リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第8回「R&D投資と資金調達・所有構造」

蟻川 靖浩
早稲田大学商学学術院

河西 卓弥
早稲田大学法学学術院

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学 / WIAS

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第8章「R&D投資と資金調達・所有構造」のエッセンスを紹介しています。

研究開発(以下、R&D)投資は、イノベーション、経済成長の源泉であり、企業のレベルで見ても国際的な競争を生き延びるために重要なファクターである。製造業に属する日本企業のR&D投資は、傾向的に増加し、現在、国内設備投資額に匹敵する規模となっている。しかし、米国では90年代のR&Dブーム以降、新興企業がR&D投資の大きな部分を占め、マクロ的なR&D投資の動向すら規定していた(Brown et al., 2009)のに対して、日本の場合、1999年以降、新興市場が整備され、IT関連部門を中心に新規上場が進展したが、本研究のサンプルであるR&D集約産業に属する東証、新興市場(ジャスダック、マザーズ、ヘラクレス)上場企業の2001年から2008年のデータによると、R&D投資に占める、1990年以降に上場した新興企業の割合はわずかに3%程度に過ぎず、その存在感は薄い。

『日本の企業統治』第8章は、R&D投資への金融要因、所有構造の影響について注目した。具体的には、新興企業のR&D投資における資金制約の有無や、90年代後半以降、増加した外国人投資家のR&D投資への影響を確認した。新興企業のR&D投資において資金制約が確認されれば、それが新興企業によるR&D投資の少なさの一因と考えることができる。

R&D投資の特徴は、以下のようなものが考えられる。まず、R&D投資の多くが研究者への人件費など固定的な支出で占められているため、支出額を頻繁に変化させると大きな調整コストが生じる。そのため設備投資と比べて、売上高などパフォーマンスが変化した場合でも、R&D投資は大きく変化しないと予想される。サンプル企業のR&D支出と資金調達をまとめた下記の図でも、キャッシュフロー(CF)などの変動に比べ、R&D支出は安定的である。また、R&D投資は、設備投資と比較して、内容の専門性、競争相手への情報の流出防止などの理由から外部への情報の開示がより困難であり、企業経営者と投資家との間の非対称情報の問題がより深刻になると考えられる。また研究の成果が出るのか、成果が出るまでの時間、研究成果が収入に結び付くか、などの点で不確実性が高い。その結果、経営者はR&D投資の費用を内部資金を用いて調達する傾向が強いと考えられる。

図:R&D支出と資金調達
図:R&D支出と資金調達

したがって、企業規模が大きく上場経過年数が長い成熟企業の場合、市場での高い評判を利用して資本市場へ容易にアクセスができる一方、企業規模が小さく上場後間もない新興企業においては、非対称情報の問題から資金制約に直面し、R&D投資が過小になる可能性がある。Brown et al.(2009)は、米国の成熟企業と新興企業を比較して、R&D投資のキャッシュフローへの感応度および増資による資金調達に対する感応度のいずれについても、新興企業のほうが高いことを指摘している。これは、新興企業において投資の資金制約が存在することを意味する。

Brown et al.(2009)と同様にR&D投資関数を推計した結果、大規模な企業(連結資産3000億円以上と定義)では、資金制約は確認されなかったが、主に新興市場上場の社齢が若く比較的小規模な企業(連結資産1000億円以下と定義)においては、R&D投資に関して資金制約の存在が確認された。しかし、それら新興企業において増資のR&D投資への影響は見られなかった。つまり、日本でも、新興企業において資金制約が見られるが、米国とは異なり、株式市場が新興企業のR&D投資に対する資金供給源として機能していない可能性がある。

近年の日本の企業統治構造の変化の特徴は、株式相互持合いなどを中心とした所有構造から内外の機関投資家を中心とした構造へ変化したことである。しばしば、外国人投資家を含む機関投資家による株式所有の増加は、配当を増加させる一方で、R&D投資を含む長期的な投資の減少をもたらす可能性も指摘される。しかしながら、我々の分析では、大規模企業でも、資金制約が観察された新興市場上場企業を含む小規模企業においても、外国人投資家の株式保有が、企業のR&D投資を抑制しているという証拠は確認されなかった。

2012年1月19日

2012年1月19日掲載

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