自由貿易が日本農業を救う ―「TPPで農業は壊滅」しない―

山下 一仁 上席研究員

農業問題は、WTO交渉にせよFTA交渉にせよ我が国が貿易自由化を推進する際に常に障害となる。TPPへの参加をめぐり、農業界は農業が壊滅すると強硬に反対している。

米に影響が出るとしても加入後7~8年目以降

まず、米、乳製品等については高い関税が存在するが、米を上回る生産規模を持つ野菜・果実の関税は低く、これらは関税を撤廃されても影響を受けない。

米の関税はキログラム当たり341円、60キログラム(1俵)当たりでは、2万460円となる。この関税では、価格ゼロで輸入されたとしても、輸入米は1万4000円程度の国産米価格を大きく上回るので、輸入されない。関税を撤廃しても10年間の段階的な引下げ期間が認められるので、5年後でも1万230円である。タイ米の輸出時点での価格(輸送費、保険料等を含まない)は約3000円なので、5年後の関税でも輸送費や品質格差を考慮すると、日本に輸出できない。この10年間で3割も国内米価が低下したことや今後の国際価格の上昇見込みを考えると、影響が出たとしても7~8年後だろう。競争力を強化するのに、十分な時間がある。

我が国農業保護の特徴

農業問題が貿易交渉で常に問題となるのは、我が国の特異な農業保護のやり方に原因がある。OECDが算定している農業保護(PSE)は、政府が農家に補助金を交付する「財政負担」の部分と、消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家を保護している「消費者負担」(内外価格差に生産量を乗じたもの)の部分の合計である。2006年では、米国が293億ドル、EUは1380億ドル、日本は407億ドル(約4.5兆円)であり、このうち「消費者負担」の部分は、アメリカ17%、EU45%、日本88%(約4.0兆円)である。つまり日本の農業保護はほとんど消費者負担だという特徴があり、国際価格よりも高い国内価格を維持するために多くの品目で200%を超える高関税(米は従価税換算で778%)を設定している。これに対し、米国やEUは価格ではなく直接支払いという補助金で農家を保護しているために高い関税は必要ない。

日本の平均関税率は12%であり、韓国62%やEUよりも低く、農産物については既に解放された国であるという主張がある。しかし、この平均関税率の計算には、米等の高関税品目は含まれていない。100%以上の関税のタリフライン(品目)は169品目で、全農産物のタリフライン1332の12.7%を占めている。

農業生産額に占める財政負担の割合は米国の65%に比べて日本は27%と少ないから日本の農業保護は少ないという主張もある。しかし、これは日本の保護が財政ではなく価格によるものだという特徴を無視している。農家受取額に占める消費者負担も含めた農業保護の割合は、米国15%、EU33%に対し日本は55%(OECD)である。さらに、米国農務省の予算の7割は低所得者層向けのフード・スタンプである。もし、これを計上しているのであれば、財政負担についても農業についての米国の数値は2割を切り、日本より少なくなる。

価格支持か直接支払いか

「価格支持」と「直接支払い」を比較すれば、価格支持は消費者負担、直接支払いは財政負担による農家への支払いである。「消費者負担型」の政策の場合、消費者は、関税がゼロであれば国際価格で購入できたのに、関税があるために高い価格で国産農産物を購入せざるを得ない。しかし、消費者は、この内外価格差に相当する負担を行っていると認識しながら、農産物を購入しているわけではない。これに対し、「財政負担型」の政策は透明性が高く、負担と受益との関係が国民の前に明らかになる。農業界が主張する多面的機能や食料安全保障に国民の支持があるのであれば、国民は財政によって必要な負担を行うことに賛成するはずである。

また、消費者負担による価格支持は、貧しい消費者も等しく負担する逆進的なものであるのに対し、財政負担による直接支払いという手法は、累進課税制度の下では裕福な者が多く負担することになり、公平なものである。

OECDが農業保護のうち消費者負担額として計測した約4.0兆円は、国産農産物に対してのみ消費者が負担している部分である。消費者は関税や課徴金が課されている外国産農産物に対しても内外価格差部分を負担している。国産農産物についての消費者負担を財政負担に置き換えると、外国産農産物に対する負担は財政負担に置き換える必要なく消滅する。財政負担型の政策へ転換すれば、食料品価格は低下し、消費者は大きなメリットを受ける。これはリストラなどで所得が低下し生活に困っている人たちには朗報となろう。

