Special Report

農業者が減少して食料危機が起きる? NHKスペシャルの矛盾と疑問

山下 一仁
上席研究員(特任)

日本人は農業や農村から離れすぎた

われわれは、農業、農家、農村を知らない。

標準的なコメ作には年間27日しかかからない。田植えは機械がやってくれる。50年前までは農村のいたるところで見かけた腰の曲がったおばあさんはもういない。まして“おしん”など、どこにもいない。それなのに、われわれは、いまだにコメ作は手間のかかる重労働だと思っている。

2022年エサの穀物価格が上昇して酪農経営が苦しいと報道されている。しかし、酪農家の平均所得は2014年に1千万円を超え、2015年から2020年まで1,600万円を上回り、2021年でも1,300万円だったこと(注1)は報道されない。この間に稼いだ巨額の利益は、どこにいったのだろうか?農業の中では最も低いコメ作農家の所得でさえも国民平均を上回る。1960年代に貧農層は消滅した。しかし、われわれは、農家は貧しくかわいそうだと思っている。

1970年の農村集落では、農家比率が7割を超える集落が63.4%だった。今は農家比率が3割以下の集落が68.7%である(農林水産省「農林業センサス」2020年)。農村で農家はマイノリティーになっている。しかし、地方に住んでいる人でさえもこれを知らない。昼間の農村に会社勤めのスーツを着たサラリーマンはいないからだ。

農から離れて久しいわれわれは、古い農業、農家、農村のイメージしか持っていない。われわれは、農林水産省やJA農協にウソをつかれても分からない。農業界はこれを利用する。農業の世界はフェイクニュースを作りやすい。フェイクニュースであふれていると言ってもよい。こうして、所得が4百万円をわずかに超えるだけの国民が、税金を払って、6年連続して1,600万円の所得があった酪農家の損失補てんを行っているという信じ難い状況が生まれる。

NHKスペシャルのフェイクニュース

2023年11月26日のNHKスペシャルは「シリーズ 食の“防衛線” 第一回 主食コメ・忍び寄る危機」と題して、農業収益の減少や高齢化による農業労働力の減少によって2040年にはコメの生産が需要を賄えないほど大幅に低下すると主張した。これは、農業問題の実態を知らないNHKのプロデューサーたちが作ったフェイクニュースである。しかし、農業や農村から離れて久しい多くの視聴者の人は、これを信じてしまう。知識がないので簡単にだまされてしまうのである。しかも、内容に大きな矛盾がある上、コメ政策の根本的な問題から国民の目をそらしている。

こうした報道に接するのは2回目である。2023年9月18日付けの日本経済新聞『農家が8割減る日 「主食イモ」覚悟ある?』は、2050年まで国内の農業人口が8割も減少し、生産が激減するので、国民に必要なカロリーを供給するにはイモを主食にしなければならないと主張した。この記事は、2050年にかけて、農家経営体数は84%減少し、農業生産額は52%減少するという三菱総合研究所マンスリーレビュー2022年12月号の「2050年の国内農業生産を半減させないために」を基にしているようだ。

NHKスペシャルでも、2040年にはコメの生産量は351万トンで156万トン不足するという三菱総合研究所の試算を紹介している。日本経済新聞の記事等については、元日本銀行政策委員会審議委員の原田泰氏が、次のように批判している(『農家が8割減って「イモが主食」は本当?→むしろ日本の農業に好都合なワケ』2023年10月2日付けダイヤモンドオンライン)。

「販売金額の少ないところでは多くの経営体があり、販売金額の多いところでは経営体数は少ない。農産物の販売は、金額の多い経営体に集中している。数でいうと11.8%の経営体が、販売額の77.8%を占めている。すなわち、経営体が9割減っても、8割の生産物を維持できる。」また、規模の大きい層の生産は拡大しており、小さな経営体が廃業しても規模の大きい層が農地を吸収するので供給には心配はないとする。

その通りである。農業労働が半減したからといって、農業生産も半減すると考えるのは誤りなのだ。農業を専門にする私が指摘しなければならないことを原田泰氏に指摘していただいたようである。実際にも規模が比較的大きい5ヘクタール以上層が耕作する田の面積シェアは2015年の42.9%から2020年には53.1%に増加している。農地は規模の小さい層から大きな層に移動している。日本経済新聞の記者も三菱総合研究所の担当者も農業についてはアマチュアなのだ。

