Research & Review (2006年6月号)

M&Aはなぜ増加したのか

蟻川 靖浩 前RIETIファカルティフェロー、早稲田大学商学学術院助教授

宮島 英昭 前ファカルティフェロー、早稲田大学商学学術院教授・ファイナンス総合研究所副所長

はじめに

1990年代後半以降、日本におけるM&Aが急増している。1990年代半ばには500件程度で推移していたM&A件数は、2000年以降大幅に増加し、2004年には2211件と10年前に比べて約4倍に増加した(図1)。またマーケット別に見たM&A件数の推移を見ると、第1には、1980年代後半から1990年にかけて日本企業による海外企業のM&A(IN‐OUT)の件数が増加している。1980年代後半における全M&A件数に占めるIN‐OUTの割合が平均51.5%であったのに対して、2000年代前半におけるIN‐OUTの割合は平均14.6%である。このことは、1980年代後半においては、日本経済の好景気に支えられ、日本企業の海外への進出が本格化したことを示している。ソニーによるCBS、コロンビア・ピクチャーズ・エンターテイメントの買収、ブリヂストンによるファイアストンの買収などがその例である。

図1:M&A件数の推移

第2には、1990年代後半から2000年代前半にかけて、国内企業同士のM&A(IN‐IN)の取引件数が急速に増加している。実際、1990年において268件であったIN‐INの件数は、2004年には1677件となっており、約6.3倍に増加している。さらに、全M&A件数に占めるIN‐INの割合は、1980年代後半には平均49.8%であったが、2000年代前半においては平均73.7%とその比率を高めている(図2)。近年のIN‐INの取引の特徴としては、国際競争の激化等を背景にした業界内再編という点があげられる。鉄鋼業界をみると、韓国や中国の企業の台頭による激しい国際競争を受けて、2002年にNKKと川崎製鉄はJFEホールディングスを設立し、経営を統合した。製鉄所の一体運営や生産の集約によりコストダウンをはかることなどを通じて、国内においては新日鉄と並び二強体制となっている。それだけではなく、日本企業によるグループ内再生やリストラクチャリングも行われている。例えば、松下電器産業は、2004年3月に、松下電工への出資比率を32.8%から52.7%へ引き上げ、連結子会社化している。その背景には、連結会計制度の導入により、企業の売り上げや収益などが連結子会社を含めたグループ単位で捉えられるようになったことなどがある。第3に、1990年代後半から2000年代前半における海外企業による日本企業のM&A(OUT‐IN)の増加が特徴的である。OUT‐INの件数は、1998年前後から急激に増加しており、その件数は1990年代前半の平均約25件に対して、2000年代前半には平均165件と、約6.7倍に増加している。また、全M&A件数に占めるOUT‐INの割合は、1990年代前半が平均4.8%、2000年代前半が平均9.2%であり、徐々に全体に占める割合が高まっている。

図2:日本企業間のM&Aと日本企業と海外企業のM&Aの割合の変化

以上のような近年の日本企業のM&Aに関する状況を念頭におきながら、本稿の主題は、とりわけ国内企業間のM&Aが活発となった1990年末以降に焦点を合わせて、日本における国内企業同士のM&Aの決定要因を分析することである*1*2

M&A急増の要因

なぜ、国内企業間のM&Aは1990年代末から増加したのだろうか。経済全体で、ある期間にM&A件数が大幅に増加(その後に急減)する要因については、これまで次の2つの仮説が提示されている。

第1の仮説は、産業レベルでの成長性や収益性に対するショックに注目する見方である。Mitchell and Mulherin(1996)やHarford(2005)は、M&A活動が特定産業に集中することを確認した上で、産業内、あるいは産業間での資源の大規模な再配分を必要とするような成長性や収益性へのショックが起こった場合に、M&Aがこの資源配分の有効な手段として用いられる結果として、M&A件数が急増すると主張している*3*4。この場合、成長性や収益性に影響を与えるショックとしては、石油ショック等の投入材価格の急激な変化や技術進歩、さらには規制緩和なども含まれる。ある産業に対する規制緩和は、その産業の競争レベルに影響を与え、結果としてM&Aに対するインセンティブを変化させるのである。

こうした、産業間、あるいは企業間の相対利益に影響を与えるショックにマクロ的なM&Aの増加の要因を求める見方は、しばしば新古典派的見方と呼ばれる。この考え方によれば、産業レベルでの成長性や収益性へのショックがM&Aを行うインセンティブを与えることになるが、さらにM&Aが経済全体で用いられるようになるには、比較的低い取引コストを必要とする点をHarford(2005)が強調している。すなわち、M&A件数の増加が資金の流動性が高い場合においてのみ成立していたことを報告し、マクロレベルの資金の流動性がM&A活動における資金制約を緩和し、結果として全般的なM&A件数の増加につながることを指摘しているのである。

