Research & Review (2006年7月号)

政府債務の持続可能性を担保する今後の財政運営のあり方-Broda and Weinsteinの論文の再検証

土居 丈朗
前ファカルティフェロー、慶應義塾大学経済学部助教授

はじめに

目下、2010年代初頭に基礎的財政収支の黒字化を実現すべく、どのように財政健全化を進めてゆくかが重要な課題である。未曾有の規模に累増した我が国の政府債務残高を、今後抑制する必要があるとの認識がある。

我が国の政府債務の持続可能性が懸念される中で、Broda and Weinstein(2005)(以下B&W)が、国民経済計算体系(SNA)を基に、我が国財政の将来推計を発表した。そして、我が国政府の純債務残高で見ると深刻な規模ではなく、十分に実現可能な政府収入対GDP比の水準を確保することによって政府債務は維持できる、と主張した。

そこで本稿では、こうした視点も取り入れつつ、B&Wの再検証を試みた土居(2006)(以下拙論文)を基に、今後の我が国の財政運営のあり方について議論を深めたい。拙論文では、経済産業研究所における「政府債務の持続可能性と公債管理政策の実証分析」の研究成果である。

ネットかグロスか

再検証を始める前に、政府債務の見方を整理しよう。B&Wは、政府債務として、ネットの債務を採用している。我が国の政府債務残高について議論する際、しばしばグロスでみるかネットでみるかとの論点が出されることがある。つまり、政府債務残高を政府が保有する金融資産と相殺した大きさであるネットの残高でみるか、相殺せずに純粋に債務そのものを示したグロスの残高でみるかという議論である。

我が国の粗政府債務残高は、先進国の中でも群を抜いて高い水準にある。他方、純政府債務残高でみると、カナダ、ベルギーとほぼ同水準であるが、必ずしも突出して高い水準にあるわけではない。だから、我が国の財政健全化は急務でないとする意見さえある。

では、粗債務と純債務はどのように理解すればよいか。それは、政府債務の返済財源を何に求めるかに依存する。もし、政府債務を全て将来の租税等の収入によって賄い、政府が保有する金融資産の売却収入を一切用いない方針ならば、政府債務はグロスの残高で把握するのが妥当である。このとき、ネットの残高は無意味なものである。なぜなら、計算上相殺する際に用いた金融資産は、政府債務の返済以外に用いるために保有しており、金融資産の売却収入を返済財源に用いられないからである。

そこで、ネットかグロスかの議論を複雑化させている要因を、3つに分けて詳述しよう。結論を述べると次のようになる。
(1)将来の社会保障給付(債務)が明らかでない(あるいは考慮に入れない)ならば、将来の財政負担と整合的な一般政府の債務規模は、粗政府債務が妥当である。社会保障基金は積立金を資産として持つとしても、発生主義的に、その見合いとして将来の社会保障給付債務が生じると見るべきである。その両者は確かに相殺できるはずだが、通常の定義での粗政府債務には、将来の社会保障給付債務が計上されていない。
(2)将来の社会保障給付(債務)を推計して考慮すれば、将来の財政負担と整合的な一般政府の債務規模は、ネットの政府債務プラス将来の社会保障給付(債務)の推計額と等しくなる。また、この額は(社会保障給付債務を除く)グロスの政府債務とも等しくなる。
(3)政府が保有する資産のうち、政府短期証券の見合いとして保有する資産は、負債と相殺するのが妥当である。しかし、それ以外の資産には政府が財政運営上のバッファーとして保有するものもある。これらの資産を将来の債務償還財源に用いるか否かは政策判断如何であり、相殺すべきか否かは自明ではない。

これを、一期目(現在)、二期目(将来)の二期の数値例で考えよう。簡単化のため、利子率や収益率が0%であると仮定する。また、地方政府は捨象し、中央政府は金融資産を保有していないとする。

一期目に、社会保障基金が社会保険料を20受け取り、それを全て将来の社会保障給付のために積み立てたとする。つまり、この20は一期目の時点で、二期目の社会保障給付のために積み立てることにしたものである。その際、社会保障基金の資産を(他意なく)国債として15、株式として5を運用したとする。そして中央政府は、一期目の政府支出60に充てるために(他意なく)60の国債を発行し、そのうち15を社会保障基金が引き受けたとする。

このとき、一期末の時点で、中央政府と社会保障基金を合わせた一般政府でみて、一見すると負債には中央政府の国債が60、資産には社会保障基金の積立金が20で、純政府債務は40と見える。