価格支持はすべての農家に広く薄く効果が及ぶのに対し、直接支払いは、受益の対象を真に政策支援が必要な農業者に限定することができる。このように対象を限定することによって、農業保護を従来の消費者負担額より少ない額で財政負担に置き換えることが可能となるばかりか、これによってコストダウンを図ることができれば、必要な財政負担はさらに圧縮することが可能となる。

経済学からも直接支払いが優れていることを示すことができる。図において、農業が持つ多面的機能や食料安全保障を考慮した供給曲線がS′S₀′である場合において、関税も直接支払いもないとき、トータルの余剰は□DFGSに外部経済効果□SS′IGを加えた□DS′IGFとなる。関税によってE点で生産が行われる場合の余剰は、△DES+□SS′HE=□DS′HEである。△EHFが△GIHよりも大きいときには、関税で国内農業を保護するよりも、関税がない自由貿易の方が、余剰が大きくなる。自由貿易の下で、外部経済効果EH=SS′に相当する直接支払いを交付することによって、市場での供給曲線をS′S₀′にシフトさせる場合には、外部経済効果と直接支払いは相殺されるので、総余剰は消費者余剰△DWpF+生産者余剰△WpS′H=□DS′HFとなる。明らかに、直接支払いを交付する場合に、余剰は最大となる。

図:関税か直接支払いか
図:関税か直接支払いか

なお、“貿易転換効果”があるので、FTAは好ましくないという議論がある。しかし、貿易転換効果には、(1)既に関税を払った輸入が行われていること、(2)FTAを結ぶことにより輸出先が「世界で最も安く供給できる国」からFTA締約国へ転換する、という大前提が存在する。しかし、米等の関税化品目については、関税割当量以外で、枠外関税を払って輸入されているものはないので、貿易転換効果はない。さらに、牛肉、小麦、乳製品については、アメリカや豪州、NZは世界で最も安く農産物を供給できる国である。貿易創出効果はあるが、貿易転換効果は生じない。

関税を撤廃して直接支払いを農家に交付することが、消費者の利益にもなり、食料安全保障や多面的機能を維持にもつながる、最も国民の経済厚生水準を高める手段である。

米輸出の可能性

しかし、関税から直接支払いへの移行に農業界は抵抗している。農林水産省はTPPに参加すると8兆5000億円の農業生産額が米の2兆円を含め4兆1000億円ほど減少するという試算を公表した。

この試算には作為的な誇張がある(注1)。最も影響を受ける米については、日本がSBS方式で中国から輸入した米のうち過去最低の価格を、海外の米価として採り、内外価格差は4倍以上なので、米農業はほぼ壊滅するとしている。しかし、中国から輸入した米の価格は10年前の60キログラム当たり3000円から直近の2009年では1万500円へと3.5倍にも上昇している。一方で国産の米価格は1万4000円くらいに低下しており、日中間の米価は接近し、内外価格差は1.4倍以下となっている。

2010年度のSBS輸入枠消化は、20%を切っている。国内米価が低下したので、中国産米、カリフォルニア米に対する需要が減少しているのである。今では、関税なくして国産の米に外国の米は負けている状況である。最近になって農家や農業団体が海外に輸出しはじめていることも、米の内外価格差が縮小している証左である。さらに、減反を止めれば、中国から輸入される米よりも国内価格は下がるので、より多くの輸出が可能となる。

研究者の中には品質の劣る海外の米と日本米の価格を比較するものもいるが、1000万円もするベンツのような高級車とインドのタタ・モータースの30万円の軽自動車を比べるようなものである。同じく4つの車輪がついていても、ベンツはタタ・モータースに脅威を感じない。日本米は、米国や中国の街中で売られているような米ではない。現在、香港では、商社からの卸売価格は、キログラム当たり日本産コシヒカリ380円、カリフォルニア産コシヒカリ240円、中国産コシヒカリ150円、中国産一般ジャポニカ米100円となっている。これが市場の評価ではないだろうか。我が国自動車業界は、ベンツもフォードも輸入しながら、トヨタ、ニッサン、ホンダなどを輸出している。低品質の米が100万トン輸入されたとしても、300万トンの高品質米を輸出すればよい。これが品質に差がある場合の“産業内貿易”である。

