官の再設計研究報告 企業統治 政府にも応用を

深尾 光洋
RIETIファカルティフェロー

企業統治の仕組みを政府に応用すれば、政府はさらに効率化できる。具体的には(1)公会計を厳格にし、住民監査請求を国の機関へ導入する(2)日銀も含め特殊法人が取締役会方式を採用する(3)効率化が急務の医療や年金の仕組みを再検討する――などを提言する。

不十分だった今までの監視

小泉純一郎内閣以来、「小さな政府」がキャッチフレーズとなってきたが、本来問われるべきは政府の大きさではなく、政府をいかにうまく機能させるかだ。日本経済研究センターでは、政府のあり方を(1)官製談合などの不正を絶つ仕組みの構築(2)医療・年金などの分野での「国民の安心」を維持しながらの効率化――などの点から検討した。「官の再設計」研究の一部を紹介する。

官の不正はどうしたら減らせるのか。政府に統治(ガバナンス)がないわけではない。議員には国民が選挙という形で目を光らせている。選挙以外にも、地方自治体に対しては住民訴訟制度があり、近年強化されてきている。国や自治体の予算、決算は公表され、議会がチェックする。自治体には監査委員、国には会計検査院が置かれ、不正や予算執行の無駄を監視している。

しかし政府のガバナンス体制は、まだまだ不十分である。チェックが弱いのは、政府サービスでは、市場取引のように負担と受益が見合っていないためだ。

消費者が商品サービスを購入する場合は、代金と内容を見比べ厳しく評価する。これに対して、警察や消防、学校、道路サービス、公的医療保険などでは、受益者は費用を全く負担しないか、部分的な負担しかしない。大部分の費用は、税や社会保険料などの形で「国民全体」が負担する。このため、個々のサービス内容や費用に対するチェックが甘くなる。これが、監査役として議会が置かれている理由である。

しかし、歴史的にみると議会による監視は弱まっている。明治憲法時代の初期に高額納税者だけが選挙権を持っていたころには、帝国議会は政府に対して厳しく支出削減と税の軽減を迫った。しかし普通選挙になってから、議会は支出拡大を容認する傾向が高まった。

公会計厳しくし国にも監査請求

企業統治(コーポレートガバナンス)に学べば、官の統治は締め直す余地が大きい。企業統治の仕組みは、経営陣の不正や失敗などに対応するため長い歴史を経て作り込まれたものだからだ。

市長や知事などの首長選挙は、企業の敵対的買収に似た面がある。経営内容が悪く株価が低迷している企業は、経営改善の方法を株主に提案しながら株式を買い集めることで、株主総会の議決権の過半を握ることが可能になる。同様に、自治体の運営が非効率で、住民のニーズに合ったサービスが低コストで供給されていない場合には、行政の転換を提案しながら首長選挙に立候補することで政治の転換を図ることが可能である。

しかし、具体的な政策提案による政権交代のチャレンジを可能にするためには、行政コストの開示が不可欠である。企業の「セグメント情報」にならった行政分野別コスト開示、不動産の含み損、公営企業や第三セクターなどを連結した財務諸表などの開示が必要である。またその場合、企業会計原則並みの厳格な評価基準を適用すべきである。

例えば、会社の取締役が自分の再就職のために、取引先から不当に高い価格で資材を調達すればどうなるか。背任として株主代表訴訟の対象になる。この取引が取締役会で承認されていれば、取締役会で反対しなかった取締役も損害賠償責任を負うことになる。

こうした株主代表訴訟に相当する制度として、自治体には住民監査請求と住民訴訟の制度があり、官の不正に対する一定のチェック機能を果たしてきた。しかし不思議なことに、国にはこれに対応する制度が存在しない。自治体が談合企業に対して損害賠償を請求してきた背景には、住民監査請求制度の存在が大きいと言われている。国の機関にも地方自治法と同様の住民監査請求制度を導入すべきではないか。

不正を知った国民は誰でも、会計検査院か独立した外部監査人に対する監査請求を行い、会計検査院や外部監査人の対応に不服があれば、不正を行った役人に対する責任追及の住民訴訟を起こせるようにするのである。