しかしこの社会保障基金の積立金20は、一期目の時点で既に二期目の社会保障給付を約束したものとして、発生主義会計では将来の社会保障給付債務を負債として認識しなければならない。

そうなるとこの例では、一期末の時点で、中央政府と社会保障基金を合わせた一般政府でみて、資産は前述と同様に20で、負債には中央政府の国債が60だけでなく、将来の社会保障給付債務の20も加わって80となる。この両者を相殺した債務額は60となる。これは粗政府債務である。

そもそも、通常の定義での粗政府債務に、将来の社会保障給付債務は含まれていない。そのため、社会保障基金の資産を相殺すると、将来の財政負担が生じるはずの債務(ここでは国債)を過少に見積もってしまう。社会保障基金の資産は、中央政府の債務償還の財政負担軽減に役立っていない。それは、社会保障基金の積立金が将来の社会保障給付債務の「償還」に充てられているからである。

そこで、将来(二期目)の社会保障給付が明示されている場合に、二期目の財政負担を考えよう。まず、二期目に必要な租税負担は中央政府の国債償還費60だけである。

社会保障基金は社会保障給付20の財源を既に保有する資産で賄える。しかも、B&Wや拙論文の分析のように、予め将来(二期目)の社会保障給付を推計できていれば(この例だと20)、それを加味した租税負担は40(=60マイナス20)である。これは純政府債務に相当する。

結果的には、将来(二期目)の財政負担は60だが、それを(社会保障給付債務を除く)粗政府債務60と対応付けるか、純政府債務40+将来の社会保障給付(債務)20と対応付けるか、どちらにせよ60という将来の財政負担と一致する。だから、将来の社会保障給付等を推計して明らかにできる場合に限り、純政府債務を、将来の社会保障給付(債務)の推計額とセットで政府債務の把握に利用することは妥当である。そう考えれば、将来の社会保障給付債務を明示せずに「日本の純政府債務対GDP比はさほど高くないから、財政状況は深刻でない」旨の主張は誤ったものといえる。

(3)の論点について、金融資産のうち、政府短期証券(特に旧外国為替証券に相当するもの)の見合いとして保有している資産(例えば、アメリカ国債)がある。だから、これらは相殺するのが妥当である。ただし、財政融資資金は公的金融機関であるため、資産・負債とも対象外である。

しかし、それ以外の金融資産は、政府が事務事業を行う上でのバッファーとして保有するもの(典型的な例は、地方政府の財政調整基金)とも考えられる。従って、これらの資産を債務の将来の償還財源(将来の財政負担軽減)に用いるか否かは政策判断如何であり、相殺すべきか否かは自明ではない。

そこで、拙論文では中央政府と地方政府が保有する金融資産をも相殺した場合(純政府債務)と、相殺しない場合(これらの資産を売却しないか売却収入等を償還財源としない)の2つの場合を分析している。この場合を、「政府資産の売却収入を償還財源に充てない場合」と呼ぶ。

今後の財政運営のあり方

次に、B&Wに基づいた拙論文の分析を紹介しよう。分析では、政府支出を3つに分類し、政府債務の利払費と、高齢者(65歳以上)向け財政移転(公的年金給付と医療給付)、残りの政府支出(若年世代向け財政支出)とする。財政の持続可能性条件を、現時点(0期)では財政が破綻していない状態であって、今後n期後に政府債務対GDP比が現時点と同じ水準に戻る政策運営が可能ならば、財政は破綻しない(持続可能である)と設定する。本稿では、n期を2100年とした結果だけを示す。

そして、上記の意味で財政の持続可能性を担保する政府収入対GDP比(以下、これを税率と呼ぶ)を計算した。その税率は、仮想的に今後毎年同じになるようにできるものとして導出している。この税率が実行可能な水準か否かを検討することで、今後の財政運営が、財政の持続可能性に支障をきたさないように運営可能か否かを見極める方法で検証した。

B&Wでは、財政運営に関する現在(初期時点)及び将来の設定を次のようにした。経済成長率は2と設定した。ただし、これを0%、1%としても結果に大差はない。また金利は、経済成長率との乖離が0%から4%(本稿での報告は2%まで)までを想定して推計した。人口予測は、国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口(中位推計)」を用いた。

政府支出は、次のケースを想定した(ケース1は割愛)。ケース2は、高齢者向け政府移転と若年世代向け政府支出とも、1人当たり支出額が実質GDPと同率で増加する場合である。ケース3は、高齢者向け政府移転と若年世代向け政府支出とも、1人当たり支出額が就労者1人当たりGDPの伸び率と同率で増加する場合である。