本来なら、農業に詳しいはずの農業経済学者が批判しなければならないのだが、農業村という既得権グループに漬かっている彼らにとって、国民がウソを信じてくれた方が有り難い。

日本経済新聞や三菱総合研究所の間違いは、次のグラフから一目瞭然だろう。農業生産額は農業就業者ほど減っていない。ということは、1人あたりの生産額は大幅に上昇していることを示している。

農業総産出額と農業従事者数の推移(1995=100)
農業総産出額と農業従事者数の推移(1995=100)
出所:農業総産出額は農林水産省「生産農業所得統計」、農業従事者数は農林水産省「農林業センサス」、「農業構造動態調査」

NHKスペシャルの言いたかったことは?

NHKスペシャルの前提は完全に間違っているのである。それだけではない。冒頭に述べたように、大きな矛盾と国民が知らなければならないのに隠されている問題がある。

まず、NHKスペシャルの概要を紹介しよう。

コメは国民へのカロリー供給(供給熱量)の2割を占めている重要な食料であることを強調した上で、収益の低下や高齢化で、農地の耕作放棄が増えていると指摘する。外国からの労働力に頼ろうとしても欧州の方が日本より賃金が高いので日本に来てくれなくなっている。農家に高い米価を保証していた食糧管理制度が1995年に廃止されてから米価は大幅に低下している。規模を拡大すると10ヘクタールまではコストは低下するが、それ以上になるとコスト削減は頭打ちとなる。スイスでは農業保護を憲法で規定している。日本でも、いくつかの地方で、農家に高い価格を払って有機栽培米を学校給食で供給しようとする動きがある。さらに、農家と消費者が対話する“自給圏”という考えを紹介している。

NHKスペシャルは、農業保護を高めなくてはならないと主張したいようだ。これは、農業界が食料自給率を問題視するときと同じ構図である。食料自給率が38%で海外に6割以上を依存していると言われると、国民は農業保護を増加しなければならないと思ってくれる。しかし、食料自給率が5割、6割と上昇していくと、農業予算は必要ないのではないかと言われるので、農業界は食料自給率を上げようとはしない。2020年に閣議決定された40%から45%への食料自給率向上目標は4分の1世紀近くたっても上がるどころか下がっている。それなのに、責任をとった農林水産省の官僚はいない。今回も、労働が足りなくて危機が起きると言うと、国民は農業労働増加の施策が必要だと思ってくれると考えているのだろう。

食料自給率向上や国消国産を唱えるJA農協とNHKは親密である。一緒に、日本農業賞や食料フォーラムを開催している。このNHKスペシャルの番組にもJA農協の関係者は多く登場しているし、最後に登場した鈴木宣弘氏は東京大学農学部教授でありながら長年JA農協の研究所長を兼務していた。

農家戸数を減少させて農家の規模拡大を図るという構造改革に反対し、小さな農家も含めて農家を丸抱えしようとするのもJA農協の主張である。農家が多いほど政治力を発揮できるし、特に兼業農家はサラリーマン収入をJA農協の口座に振り込んでくれるからだ。“自給圏”はJA農協の国消国産を想起させる。農業者の減少を問題視するNHKスペシャルの後ろに誰がいるのか、勘ぐってしまう。このNHKスペシャルは農業について知識のないNHKの番組制作者が考えたものではないかもしれない。

なお、有機栽培のコメ生産は全体の0.1%に過ぎない。手間暇かける農業ができない兼業農家主体のコメ農業で有機栽培のコメ生産が拡大するとは思われない。消費者と生産者の対話を行う自給圏が必要というが、3,700万人の東京都市圏の自給圏とはどのようなものなのだろうか? NHKスペシャルの番組制作者に教えてもらいたい。

コメ作に多くの労働は不要

農業を議論する人たちに共通の問題がある。製造業には、自動車産業、繊維産業、鉄鋼業、セメント工業など、異なる業種がある。工場で生産される点で共通するところがあるとしても、自動車とセメントを同じように議論する人はいないだろう。農業も同じである。土地を多く使用するコメや小麦などの農業と土地よりも労働が必要な野菜や果樹などの農業は、生産も経営もまったく異なる。自然や生物を相手にするという点で共通しているだけである。さまざまな農業があるのに、国民の多くは、農業は全て同じだと考えてしまうのである。

