日本型コーポレート・ガバナンスはどこへ向かうのか?:「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査から読み解く

第2回「コーポレート・ガバナンス:企業の見方と投資家の見方」

田中 亘
東京大学社会科学研究所准教授

東京大学社会科学研究所は、2012年1月から3月にかけ、「機関投資家向けコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査」を実施した(田中 [2012a]。以下、「機関投資家向けアンケート」という)。同調査は、RIETI による「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査(以下、「企業向けアンケート」という)と連携して実施したものであり、質問項目の中には、企業向けアンケートと共通または類似するものがいくつか含まれている。第2回は、「コーポレート・ガバナンス:企業の見方と投資家の見方」と題して、こうした共通(類似)質問項目に対する回答結果を比較検討することによって、同様の問題に関する企業と機関投資家の見方、考え方の異同を明らかにする。

機関投資家向けアンケートの概要

機関投資家向けアンケートでは、国内機関投資家377社に対し調査票を郵送し(ただし、国内株式に投資しているか、または投資する予定である場合にのみ回答を求めた)、88社から回答を得た(回答率23.3%)。本稿では、これらの回答機関を、その属性に応じて、1)信託銀行以外の銀行および生命保険会社・損害保険会社(「銀行(信託以外)・生損保」)と、2)信託銀行および投資信託業者・投資顧問業者(「信託銀行・投資信託/投資顧問」)とに区分する。1)の投資家は、株式保有先の企業に対して取引関係も有していることが多いのに対し、2)の投資家は、投資先に対して株主としての利害関係しか持たないことが通常であるため、コーポレート・ガバナンスに関する認識や行動様式において、異なる傾向を示すと考えられるためである。回答機関中、1)に区分される機関は48社、2)に区分される機関は39社である。なお、属性について無回答の機関が1社あり、それについては、以下の分析ではサンプルから除外した。

企業は各ステークホルダーの利益をどの程度重視しているか

企業向けアンケート調査では、回答企業が、株主や従業員等の各ステークホルダーの利益をそれぞれどの程度重視しているかについて、"非常に重視している(2点)"から"まったく重視していない(-2点)"の5段階で評価してもらい、その平均点を算出している(問2-1)。一方、機関投資家向けアンケート調査においては、上場企業が各ステークホルダーの利益をどの程度重視しているかについて回答者の認識を問い、やはり、"非常に重視している"から"まったく重視していない"までの5段階で評価してもらっている(問I-4)。そこで、機関投資家向けアンケート調査の回答結果についても、企業向けアンケート調査と同様の方法で点数化したうえで、平均点を算出した。それらを比較したのが図1である。

企業自身は、株主を最も重視している(平均点は1.59)と回答しているが、その認識は機関投資家には必ずしも共有されていない。特に、信託銀行・投資信託/投資顧問は、企業は株主を他のステークホルダー(従業員・取引先企業・取引先銀行(メインバンク))と比べても特に重視してはいないと考えている。総じて、企業自身がそう考えているほどには、機関投資家は、企業が各ステークホルダーの利益を重視しているとは考えていないようである。

図1:上場企業は各ステークホルダーの利益をどの程度重視しているか
図1:上場企業は各ステークホルダーの利益をどの程度重視しているか

防衛策を導入する目的 / そのような目的での防衛策の導入を支持するか

2005年のライブドアによるニッポン放送買収の試みなど、いくつかの敵対的買収事例を受け、現在では、500社程度の上場企業(全上場企業の約15%)が、「事前警告型防衛策」ないし「ライツ・プラン」と呼ばれる買収防衛策を導入するに至っている(田中 [2012b] 1章参照)。

企業向けアンケートでは、敵対的買収に対し、どのような備えを実施しているかを質問したうえで(問4-4)、その質問に対して、事前警告型防衛策ないしライツ・プランを導入していると回答した60社(全回答企業419社の14.3%)に対して、そうした防衛策をどのような目的で導入しているかを質問した。具体的には、10個の項目(図2参照)のそれぞれについて、それが防衛策の目的として"強く当てはまる(2点)"から"まったく当てはまらない(-2点)"の5段階で評価してもらい、平均点を算出している(問4-5)。

他方、機関投資家向けアンケートでは、同じ10項目のそれぞれについて、企業がそのような目的で防衛策を導入することについて、"支持する"、"どちらかと言えば支持する"、"どちらともいえない"、"どちらかといえば支持しない"、"支持しない"の5段階で評価してもらっている(問II-3)。そこで、機関投資家向けアンケートについても、企業向けアンケートと同様の方法で回答を点数化したうえで、平均点を算出し、両者を比較したものが図2である。

図2:防衛策を導入する目的(企業)/ その目的による防衛策の導入を支持するか(機関投資家)
図2:防衛策を導入する目的(企業)/ その目的による防衛策の導入を支持するか(機関投資家)

総じて、どの項目についても、機関投資家の評価(平均点)は企業のそれよりも低いが、特に、信託銀行・投資信託/投資顧問の評価は低く、純粋に株式投資のリターンを求める投資家ほど、防衛策(それがどのような目的で導入されるにせよ)に対して批判的な傾向が強いことを示している。もっとも、3つの項目((4)・(7)・(10))で信託銀行・投資信託/投資顧問の評価(平均点)がマイナスになったのを除けば、どの項目でも、機関投資家の評価(平均点)がプラスになっている(つまり、不支持より支持のほうが相対的に多い)。このことは、機関投資家も、防衛策に対して常に反対ということではなく、導入目的のいかんによっては防衛策を支持する用意があることを窺わせる。特に、項目(1)・(2)・(3)については、多くの企業が、それを目的として防衛策を導入していると回答し、かつ、機関投資家も、企業がそれを目的として防衛策を導入することを支持する傾向が強い。