第2の見方はMarket driven仮説と呼ばれるもので、その特徴は株式市場の非効率性を仮定して議論を行う点にある。Shleifer and Vishny(2003)は、マーケットの評価がファンダメンタル・バリューより高いという情報を持つ経営者は、自社株式との株式交換を利用した買収を通じて利益を得るインセンティブを持つこと、そして近視眼的な対象企業の経営者は、長期的に予想される利益を無視して、買収企業からの好ましい条件に応じて自社を売却するインセンティブを持つ可能性を理論的に指摘している*5。また、Rhodes-Kropf and Viswanathan(2004)も、株価がマーケットにより過大評価されている企業は、株式交換によるM&Aを実行するインセンティブを持つことを理論的に示している*6。彼らのモデルでは、買収企業の経営者は自社の企業価値についての完全情報を持つ一方、対象企業の経営者は、M&Aによって得られる将来のシナジーを正確に算定できないと仮定する。そして、株式市場が高騰している場合に、完全情報を持たない対象企業の経営者は、将来のシナジーへの過大な期待に基づいて、過大評価された買収企業の株との交換による買収の提案を受け入れるのである。

以上2つの理論モデルに共通するのは、Market driven仮説にしたがって経営者がM&Aを行う場合、その手段として株式交換を用いる点である。

産業別のM&Aに関する定量的分析

次に、90年代以降の日本企業のM&Aの決定要因を、先に述べたM&A増加に関する仮説に基づいて、産業別データを用いて分析した結果を紹介する。分析で使用するサンプルは、1991年から2004年における東京証券取引所一部および二部上場企業である。

まず、各産業でM&Aがどの程度行われているのかを把握するために、各産業の上場企業数に占める同産業におけるM&Aの発生件数の比率を計算する。ただし、本稿ではM&Aとして、合併・買収で、取引金額が2億円以上のものを抽出した。

次に財務データから、先の仮説にしたがってM&A件数に影響を与えると考えられる説明変数を作成する。まず、産業へのショックをとらえる目的で、各産業の収益性と成長性を示す変数を作成する。将来の相対的な成長機会の大きさを示す変数としては、トービンqを用いる。次に、現時点での産業の収益性を表す変数として、ROA、売上高キャッシュフロー比率、総資産回転率、従業員成長率、売上高成長率を用いる。ただし、これらの変数間には強い相関関係が見られるため、これらの変数について主成分分析を行い、その抽出した第一主成分を産業の収益性の代理変数とした。

他方、Market driven仮説で強調される株式市場での評価に関する要因を考慮するための変数としては、過去36カ月間の平均株価収益率(ER)と、過去36カ月間の平均株価収益率の標準偏差(σ(ER))を使用する。Market driven仮説によれば、ERが高い産業ほど株価が過大評価されている可能性は高く、結果的にM&Aが行われる可能性も高いと考えられる。最後に、マクロ的な流動性の大きさをコントロールする変数として金利スプレッド(spread)を変数として加える。マクロ的に資金の流動性が高いほど資金調達が容易となりM&A件数が増加するならば、spreadの高さとM&Aの発生の可能性の間には負の関係が観察されることが期待される。

以上の説明変数を用いて、M&Aの産業別発生比率の要因を分析した。推定方法はトービットである。主な結果としてはまず、トービンqについては、その係数は1%水準で有意に正であった。この結果は、成長機会が相対的に豊富な産業において、M&Aがより多く行われることを示していると解釈できる。他方、ERの係数については有意に負、σ(ER)の係数は有意に正であることが確認された。このことは、市場において相対的にこれまで低く評価されてきた産業ほど、そして、ボラティリティーが高い産業ほどM&Aが行われていることを意味する。この、ERの係数が負であるという結果は、過大評価された株価が、M&A件数の増加の主な要因であると主張するMarket driven仮説の予測とは正反対の結果であり、むしろ、過去において市場が低く評価してきた産業であるほど、M&Aを行っていることを示唆している。以上から、株式市場における過大評価がM&Aの増加の理由であるというMarket driven仮説は支持されなかったことになる。

他方、現時点での各産業の収益性の影響については、収益性が高い産業ほどM&Aの行われる頻度が高いことが確認された。また、マクロ的な資金の流動性の影響を測る変数であるspreadであるが、その係数は有意に負であることが確認された。つまり、金利スプレッドが小さいほど、M&Aの発生比率は総じて高いといえる。これは、マクロ経済的に資金制約を受けにくい環境であるほど、M&Aが経済全般で活発に行われることを意味している。