確かに、イチゴやブドウ農家は多くの労働を必要とする。コロナで外国人研修生がいなくなって悲鳴を上げたのは、彼らである。しかし、NHKスペシャルが対象に上げたコメは違う。機械化の進展で、都府県では標準的な1ヘクタール規模のコメ作なら、年間27日働くだけで十分である(2020年)。

10a当たり労働時間/年
10a当たり労働時間/年
出所〉農林水産省『農業経営統計調査』

確かに1951年では、年間251日の労働が必要だった。米と書いて八十八手間がかかると言われた時代だった。しかし、機械化が進み、今のコメ作りなら、平日会社勤めをするサラリーマンが週末田んぼに出るだけですむ。コメは最も手間暇のかからない農業なのだ。さらに規模が大きくなると、面積あたりの労働時間はいっそう減少する。

なお、野菜農家によって次のような本が出版させている。久松達央著『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』2022年 (光文社新書)。私は、農業者が書いた最も優れた農業論の1つだと思う。NHKの取材先は適切ではなかったようだ。

コメ作の収益向上のためには農家をもっと減らすべき

今の農家が高齢化して農業の跡継ぎがいなくなって農家人口は減少すると言う。また、耕作放棄して農地がなくなっていくと言う。これは農業収益が低いからである。解決するには、農業収益を高めればよい。

2014年に出された“増田レポート”は、人口減少でかなりの市町村が消滅するというショッキングな内容だった。秋田県は秋田市も含め1つの村を除いて壊滅するとした。その1つの村というのは、全戸農家で、しかもほとんどがコメ農家の大潟村である。1戸あたりの規模はほぼ20ヘクタール。都府県の平均的な規模の20倍である。コメのような土地利用型農業では、次の図のように、規模が拡大すると大型機械で効率的に作業・生産できるので、コストは下がる。所得は売り上げからコストを引いたものなので、規模拡大によって所得は増加する。大潟村の1戸あたりコメ所得は1,400万円である。子供たちは東京の大学に進んでも必ず村に戻る。全戸後継者がいるので、村は消滅しない。ただし、今の大潟村の悩みは、周辺には100ヘクタール規模の農家が多数出現しているのに、大潟村では農家が減らないので、これ以上規模が拡大しないことである。

コメの規模別生産費・所得(2018)

都府県の平均的な農家である1ha未満の農家が農業から得ている所得は、ゼロかマイナスである。ゼロのコメ作所得に、20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロだ。しかし、30haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1,600万円の所得を稼いでくれる。これをみんなで分け合った方が、集落全体のためになる。

農地面積が一定で、1戸あたりの農家規模を拡大するということは、農家戸数を減少させるということである。特に、コメ作には規模の小さい非効率な兼業農家が多すぎる。農家の8割がコメを作っているが、農業生産に占めるコメの割合は2割に満たない。農業で生計を立てている主業農家は9%に過ぎない。充実したコメ農業を実現しようとすると、NHKスペシャルの主張とは逆に、コメ農家戸数をもっと減少させなければならないのだ。

各種農業の主業、准主業、副業農家別の構成比(2019年)
各種農業の主業、准主業、副業農家別の構成比(2019年)
(注)主業農家とは、農業所得が主(農家所得の50%以上が農業所得)で、65歳未満の農業従事60日以上の者がいる農家。準主業農家とは、農外所得が主で、65歳未満の農業従事60日以上の者がいる農家。副業的農家とは、65歳未満の農業従事60日以上の者がいない農家。
出典:農林水産省「農業構造動態調査」より作成

大家への家賃が、ビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地に払われる地代は、地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備に当たる農地や水路の維持管理の作業を行う。地主には地主の役割がある。

健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃でビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退するしかない。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

NHKスペシャルの大きな矛盾

NHKスペシャルは、米価(60キログラムあたり)は、1995年まで食糧管理制度で政府がコメを買い入れていた時代の21,000円から年々低下し、今では14,000円になっていると指摘している。農業保護が少なくなって農業収益が落ちたので、農業者数が減少し、耕作放棄が増えたのだと言いたいのだろう。