柳田國男の農政学

日本農業は米国や豪州に比べて規模が小さいので、コストが高くなり競争できないという主張もなされている(注2)。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU9、米国100、豪州1902となっている。しかし、この議論は、各国が作っている作物、単収、品質の違いを無視している。この主張が正しいのであれば、米国も豪州の19分の1なので、競争できないはずだ。

日本では、規模の大きい農家の米生産費は零細な農家の半分以下である。価格低下によって零細農家が退出すれば、農地を引き取ってさらに規模を拡大することが可能となる。しかも、コストの高さは政策の歪みによって起きている。単収が増加すればコストは下がるが、減反面積が増加し、減反補助金も増えるため、単収向上のための品種改良は行われなくなった。関税がなければ、国内価格を国際価格より高く維持している減反カルテルは維持できない。減反をやめれば、単収が増加するので、もっとコストが低下する。規模拡大と単収増加によって、万邦に冠たる品質の米が価格競争力を持てば、鬼に金棒である。

それでも競争できなければ、米国やEUが行っているような直接支払いを導入すればよい。日本だけが徒手空拳で戦う必要はない。これには膨大な財政負担が必要だという主張があるが、その前提には米のように比較する外国の農産物価格を意図的に低く採っているという問題がある。自由化してどれだけ下がっても政府が直接支払いで補てんすれば良い。その必要が生じた場合においても、兼業農家ではなく農業で生計を立てている一定規模以上の主業農家にのみ直接支払いすれば、財政負担は圧縮できる。

100年前に、農政学者柳田國男は次のように主張して、中農養成策を提言した(注3)。「旧国の農業のとうてい土地広き新国のそれと競争するに堪えずといふことは吾人がひさしく耳にするところなり。―然れども、之に対しては関税保護の外一の策なきかの如く考ふるは誤りなり。―吾人は所謂農事の改良を以て最急の国是と為せる現今の世論に対しては、極力雷同不和せんと欲するものなり。―今の農政家の説はあまりに折衷的なり、農民が輸入貨物の廉価なるが為め難儀するを見れば、保護関税論をするまでの勇気はあれども、保護をすればその間には競争に堪えふるだけの力を養い得るかと言へば、恐らくは之を保障するの確信はなかるべし」

食料安全保障のためにTPPが必要

1993年のEUの穀物価格引き下げは飼料用の需要という新しい需要を取り込んだ。米国からの輸入飼料用穀物を域内穀物で代替したことなどから、穀物消費量は23.5%増加し、膨大に積み上がっていた在庫量は3330万トンから270万トンまで92%も減少した。価格を下げると新しい市場が見えてくる。

これまで農業界が食料安全保障の名の下に高い関税で守ってきた国内市場は、高齢化と人口減少で縮小していく。国内の需要が減少する中で、平時において需要にあわせて生産を行いながら食料危機時に不可欠な農業資源を維持しようとすると、輸出によって海外市場を開発しなければ食料安全保障は確保できない。輸出しようとすると相手国の関税は低い方がよい。また、検疫措置などの非関税障壁も貿易交渉を行うことによって撤廃させていく必要がある。現在中国に輸出できる生鮮農産物はリンゴとナシくらいで、米も1つの精米工場で精米されたものしか輸出できない。農林水産省、経済産業省、JETROの協力のもと、内閣府に米国農務省海外農業局のような行政機関を設置し、各国の関税、非関税障壁の調査、これらの情報の民間企業(中小企業を含む)への提供、関税、非関税障壁撤廃のための交渉を担わせてはどうだろうか。輸出専門農協を作ってもよい。農業界こそ市場確保のため輸出振興につながるTPPや貿易自由化交渉に積極的に対応すべきである。人口減少時代には、自由貿易のもとで輸出することが食料安全保障の基礎となるのである。

「農業と経済」2011年5月号に掲載

脚注
  1. 詳しくは、山下一仁 [2011]「反TPP論の問題点」キヤノングローバル戦略研究所参照。
  2. 詳しくは、山下一仁 [2010]「農業ビッグバンの経済学」88~95頁参照
  3. 柳田國男 [1904]「中農養成策」

2011年4月15日掲載

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