取締役会方式 日銀にも有効

政府機関にも、会社組織の設計原理を導入することで、経営規律を改善できる余地がある。政府系金融機関のトップである総裁は政府の任命であり、理事は総裁が任命する単なる補佐役である。このため、理事会は存在しても総裁を監視しない点で取締役会と全く異なる。政府は理事を任命し総裁は互選で選任することにし、理事に対して監督責任を課すべきだ。さらに役員を住民訴訟制度の対象にすれば、官製談合などに対する大きな抑止効果が期待できるだろう。

同じく特殊法人である日銀でも、トップである総裁は政府の任命である。日銀の政策委員会は合議制で政府系金融機関の理事会とは異なるが、政策委員会も総裁を罷免することはできない。総裁の政策運営や内部管理などに問題が生じても、刑事罰を受けたり、心身に深刻な故障を負わない限り、政府は罷免できない。組織の作り方としては、株式会社の方が優れているように思われる。

日銀には、ほかにも効率化の余地がある。たとえば、交通通信事情の悪かった時代に作られた支店網の大幅な縮小、10万円券の導入による銀行券発行・流通コストの大幅削減、銀行保有現金の準備預金額算入による銀行券移動の削減と鑑査コスト縮小などである。

医療・年金には新たにルールを

民間企業の発想を導入する一方で、自由だった部分に新たなルールを設けることも考えるべきだ。一例が医療である。

日本の医療制度は日本人が考えている以上に優れている。日本ほど全国民に医療を平等に保障し、しかもこれを低コストで実現している国はない。ただし患者の外来受診頻度が先進国で飛びぬけて高い。病院が混雑し、医師が軽症患者の対応に忙殺されるとの非効率がある。

そこで外来医療に「かかりつけ医」制度の導入を提案したい。これは住民が地域の医師や医師グループの中からかかりつけ医を選び、日常はその医師に相談し、必要に応じ専門医や専門病院を紹介するもので、多くの先進国が採用している。かかりつけ医の交通整理により、患者が有名大病院へ押しかける状況が是正される。

ただし、これは患者の権利を部分的に制限し、「誰でもいつでもどこでも」という日本が誇る自由受診制が崩れ、反対が予想される。反発緩和のために、従来の自由性とかかりつけ医制の二者択一制とし、住民に選んでもらってはどうか。

自由受診制を選ぶなら、従来どおり患者自己負担率3割を適用し、かかりつけ医にかかるなら1人いくらとして(人頭払い)、公的保険から全額支給、外来受診の患者負担をゼロとする。患者は薬剤費だけを負担する(上限あり)。出来高払い制よりも人頭払い制のほうが医療費を節約できることが国際比較研究でも検証されている。

年金制度も再設計が必要だ。2004年に給付額上昇を物価以下に抑える「マクロ経済スライド」が導入され、制度の維持が容易になるはずだったが、昨年末発表の新人口推計が高齢化の加速を見込んだことから、楽観できなくなった。また、実際の給付水準をみると、高齢者の中には生活保護水準をかなり下回るような低年金者が少なくない。加えて、国民年金の加入率低下から将来の無年金者増大も予想されるなど、「安心」を手にできない層も多い。

年金改革の概念図こうした状況の抜本的解決のため、最低保障年金を提案したい(図)。現在の基礎年金に代え、約9割を消費税などで賄う定額の年金を全高齢者に支給する制度だ。支給額は現在の基礎年金満額(年間79万円)を想定している。これが新しい一階部分となる。

二階部分の被用者年金は存続するので、働く意欲をそぐことはない。二階部分で100万円以上を受給する人を高所得とみなし、最低保障年金の一部を減額する仕組みとすればバラマキ型給付に陥ることもない。

導入時には3.1%程度の消費税率上げが必要で、将来の上げ幅は最大で6.3%(40年)と見込まれる。勤労世代にとっては、国民年金保険料がゼロになる、厚生年金保険料のうち基礎年金への拠出分が大幅にカットできるなど社会保険料負担の軽減効果がある。

2007年2月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年2月22日掲載

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