しかし、農業収益を上げるために農業保護を高めるというのは安直な方法である。米価を上げれば消費者が、補助金を上げれば納税者が負担する。つまり、国民の負担増加に跳ね返るのである。国民負担を高めることなく、規模拡大でコストを下げて農業収益を上げるという王道は、NHKスペシャルでは検討もされないようだ。JA農協が嫌うからだろう。

それだけではない。少しでも経済の勉強をした人なら、需要が高まれば価格は上がり、供給が増えれば価格は下がることを知っている。農業就業者数が減少して供給が不足しているのであれば、米価は傾向的に上昇しているはずなのに、NHKスペシャルが指摘しているように、その逆である。米価が下がってきたということは、(農業就業者数は減少しているにもかかわらず、)供給が需要を上回って推移したということである。

将来農業就業者数が減少しても、コメの供給に心配はいらない。NHKスペシャルが多数の関係者を登場させて一生懸命指摘しようとした問題は、そもそも存在しないのだ。NHK報道局経済部の人たちは、中学校の公民の教科書を読み返した方がよい。

NHKが指摘しない根本的な問題

これまでも、将来も、供給は需要を上回り続ける。だから、米価の低下をできる限り抑えるため、補助金で供給を減らして米価を市場で決まる価格よりも高くする減反(生産調整)政策を50年以上も続けているのだ。供給が需要より少ないなら減反は不要である。こんな単純なことをNHKスペシャルの番組制作者は理解できなかったのだろうか?

安倍政権が減反廃止といったのはフェイクニュースだ。国から生産者までの生産目標数量の配分を止めただけだ。減反補助金は拡充・増額されている。今や減反は水田面積の4割にも及ぶ。NHKスペシャルに出演したJA農協関係者の発言とは異なり、JA農協は懸命になって減反=コメの生産減少の音頭をとってきている。

減反を止めて、水田全てにカリフォルニア米並みの収量のコメを作付けすれば、コメの生産は今の670万トンから1,700万トンまで拡大する。国内で消費しないコメは輸出する。小麦等の輸入が途絶する際は、輸出していたコメを食べればよい。併せて二毛作を復活させて麦生産を増やせば、食料自給率は70%まで上がる。正しい政策は減反の廃止である。

1960年から世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割も減少した。農業界は、食料危機の際に最も頼りになるコメの生産を毎年3千5百億円もの減反補助金を出して減らしてきたのだ。減反を廃止すれば、コメの生産が拡大するうえ3千5百億円の国民負担がなくなる。輸出はいざというときの無償の備蓄の役割を果たすので、現在100万トンのコメ備蓄にかけている5百億円の財政負担も不要になる。併せて4千億円の国民負担の軽減である。

NHKスペシャルはスイスの農業保護政策を紹介していたが、OECDによると、日本の農業保護(農家受取額に占める農業保護の割合、%PSE)は、EUや中国の2倍以上、米国の4倍以上である(2020~2022年)。食料安全保障のためだと言われて、国民は高い関税を負担して国産農産物だけでなく輸入農産物にも高い価格を支払ってきた。この消費者としての負担は4兆円を超える上、国民は納税者として農業保護のために2兆円ほどの財政負担を行っている。

減反補助金を負担する納税者、高米価を強いられる貧しい消費者、取扱量減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家が滞留して規模拡大できなかった主業農家、なにより輸入途絶時に十分な食料を供給されない国民、一部の既得権者を除いて、全てが農政の犠牲者だ。

では、誰のために? 減反政策で米価を市場で決まる価格よりも高くして、零細な兼業農家を温存・滞留させることで、誰が利益を受けるのだろうか?JA農協は、銀行以外の業務を行える日本で唯一の法人である。銀行事業で2千349億円、保険事業で1千323億円、これで272億円の農業部門、255億円の生活事業部門の赤字を補てんしている(2021年農林水産省「総合農協統計表」)。米価を上げることで滞留した零細な兼業農家のサラリーマン収入や農地を宅地等に転用した膨大な売却益はJAバンクに預金され、JAは、預金額100兆円を超える日本トップレベルの銀行となった。JA(全国機関の農林中央金庫)はそれをウォール街で運用して巨額の利益を得た。米価が下がり零細兼業農家が農業を止めて組合員でなくなれば、こうした利益はなくなる。減反による高米価はJAのためである。

