)が定められたが、中小企業には適用が猶予され、3年後の見直し検討が定められていたところ、その時期が到来したことが契機となっている。ただし、この案件のみならず労働時間に関する規制についてはこの機会に総合的に検討していくというのが政府の方針となっている。たとえば、6月に閣議決定された規制改革実施計画でも「企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制をはじめ、労働時間法制について、ワークライフバランスや労働生産性の向上の観点から、労働政策審議会で総合的に検討する」と書かれている。労働時間法制について抜本的な検討を行う好機といっても良いであろう。

それでは、労働時間改革はなぜ必要なのか。問題意識としては2つある。第1は長時間労働への対応である。日本の場合、特に大陸ヨーロッパ諸国に比べ長時間労働者の割合は高いことが知られている。総労働時間では1994年度の1903時間から2012年度には1794時間まで減少しているがこれはパートタイム労働者の割合が増加したためで、パートタイム労働者を除いた一般労働者でみると、同時期1999時間から1997時間とほとんど変化していないことがわかる。ワークライフバランスが叫ばれている割に長時間労働是正はまったくといっても良いほど進んでいない。

長時間労働を考える際に重要なのは、それが自発的なものか非自発的なものかを区別することである。自発的長時間労働の動機・要因としては、仕事中毒、残業代目当て、自身への評価や昇進機会の向上、多大な教育や資格取得のコスト回収、専門職としてのプロ意識などがあげられる。一方、非自発的長時間労働の要因としては、外部労働市場の未発達・転職コストの大きさ、日本の正社員の特徴である職務の不明確さ・密接な企業内コーディネーションによる負担、不況期における解雇回避を目的とした長時間労働の常態化(雇用調整のためのバッファー確保)、残業好きな上司等とのつきあい(自発的長時間労働者からの負の外部効果)がある。このように長時間労働の要因を2つに分けた場合、非自発的長時間労働をいかに是正するかということがより重要になるわけであるが、これは単に労働時間法制を見直すだけでは十分ではなく、他の規制や働き方自体の変革も求められている。

一方、自発的であれば長時間労働はかまわないというわけではない。なぜなら、長時間労働を好んでしていたとしても自身の健康管理が不十分な場合も多いからである。したがって、長時間労働への対応という観点からは、特に、健康安全確保のための労働時間規制が重要となってくる。

第2は、労働時間設定の柔軟化である。グローバル競争の激化、イノベーションの加速化など企業を取り巻く環境はますます急速に変化するようになり、不確実性も増大してきている。その中で、生産活動における柔軟性をいかに確保するかというのが企業の大きな課題になっていることは言うまでもない。一方、働き手の側も自身のライフサイクルや家庭環境に応じて多様な働き方を志向するようになり、労働時間の柔軟化への需要も高まってきている。企業、労働者両サイドにおける労働時間柔軟化への要請をどううまく結び付けていくかは日本のみならず先進諸国の大きな課題となっている。この場合、個々の企業や労働者の状況に合わせて最適な労働時間設定柔軟化を行うためには双方の希望などをきめ細かく取り入れ、実現するための労使のコミュニケーションが重要な役割を担うと考えられる。

労働時間規制の国際比較と最近の変化

日本の労働時間規制の特徴を理解するために欧米の労働時間規制をみると、大きく、アメリカ型間接規制とヨーロッパ型直接規制に分けることができる。まず、アメリカは労働時間を直接規制していないが、法定労働時間を超える時間外労働には割増賃金を義務付けている(週40時間を超える部分には50%の割増率適用)。一方、ヨーロッパ諸国では、法定労働時間を定め、労働時間を直接規制している。加盟国の遵守が求められるEUの労働時間指令は、労働者の健康と安全の保護を目的とし、1日の休息時間(最低連続11時間)、最長労働時間(平均して週48時間を超えない)などが定められている(ただし、個別にオプト・アウトは可能)。

労働時間への直接的な規制が元々強いヨーロッパ諸国でも、労働時間の柔軟性取り組みが進んでいる。たとえば、政府の関与が強いフランスでも時間外労働や割増賃金への規制は大幅に緩和され、企業単位の労使協定に任されるようになってきている。また、ドイツでも1994年に時間外労働に対する割増賃金の義務付けが法律上撤廃されるとともに、労働者が銀行口座のような労働時間口座に所定外労働時間を貯蓄し、休暇などで使えるような仕組みである労働時間貯蓄制度が普及していった。ドイツでは従来、雇用・労働のあり方を定めるものとして労働協約の存在が大きかったが、フランスでもそのような傾向が強まっているとともに、両国で時間外労働に対して割増賃金等の金銭補償への依存が低下していることが注目される。ヨーロッパ諸国全体をみた調査では、南欧諸国など(イタリア、ギリシャ、ポルトガル、イギリス)で金銭補償の割合は比較的高いが、北欧諸国など(デンマーク、スウェーデン、フィンランド、オランダ)では時間外労働の分、休暇を取るという休日代替の割合が高くなっている。