他方、企業と機関投資家の間で見解を異にした項目も存在する。特に、(10)「ステークホルダーの利益を害する買収を防ぐ」という項目については、企業自身は、これを防衛策の目的として最も重視している(平均点が全項目中、最も高い)。反面、機関投資家の中でも特に信託銀行・投資信託/投資顧問は、企業がこれを目的に防衛策を導入することに対して批判的である(平均点はマイナス)。他方、債権者あるいは取引先として、企業に対して株主として以外の利害関係を有していることが多い銀行(信託以外)・生損保は、企業がステークホルダーの利益擁護を目的として防衛策を導入することに関してより許容的である。この点では、機関投資家の属性による相違が顕著に表れているといえる。

なお、(6)「買収者と交渉し、買収条件をよりよいものにする」ことを防衛策の目的として挙げる企業は少ない(平均点は0.2で、10項目中、最低点である)。また、機関投資家も、企業が防衛策をそのような目的で行使するとは期待していないためか、この項目に対する評価(平均点)は、比較的低い。日本の企業は防衛策を、買収条件をよくするための(つまり、株主利益のための)交渉手段としてよりは、むしろステークホルダー利益を害するような買収を阻止するための手段と捉える傾向が強いことが明確に表れる結果となったといえる。

株主代表訴訟について

株主代表訴訟とは、企業(株式会社)の取締役ら役員が、企業に対して損害賠償責任を負っている場合に、株主が企業に代わってその責任を追及する訴訟である(江頭 [2011] 456頁以下)。これは、役員の責任追及を企業自身に任せると、役員どうしの馴れ合いにより責任追及がされない恐れがあることに対処しようとするものである。これにより、役員に対する規律が図られるというメリットがありうる半面、理由のない訴訟により役員や会社に負担がかかったり、責任追及の恐れから経営が萎縮したりするといったデメリットが生じる可能性もある。

アンケートでは、このような株主代表訴訟に対し、企業や投資家はどのように評価しているかを確認する質問項目を設けた。具体的には、企業向けアンケート・機関投資家向けアンケートのいずれにおいても、株主代表訴訟に対する意見・見解として考えられるものを6つ呈示し((1)経営を萎縮させる、(2)社外役員などの役員のなり手を少なくする、(3)理由のない訴訟により役員や会社に負担がかかる、(4)通常の社内手続をしていれば責任が認められるおそれは殆どない、(5)経営に緊張感をもたらし、会社・株主の利益となる、(6)ほとんど提起されないので、とくに意味のある制度ではない)、各見解のそれぞれについて、"強くそう思う"、"ややそう思う"、"どちらともいえない"、"あまりそう思わない"、"まったくそう思わない"の5段階で評価してもらった(企業向けアンケート問4-14、機関投資家向けアンケート問IV-1)。これまでと同様、各回答を2点から-2点までで点数評価し、平均点を算出したものが、図3である。

図3:株主代表訴訟に対する評価
図3:株主代表訴訟に対する評価

(6)「ほとんど提起されないので、特に意味のある制度ではない」は、実際の株主代表訴訟の提起数は、年間100件程度であることに鑑みて設けた項目であったが、このような見解に対する評価は、企業・機関投資家とも否定的であり(平均点はマイナス)、良かれ悪しかれ、代表訴訟は企業利益に何らかの影響を及ぼしていると考えられていることがわかった。

総じて、企業のほうが機関投資家と比較して、株主代表訴訟に対し否定的な見解((1)~(3))への支持が多いが、企業と機関投資家のいずれも、(3)「理由のない訴訟により役員や会社に負担がかかる」という意見に賛同するものが、他の否定的な見解((1)や(2))に賛同するものよりも多いという結果になっている。つまり、株主代表訴訟の弊害としては、実際に訴訟で責任が認められることへの恐れから来るもの(経営の萎縮や役員のなり手不足)よりは、むしろ、理由のない訴訟に応じることの負担が中心に考えられているということである。これは、(4)「通常の社内手続をしていれば責任が認められるおそれは殆どない」という認識(この見解に対する企業の平均点も0.62と高い)を踏まえたものといえる。企業向けアンケートの他の質問項目(問4-12)において、経営判断に関わるリスクへの対処として、「代表訴訟の可能性を考慮して、投資案件を見送ったことがある」と回答した企業がごくわずか(1.9%)であることも、株主代表訴訟が経営の萎縮をもたらすことは実際には少ないことを物語っていると思われる。

他方、機関投資家は、代表訴訟への否定的な見解への支持は少ない一方、(5)「緊張感をもたらし、会社・株主の利益となる」との見解を支持する意見は多く、株主代表訴訟に肯定的な見解が目立つ結果となっている。

2013年5月28日
文献
  1. 江頭憲治郎(2011)『株式会社法(第4版)』有斐閣.
  2. 田中亘(2012a)「機関投資家向けコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査 結果報告」東京大学社会科学研究所ウェブサイト(http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/gov/survey-cg.html).
  3. 田中亘(2012b)『企業買収と防衛策』商事法務.

2013年5月28日掲載

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