台湾有事でシーレーンが破壊され、輸入が途絶すると、小麦から作られるパンも輸入飼料の加工品である国産の牛乳、肉、卵も食べられなくなる。戦後のコメしか食べられない生活を余儀なくされる。終戦時の1人1日あたりの配給量2合3勺を供給するには、年間1,600万トンのコメが要る。それでも、1日に必要な1,900~2,000キロカロリーのうち1,150キロカロリーしか供給できない。それなのに、減反で今はピーク時(1967年)の1,445万トンの半分の670万トンしか、JA農協は作らせない。食料危機が起こって半年後には、国民全員が餓死する。

NHKが国民のための公共放送なら、問題提起をするのは、農業村の政策が招いているこの種の食料危機ではないだろうか? 国民の知らないところで、農業村という既得権者たちによって、国民の生命を脅かす政策が実行されていることに、公共放送は警鐘を鳴らすべきではないだろうか?

NHKスペシャルは農地の耕作放棄が問題だとするが、農家以外の出身の若者が友人たちから出資を募ってベンチャー株式会社を設立し、農地を取得して農業を行うことを農地法は認めていない。農地法が農業の後継者を農家以外から求めることを禁じているのだ。

JA農協は、株式会社は農地を転用して利益を得るとして株式会社の農地取得に反対する。しかし、農地面積は1961年に609万haに達し、その後公共事業などで約160万haを新たに造成した。770万haほどあるはずなのに、430万haしかない。日本国民は、造成した面積の倍以上、現在の水田面積234万haを凌駕する340万haを、半分は転用、半分は耕作放棄で喪失した。膨大な農地を転用して莫大な利益を得たのは農家だし、その利益をウォール街で運用したのはJA農協である。農業村は自分たちの利権を株式会社に奪われたくないのだ。

建前として、農業界は農地の確保が重要だと言う。しかし、農地の転用規制をJA農協が真剣に要請したことはない。要請したのは、地方の商工会議所の人たちだ。市街地の郊外にある農地が転用され、そこに大型店舗が出店し、客を奪われた地元商店街は「シャッター通り化」したからだ。農家・農協が栄えて地方が衰退した。

そのJAの利益を守る農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法に違反してないだろうか? 減反の問題や真の食料危機を指摘できない公共放送も同じなのだろうか? 国の機関も公共放送も国民の利益から離れて、一部の既得権階層を擁護するための行政や報道をしてはならないのではないだろうか? われわれがウソを教えられるために受信料を払っているとすれば、受信料の支払い拒否にも正当な理由があるかもしれない。

最後に、私の農林水産省の大先輩であり、農商務省最初の法学士である柳田國男の主張を農林水産省の人たちに贈りたい。共感する人もいるはずだ。

「一国の経済政策は此等階級の利益争闘よりは常に超然独立して、別に自ら決するの根拠を有せざるべからず、何とならば国民の過半数若しくは国民中の雄略なる階級の希望の集合は決して国家夫自身の希望すべきものなりという能はざればなり、語を代えて言はば、私益の総計は即ち公益には非ざればなり、極端なる場合を想像すれば、仮令一時代の国民が全数を挙りて希望する事柄なりとも、必ずしも之を以て直に国の政策とは為すべからず、何とならば、国家が其存立に因りて代表し、且つ利益を防衛すべき人民は、現時に生存するものゝみには非ず、後世万々年の間に出産すべき国民も亦之と共に集合して国家を構成するものなればなり。現在国民の利益は或は未来の住民の為に損害とならざること保せず、所謂国益国是が国民を離れて存するものに非ざることは勿論なれども一部一階級の利害は国の利害とは全く拠を異にするものなり、此点は農業政策に付ては特に注意を必要とす。」(定本柳田國男集第28巻195~196頁)

脚注
  1. ^ 2014年~2020年は 農林水産省畜産局「畜産の動向」(令和5年5月)より。所得は1経営体当たり(家族経営)で、「粗収益」から「生産費総額から家族労働費、自己資本利子、自作地地代を控除した額」を引いたもの。2021年は、この算出方法に従い農林水産省「令和3年畜産物生産費」から算出。

2023年12月8日掲載

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