日本の労働時間規制の評価と問題点

国際比較の観点から、日本の労働時間規制はいかに評価できるであろうか。まず、法定時間(1日8時間、1週40時間)を超えた労働に対しては罰則をもって原則禁止とされている点で、ヨーロッパ型の直接規制アプローチに近いといえる。一方、EUのような休息時間への規定はなく、また、年次有給休暇の日数(10~20日、EU指令では最低4週間)も少ないなど健康安全確保に十分配慮された規制体系とは言い難い。

また、法定労働時間を超えて労働させる場合、いわゆる「三六協定」という過半数代表者との手段的な同意が必要である。労働者と個別に同意を取れば可能なヨーロッパ(個別オプトアウト)よりも厳しい仕組みにみえるが、厚労省の限度基準を超えて働かせることも実質的には可能な状況であり、長時間労働を抑制する実効性は乏しいといえる。長時間労働への歯止めは実質的には割増賃金に依存しているという意味で、むしろアメリカ型に近いといえる。

さらに、日本の場合、労働時間規制の例外的措置に関する制度(注2)が「接ぎ木的」に構築されてきたため非常に複雑化するとともに、労使双方にとって制度によって「使い勝手」が異なり、制度の運用にゆがみが生じていることも大きな問題である。たとえば、企画業務型裁量労働制は労働者との個別合意に加え、労使半数ずつで構成される労使委員会で5分の4以上の多数による決議が必要となり、要件を満たす「敷居」はかなり高い。このため、企画業務型裁労働制の適用労働者の割合は厚労省の調査対象企業の労働者の0.3 %を占めるに過ぎず、ほとんど使われていない状況である。一方、管理監督者の適用除外制度は管理監督者の要件におおまかな目安があるものの、使用者の判断に任され、行政官庁への届け出も必要ないという「使い勝手」の良さがいわゆる「名ばかり管理職」の問題を生む一因となっている。

改革の方向性

それでは労働時間改革の方向性をどのように考えればいいであろうか。海外、特にEUにおける規制体系や最近の労働時間柔軟化への取り組み、さらには、日本の規制の問題点を考慮に入れると、まず、第1に、実質的に割増賃金に依存した規制から肉体的・精神的健康維持確保とワークライフバランスを重視し、より労働解放時間(休息・休日)に焦点を当てた規制体系への転換が重要である。第2は、政府主導・一律的な労働時間規制から分権的枠組み(労使協定)に基づいて労働時間・働き方の柔軟化を推進していくことである。

具体的な改革の柱としては、以下のように、(1)健康安全確保の規制のあり方、(2)時間外労働への補償のあり方、(3)労働時間規制の例外的措置のあり方が挙げられる。

健康安全確保の規制のあり方

第1の改革の柱は、健康安全確保の規制のあり方である。これまで長時間労働の問題点が叫ばれながらも問題解決に向けてほとんど進展がなかったことを考えると、EUのような健康安全確保を労働時間規制の中心に据えるべく、総労働時間規制、休息時間規制の導入の是非について今こそ真剣な議論を開始すべきであろう。特に、後者については、情報労連傘下では休息時間を8時間に定める勤務間インターバル協定を結んだ組合もいくつかあり、日本の産業・企業が生産性や競争力を維持しながらも日本流の健康安全確保に向けた労働時間規制のあり方を考えることは十分可能である。

時間外労働への補償のあり方:金銭補償(割増賃金)から休日代替へ

第2の柱は、時間外労働への補償のあり方である。ヨーロッパにおける金銭補償への依存低下の流れを考えると前回の労基法改正で月60 時間以上の時間外労働が50%以上の引き上げ対象になったことは世界の流れから逆行した動きであることがわかる。金銭補償の分野でも「南欧化」の道を辿るべきではないであろうし、割増賃金が一方では長時間労働の一因になっていることも考慮すべきである。日本の場合、残業時間への規制が実質的に割増賃金による間接規制であったことが、労働時間の問題が常に残業代を払うか、払わないかという問題にすり替わり、矮小化されてきた面があることを踏まえると、今こそ時間外労働への補償のあり方を大きく見直すべきであろう。

その意味からすれば、前回の労基法改正で50%以上の引き上げ対象になる月60 時間以上の時間外労働部分については、割増賃金の支払いの代わりに有給の休暇(最低単位は半日)付与が可能になったことは評価したい。この制度を更に拡張し、ドイツから始まり、大陸ヨーロッパ諸国で普及している労働時間貯蓄制度を日本にも是非幅広く導入すべきだ。

日本の場合、年休の消化率が低いため、労働時間貯蓄制度を導入しても効果が小さいのではないかという見方がある。しかし、年休の消化率が低いのは、各種アンケートをみてもわかるように、自分の仕事の問題というよりも、上司や同僚等への配慮(迷惑をかけたくない、自分だけ休暇を取るのは気が引ける)である場合が多い。自分の残業時間を積み立てて休暇を取る場合、休暇取得は当然の権利と考え、取得への制約となっていた「心理的な壁」は低くなるはずだ。思い切って休暇をとることが、ワークライフバランスに資するばかりでなく、精神的・肉体的なリフレッシュが本人の生産性を高める効果も期待できる。周りを気にせずに休暇を取れるようになることで年休取得にも弾みがつくことが期待される。

