コラム

機関投資家向けコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査の概要

田中 亘
東京大学社会科学研究所准教授

1.はじめに

東京大学社会科学研究所は、全所的プロジェクト研究「ガバナンスを問い直す」の市場・企業班(班リーダー:田中亘、中林真幸)の研究の一環として、コーポレート・ガバナンスに関する機関投資家の意識、行動について調査するため、「機関投資家向けコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査」(「本調査」)を実施した。

本調査は、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)との相互協力のもとに進められている。RIETI は、2012年5月から6月にかけ、上場企業を対象としたコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査(企業向け調査)を実施している。今後、本調査と企業向け調査の結果を比較しながら分析することにより、コーポレート・ガバナンスに関する企業と機関投資家の考え方の異同を明らかにすることができると期待しているが、本稿では、さしあたり、本調査の結果の中から、いくつかの注目すべき点を紹介、分析することにする。

なお、本調査に関する報告書(以下、「報告書」という)は、東京大学社会科学研究所のウェブサイトに掲載している(http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/gov/survey-cg.html)。本調査の全体像に関心のある読者は、報告書を参照頂ければ幸いである。

2.調査対象など

本調査は、2012年1月から3月にかけ、国内機関投資家377社を対象に、郵送調査の形で実施した。日本企業の株式(日本株)投資に関心のある機関投資家に焦点を合わせるため、現在、日本株に投資し、または将来投資する予定のある機関に限って、回答を求めることにした。その結果、88社から回答を得た。回答率は、23.3% であった。

調査対象である「国内機関投資家」の内訳は、次のとおりである(かっこ内の数字は、順に、調査票を郵送した機関数、回答機関数)。(1)信託銀行(18、3)、(2)信託銀行以外の銀行(118、32)、(3)生命保険会社(45、7)、(4)損害保険会社(25、9)、(5)投資信託業者(投資信託協会会員に限る)または投資顧問業者(日本証券投資顧問業協会会員かつ投資一任業者に限る)(171、36)。なお、属性について無回答の回答機関が1社あった。

信託銀行以外の銀行(都銀・地銀)や生損保の多くは、投資先企業との間で、融資その他の取引関係を有していることから、その他の機関投資家(信託銀行、投資信託・投資顧問業者)との間で意識や行動に差違が生じることが考えられるが、本稿で以下に取り上げる事項については、機関の種類によって回答に有意な差は見られなかった(買収防衛策の承認を求められた場合の対応など、本稿で取り上げない質問事項の中には、回答に有意な差が見られたものもある)。

なお、本調査には、回答者の機関(会社)としての立場ないし行動について聞くもの(「御社は・・・していますか」といった質問)と、回答者の個人としての考え方等を聞くもの(「あなたは・・・考えますか」といった質問)とがある。本稿は、報告書と同様に、機関として答える質問項目については「回答機関」(回答数は「○社」)、個人として答える質問項目については「回答者」(回答数は「○人」)という表現をそれぞれ用いることにする。なお、回答者個人の見解を問う質問が多いためその属性(役職、経験年数、株主総会における議決権行使経験の有無など)が重要になるが、それについては、報告書を参照されたい。

3.投資判断に際してコーポレート・ガバナンスについて考慮しているか

「投資判断(ある企業に投資するかどうか、どの程度投資するか)に際してその企業のコーポレート・ガバナンスについて考慮しているかどうか」を質問したところ、「考慮している」とした回答機関は68社(77.3%)に上り、機関投資家の多数派は、コーポレート・ガバナンスについて一定の関心を有していることがわかった(I-1 [質問票における質問番号を示す。以下同じ]、図表1参照)。

図表1 投資判断に際してコーポレート・ガバナンスについて考慮しているか(N = 88)
図表1 投資判断に際してコーポレート・ガバナンスについて考慮しているか(N = 88)

「考慮している」と回答した機関に対し、具体的に考慮している事項について、複数の選択肢の中から当てはまるものをすべて選んでもらったところ、「不祥事発生の有無」(56社)が最も多く、「株主構成」(46社)、「社外取締役の独立性」(27社)、「買収防衛策の導入の有無」(26社)、「社外取締役の員数ないし取締役総数に占める割合」(20社)がそれに続いた(I-2)。

4.コーポレート・ガバナンスに関する法制度

現在、法制審議会会社法制部会では、一定の会社(主として上場会社)に対する社外取締役の選任強制(最低1名の選任を義務づける)や、公開会社が大規模なエクイティ発行をする場合に株主総会の承認を義務づけるといった規制の導入の是非が検討されている。

本調査では、(1)上場会社が社外取締役を置くことについて(「上場会社は、取締役の一定数以上を社外取締役とすることが望ましい」と「社外取締役を置くべきか否かは各社により異なり、一般的な言明はできない」の中から回答者の考えに近いものを選択。III-2)、および(2)法律または取引所規則により、上場会社に社外取締役の選任を強制することについて(「支持する」~「支持しない」までの5段階から選択。III-3(1))、それぞれ、回答者の意見を質問した(機関としての立場が決まっていないことが多いと考えられたため、回答者個人の見解を問うことにした)。

この結果をクロス集計したものが、図表2である。なお、(1)の質問に対し「その他」「無回答」とした回答(5人)はサンプルから除外した。

図表2 社外取締役についての見解(N = 83)
図表2 社外取締役についての見解(N = 83)

(1)の質問に対しては、「上場会社は一定数以上の社外取締役を置くことが望ましい」とする回答(43人)と「一般的な言明はできない」とする回答(40人)が拮抗する結果となったが、(2)の質問に対しては、「支持する」と「どちらかといえば支持する」の合計が46人(55.4%)と、過半数が選任義務づけを支持する結果となった。

興味深いことは、(1)の質問に対し「一般的な言明はできない」とした回答者の3割以上(13人、32.5%)が、選任義務づけを「支持」または「どちらかといえば支持」しており、不支持(「どちらかといえば支持しない」「支持しない」の合計で6人、15%)を上回っていることである。これは、社外取締役を置くべきか否かについては各社ごとに異なるものの、現状では、上場会社自身の選択による社外取締役の選任は過少となっているため、一律の義務づけのメリットがデメリットを上回ると考える投資家が相当数いるということではないかと考えられる。

この他にも、「上場会社が支配権を移転させるような大規模なエクイティ発行をする場合は株主総会の承認を要求する」という法規制の導入を支持するかという質問(IV-2(1))については、「支持する」(35人、39.8%)と「どちらかといえば支持する」(37人、42.0%)が8割を超える結果となった。また、株主代表訴訟に対する回答者の見解を問うた質問(IV-1)についても、おおむね、肯定的な見解をとる回答者が多かった(詳細は、報告書参照)。

コーポレート・ガバナンスは、経営陣自身の規律に関わる問題であるから、その内容を会社自身の選択に任せた場合には、経営陣がその選択に影響を与えるために、最適な結果が実現しない可能性がある。その半面、法規制にも、一律の規制による硬直性や、規制担当者が望ましいコーポレート・ガバナンスのあり方について必ずしも十分な知識を持たないなどの問題点もある。その意味で、コーポレート・ガバナンスについて法規制がどの程度関与するべきかは、難しい問題であるが、本調査では、一定の法規制については積極的に評価する投資家の意見が目立つ結果になったということができる。

2012年7月11日

2012年7月11日掲載

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