個別企業によるM&Aの分析

次に、個別企業に関するM&Aの選択行動を分析する。M&A比率が低い産業においても、個別に見ればM&Aを実施している企業と実施していない企業が存在しており、その違いは必ずしも産業固有の要因のみに還元できないかもしれない。そこで本節では、個別企業の持つ特性とM&Aの関係について検討する。なお本節の分析では、M&A取引における買い手企業の行動のみを分析対象としている。

ここでの被説明変数は、各企業がある年にM&Aを行った場合には1を与え、当該企業がM&Aを行わない年にはゼロとするダミー変数である。説明変数については、前節の産業別の分析とほぼ同じであるが、個別企業レベルで変数が作られている点が異なっている。成長機会を示す変数として、ここでもトービンqを用いる。また、各企業のqが全体の分布の上位25%に位置する値よりも高い場合に1を与えるダミー変数(Hqダミー)、および下位25%に位置する値よりも低い場合に1を取るダミー(Lqダミー)を新たに変数として加える。これにより、いっそう明確に成長機会の高さとM&Aの決定の関係を観察することが可能となる。

個別企業行動の分析であることから、各企業の財務状況を明示的に示す変数を説明変数に加える。具体的には、総資産に占める負債の比率と、資金制約の影響を明示的に捉える目的で、総資産に占めるキャッシュフローの比率を説明変数に加える。推計方法は、主にパネルのロジットモデルを採用している。

主な結果として、まずは成長機会を示すトービンqの係数は有意に正であった。次に、Hqダミーについては、その係数は有意に正である一方、Lqダミーについては、その係数は有意に負であった。以上から、トービンqが高い企業が、成長戦略としてM&Aを採用する確率が高い一方、トービンqが低い企業ほどM&Aで買い手の立場になる可能性は低いことが確認された。総資産負債比率の係数については有意に負であった。すなわち、負債比率の低い企業であるほど、M&Aにより他の企業を合併・買収する確率が高い。これは、負債比率が低いことで資金調達コストが低下した、またはリスク許容度が高まったことから、M&Aを容易に行えるようになったと解釈できる。

結論

本稿では、国内企業間のM&Aが活発となった1990年代以降に焦点を合わせ、日本におけるM&Aの決定要因を検討してきた。分析の結果を要約すると次の通りである。

第1に、国内企業間のM&Aの件数が相対的に多い産業の特徴を分析すると、将来の成長機会が相対的に豊富であるほど、現時点での収益性が高いほど、過去に相対的に株式市場の評価が低くリスクが高い産業ほど、M&A件数が多いことが確認された。ここから、近年のM&Aの増加は、基本的には新古典派的な解釈、すなわち、産業の成長性や収益性に何らかのショックがあった結果として、特定の産業でM&Aが活発に行われるようになったと理解できる。第2には、個別企業で見た場合に、成長機会が相対的に豊富な企業ほど、また負債比率が低く資金調達余力があるほど、M&Aにおいて買い手として参加する確率が高いことが確認された。

それでは、1990年代後半以降に、M&Aを活発に行っている産業や企業の成長性や収益性に最も影響を与えた要因は何だろうか。この点を明らかにすることが今後の我々の課題である。

脚注
  • *1…なお本稿は、RIETIコーポレート・ガバナンスプロジェクトの一環として作成された、蟻川靖浩・宮島英昭(2006)『M&Aの経済分析・M&Aはなぜ増加したのか』(RIETIディスカッションペーパー06-J-034)をもとにしている。本稿で紹介する分析結果の詳細は同論文を参照してほしい。
  • *2…本稿では明示的に取り扱わないが、独占禁止法改正による持株会社の解禁をはじめとする組織再編関連の法制度の変化が、定量的に見てどの程度M&Aの増加に大きな影響を与えたのか、という点は重要な研究課題である。
  • *3…Mitchell, M. L. and J. H. Mulherin (1996), "The Impact of Industrial Shocks on Takeover and Restructuring Activity,"Journal of Financial Economics, 41,pp.193-229.
  • *4…Harford, J. (2005),"What Drives Merger Waves?" Journal of Financial Economics, 77, pp.529-560.
  • *5…Shleifer, A. and R. W. Vishny (2003),"Stock Market Driven Acquisitions,"Journal of Financial Economics, 70, pp.295-489.
  • *6…Rhodes-Kropf, M. and S. Viswanathan (2004), "Market Valuation and Merger Waves,"Journal of Finance, 59, pp. 2685-2718.

2006年6月21日掲載

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