また、そもそも、日本の年休の消化率が低いのは、年休時季指定権が労働者に付与されているという制度的な理由によるところが大きい。これは諸外国でも稀な仕組みであることはあまり知られてない。ヨーロッパなどで標準な仕組みとなっている年休時季指定権の使用者への付与を日本でも義務付けるべきである。年休買い上げの義務化は労働者側からみればむしろ年休を残す金銭的インセンティブが生まれるため適当ではない。

労働時間規制の例外的措置のあり方

第3の柱は、労働時間規制の例外的措置のあり方である。ここでは、2つのアプローチが考えられる。まずは、既存の制度の枠組みを前提とした見直しである。たとえば、企業側からは、企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制について「使い勝手」が悪いという不満の声が多い。こうした現場からの要望を1つ1つ丹念に拾って、見直し、改革を進めるのも重要である。しかし、先に示したように制度そのものが複雑化し、問題をはらんでいる場合、個々の見直しで労使相応が十分納得できるような労働時間設定の柔軟化を推進できるかどうかという疑問は残る。

もう1つのアプローチは既存の制度的枠組み自体を変える見直しである。これは複雑化した例外的措置全体に目配りして簡素でわかりやすい制度にすることを意図したものである。具体的な改革案としては、管理監督者の適用除外制度と裁量労働制の整理・統合が挙げられる。そのポイントは以下の2つである。まず、実労働時間で管理することがなじまないような対象者の範囲(管理監督業務、専門業務など)の範囲は法律ではなく、労使協定で定めることである。次に、柔軟性確保が使用者による恣意的運用に繋がることを避けるために、行政官庁(労働基準監督署)への届け出を義務付けることである。

ここで留意すべき点は、実労働時間で管理することがなじまないような対象者の範囲は個々の産業・企業によって変わってくるし、同一企業内でも業務・職務で異なってくることだ。ポイントはかなり高い年収の者を除けば対象者が自律的な働き方ができるかどうかである。これは、法律で一律的に定められるものではもちろんないし、一定の年収で線引きを行うことも適当ではない。数年前の「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入失敗は提案された線引きの年収が低過ぎた(400万)からではなく、範囲を法律で一律に規定しようとしたことにあったと理解すべきである。線引きを800万、1000万にすれば問題が解決されるというわけではないであろう。

適用除外の範囲を労使協定で決めるべきという議論に対してしばしば出てくる意見は、労働組合の組織率の低い中小企業ではむしろこうした制度が悪用され、長時間労働が増長されるのではという懸念である。なんらかの制度の見直しで、労働時間の適用除外の範囲がこれまでよりも拡大するのであれば、そうした見直しとセットで長時間労働への歯止め、健康確保への配慮を意図した改革を導入するべきである。したがって、労働時間改革への3つの柱は相互に強い補完性を有し、その意味からも3つを合わせて実行していくことが求められているのである。

最後に適用除外の範囲を決める際のポイントとなる、自律的な働き方は、日本の正社員の場合、将来の職務、勤務地、労働時間が限定されていない「無限定正社員」がその太宗を占めることを考えるとそもそも難しいといわざるを得ない。企画業務型裁量労働制についても、特に、企画・立案の業務は企業の他の部署とのコーディネーションが頻繁な業務のようにもみえ、本来、自律的な働き方ができるような業務であったのか再検討が必要だ。

日本の場合、企業内での密接なコーディネーションが長時間労働につながっていたことを考えると、職務が明確化、限定化され、労働時間も限定化されるような限定正社員を増やすことこそが自律的な働き方をする人々を拡大することにつながり、新たな適用除外・裁量労働制度を実りあるものにしていくであろう。新たな適用除外・裁量労働制は限定正社員を巡る環境整備やその拡大と同時並行的に進めていくことが重要だ。

以上、今後の労働時間改革を考える上での論点をいくつか指摘したが、今後労使で大局的な視点に立った本質的な議論が行われることを期待したい。

2013年10月22日
脚注
  1. ^ 鶴・樋口・水町編(2010)『労働時間改革 日本の働き方をいかに変えるか』日本評論社及びその第1章参照(鶴(2010)「労働時間改革 鳥瞰図としての視点」RIETI DP 10-J-014)
  2. ^ (1) 労働時間、休憩、休日の規制が適用されない適用除外制度(管理監督者など)、(2) 法定労働時間の枠を柔軟化する変形労働時間制やフレックスタイム制、(3) 労働時間の算定において実労働時間にかかわらず一定時間労働したものとみなす労働時間のみなし制、具体的には、事業外労働のみなし制(例、外まわりの営業、報道記者など)や業務の性質上労働者が大きな裁量を持っているとして適用される裁量労働制(専門業務型、企画業務型)など

2013年10月22日掲載

この著者の記事