また、最近の社会保障給付費抑制論議を反映して、社会保障給付費を高齢化修正GDPの伸び率に連動させた場合も、追加して分析した。「高齢化修正GDPの伸び率」とは、名目GDP成長率+65歳以上人口の増加数/全人口(前年度)である。これをケース4と呼び、高齢者向け政府移転は高齢化修正GDPの伸び率で増加し、若年世代向け政府支出はケース3と同じ設定とした。

表 推移結果(財政を持続可能にする政府収入対GDP比の水準)

表には、上記のような設定で、政府支出や利子率がそれぞれ設定されたケースにおいて、財政を持続可能にする税率を示している。表の1段目が、B&Wで示された結果である。この結果から判断して、日本における政府収入対GDP比の1980年から2000年までの平均である32.2%と比べて、若干高いとはいえ非現実的な値ではなく、将来然るべき増税を行なえば十分に持続可能であるから、日本の財政赤字は深刻な状況ではない、としている。

そこで、B&Wを再検証すべく、拙論文でその追試を試みた。その結果(ベンチマークケースと呼ぶ)は、表の2段目に示している。ここでは同じ純政府債務をとっている。政府支出の将来推計等の若干の違いから表に示された値も若干異なるが、ほぼ忠実に復元できている。

さらに拙論文では、B&Wでの設定について、いくつかの修正を試みた。まず、直近の財政状況を反映すべく、推計開始年度を2005年度に変更した。政府債務対GDP比は、ベンチマークケースよりも高くなり、計画期間は3年短くなる。ただこのアップデートでは、小泉内閣での政府支出の抑制も反映される。利払費を除く政府支出は、2002年には35.2%とピークであったが、2005年には34.3%と低下しており、政府支出の将来推計には反映されている。

それ以外をベンチマークケースと同じにしたこのケースを、アップデートケースと呼び、表の3段目に結果を示している。例えば、金利が4%で財政支出がケース4のとき、財政を持続可能にする税率は36.2%(ベンチマークケースでは35.5%)である。

次に、アップデートケースを基にして資産売却収入を償還財源に充てない場合の結果が、表の4段目に示されている。2004年末における純政府債務残高対GDP比は78.3%だが、この修正された政府債務の対GDP比は108.9%である。この数値は、ベンチマークケースと比べ、税率がほぼ高くなっている。金利が4%で政府支出がケース4のとき、財政を持続可能にする税率は36.8%で、ベンチマークケースに比べて高くなっており、直近の水準から見て相当程度の増税が必要である。ただ、基礎的財政収支黒字対GDP比は21世紀前半では2%前後、後半では2~3.5%を維持できれば、政府債務対GDP比の今後の推移は最高でも約131%にとどまり、持続可能である。

最後に、財政健全化に際し増税を遅らせたときの影響を分析した。この想定を、増税先送りケースと呼び、アップデートケースで資産売却収入を償還財源に充てない場合を基に、2005~2009年には増税せず、2005年と同じ政府収入対GDP比(30.9%)を維持し、その後2100年まで税率を引き上げるものとする。その結果を示したのが、表の5段目である。表の4段目の数値よりも高い値を示している。増税を先送るのは高々5年だが、その間に累積した財政赤字をアップデートケースよりも5年少ない年数で政府債務残高を抑制するように課税しなければならないため、対GDP比にして1%ポイント前後の租税負担の増大が生じる。

金利が4%で政府支出がケース4であるとき、財政を持続可能にする税率は37.5%で、直近の水準から見て相当程度の増税が必要だが、基礎的財政収支黒字対GDP比は21世紀前半では2.5%前後、後半では2.5~4.2%を維持できれば到達可能である。ただ、この場合の基礎的財政収支対GDP比は、21世紀後半にはそれなりに高い水準を維持しなければならないため、政治的な政府支出増大圧力に抗しきれるかが微妙になってこよう。これが、高々5年といえども増税を先送りにした影響として出てくるのである。

以上をまとめると、次のようになる。政府資産売却収入を償還税源に充てない政策運営を想定すれば、B&Wが想定している状況よりも、政府収入対GDP比で1%弱、消費税率に換算して約2%ポイント分多く税率を引き上げる必要がある。また今後の財政健全化に際しては、増税を先送りすることでその後の財政負担がさらに増大する分析結果となった。その大きさは政府収入対GDP比にして1%前後、消費税率に換算して約2%ポイントに相当する。不要不急の事務事業に関する歳出削減は不可欠だが、増税のタイミングが不必要に遅くならないようにする財政運営が必要である。

文献

2006年7月24日掲載

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