取締役制度改革と企業統治システムの多様性

蟻川 靖浩
ファカルティフェロー

法制審議会は、社外取締役や各種委員会制度などアングロサクソン型の取締役会制度の導入などを柱とする商法改正案を提出した。この改正案には、従来型の取締役会制度との選択制が導入されたこともあり、社外取締役や執行役員の有効性をめぐって活発な議論が行われている。本稿の目的は、アメリカにおける取締役の役割についての研究結果を用い、今回の制度改革が日本企業のコーポレートガバナンス改革にとってどのような意味を持つのかを考察することである。とりわけ焦点となるのは、企業のパフォーマンスの改善手段としてのコーポレートガバナンスとは何か、という点である。

社外取締役と企業のパフォーマンス

社外取締役制度の導入をはじめとする取締役会の改革は、株主価値重視の経営を通じて企業パフォーマンスの向上につながるといわれている。果たして、そうなのだろうか。あるいは、社外取締役の存在は、情報上の制約などから、企業パフォーマンスの向上に役立たないのだろうか。取締役会の構成、とりわけ独立性の高い社外取締役の数と企業のパフォーマンスの関係に関しては、すでにアメリカやイギリスの企業を対象に膨大な研究があるが、それらの研究結果はまちまちで、全体としては取締役会の独立性が企業のパフォーマンスの向上につながることを明確に示すとはいえない。たとえば、独立性の高い社外取締役が取締役会の多数を占める企業と、そうでない企業の間でパフォーマンスを比較すると、前者のパフォーマンスが高いことを示す証拠は少ない。では、経営者の交代についてはどうだろうか。独立性の高い取締役会には、企業のパフォーマンスが低下している時に、経営者を速やかに交代させる機能が期待されている。この点については、社外取締役が過半数存在する方が、無能な経営者をより早く交代させることにつながるとの結論もあるが、企業のパフォーマンスがかなり悪化しない限り、社外取締役による経営者の交代機能は働かないなど、あくまで限定的である。むしろ、資本市場によるテークオーバーの圧力の方が、経営者を交代させる役割としては大きい。実証結果から見る限り、アメリカにおいてさえ、独立性の高い社外取締役会が企業のパフォーマンスを向上させるかどうかははっきりしない点が多く、無能な経営者を即座に交代させる機能も思ったほどではない。

取締役のインセンティブ

どうすれば社外取締役制度は機能するのか。ポイントとなるのは、取締役のインセンティブである。引き続き欧米の実証研究によると、出身が社内か社外かに関係なく、取締役の自社株保有比率とパフォーマンスの間には正の相関がある。これは、取締役会制度以外にも、業績連動型報酬制度など金銭的インセンティブがコーポレートガバナンスにとって重要であることを示唆する。法政大学の胥鵬(ショ・ホウ)教授が指摘するように、社外取締役が株主の利害のために自発的に経営陣を監視するインセンティブはそれほど高くない。したがって、取締役にストックオプションに代表される業績連動型報酬を適用することで、取締役と株主の利害を一致させ、経営監視のインセンティブを(社内、社外を問わず)取締役メンバーに与えることが必要だと思われる(胥鵬「ガバナンスを強化する取締役のインセンティブ」DIAMONDハーバードビジネスレビュー、2002年4月号)。

市場競争の重要性

企業の効率性を維持する手段として、生産物市場の競争の役割を忘れてはならない。そもそも、厳しい市場競争によってパフォーマンスの低い企業がおのずと淘汰されていくなら、法律によって定められた企業の監視システムに過度な期待をする必要はない。実際、株主などによるガバナンスとこうした市場競争によるガバナンスの間には代替的な関係が存在することを示す研究もある。この考え方に従えば、取締役会制度や株主による経営の監視が重要な意味を持つ企業とは、市場で厳しい競争に直面していない企業、具体的には規制により保護されている企業や、国際的な競争に直面していない企業など、ということになるだろう。逆に、市場において厳しい競争に直面していれば、取締役会の構成がどのようなものであれ、それが企業のパフォーマンスに大きな影響を与える可能性は低い。

まとめ

今回の法改正のモデルとなった欧米の企業に関する研究から明らかなように、社外取締役の有効性はそれほど自明ではない一方で、コーポレートガバナンスの手段は取締役会の他にも多数存在し、その組み合わせ方も代替的なものから補完的なものまで、さまざまである。取締役会の監視、業績連動報酬、株主による規律、さらには生産物市場の競争など、それぞれの要素がどの程度機能するかは企業によって異なり、どれか1つが常に決定的な役割を果たすわけではない。今回の商法改正で日本企業のコーポレートガバナンスがどう変化するかは現時点では分からないが、一様に取締役会が中心となって経営監視を行うシステムへと収斂していくというよりも、多様なシステムが共存する可能性が高いのではないか。重要なのは、各企業がコーポレートガバナンス面での様々な手段を自由に試しながらも、選択に失敗した企業は市場から速やかに退場する仕組みを検討することである。

2002年3月26日

2002年3月26日掲載

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