読み誤った時価会計の導入時期

藤原 美喜子 RIETI客員研究員

持ち合い株式への時価会計導入が、銀行と日本経済を苦しめている。仏・独はまだ簿価を採用している。果たして急ぐ必要があったのか。

2001年9月から導入された持ち合い株式への時価会計の導入により、株価が下落するたびに大手行の保有株の含み損は増大する。

02年3月末の大手行保有株の含み損は1.3兆円。今年3月末の日経平均は8000円の大台を割り込んだため、含み損は6兆円近くに達したと言われている。銀行と企業の持ち合い解消による株式売却は年間を通して継続的に行われているため、株価の下落は今後も続くだろう。簿価ベースで44兆円あったといわれている銀行の持ち合い株式保有額は、株価の下落と毎年3兆円に及ぶ保有株の売却の結果、02年3月末には25兆円までに減少した(しかし、依然として中核的自己資本を8.3兆円上回っている)。

銀行の売り越し額は、3年連続で1兆円を超えた。持ち合い株式に時価が適用される限り、銀行は今後も保有株の売却を続けざるをえない。企業にとっても、持ち合い株式の評価損は深刻な問題である。

4月初め、三菱電機は連結最終損益を250億円の黒字から140億円の赤字に下方修正した。その際、保有株式の評価損500億円のうち金融株が9割を占めることも明らかにした。商法改正によって、今年4月から株主総会での特別決議事項に関しての定足数が過半数から3分の1に変更された。今後、上場企業は持ち合い株式の大部分を占める銀行株を積極的に売却してくることが予想される。銀行株は続落しているが、底入れを予想する声は少ない。

政府に焦りがあった

日本企業の会計情報に対する不信感を払拭するため、政府は1998年、金融商品への全面時価会計導入を決定。この結果、01年9月から有価証券は目的に応じて、(1)売買目的の有価証券、(2)満期保有目的の債券、(3)子会社及び関連会社株式、(4)その他の有価証券――に分類され、(1)と(4)に時価が適用されることとなった。

持ち合い株式は(4)のその他の有価証券に分類され、時価評価の対象となった。この会計ルールの変更により、銀行及び企業の経営者は9月と3月の決算期に本業とは別の、株価という頭痛の種を抱えるようになった。その理由は株価次第で持ち合い株式からの多額の評価損が生まれ、それにより企業収益が大きく左右されるようになったからである。

証券・金融市場のグローバル化に伴い、各国で異なる会計基準を国際会計基準の下で統一していく方向性は正しい。売買目的の金融商品に時価会計を導入するのも正しい。

しかし、時価会計の導入時期と、売買を目的としていない長期保有の有価証券に対する時価導入には、慎重さが欠如していたようだ。

時価会計主義は、大昔からあったわけではない。80年代前半、英国は高インフレに見舞われ、資産額を物価に合わせて再評価する会計方法「インフレ会計論」を唱える会計学者たちは、英国の会計学会を二分した。当時、英国の大学院でファイナンスを専攻していた筆者にとり、会計学は必修科目の1つであった。時価会計のグローバル化はその後、ユーロ市場の拡大化と、英国のインフレ会計の流れをくむ会計士、学者、かつ会計理論を同じくする英連邦の国々が中心となり広がっていった。

時価会計主義は、その会計理念に大きな欠陥を抱えている。好景気で株や不動産が上昇している限り、時価会計は資産価値を増やし、時価会計導入企業に対し有利なフェア・バリューを見せ続ける(例=インフレ率10%の下では、時価会計は資産価値を増やしていく)。しかし、長期的デフレ経済下では、企業の財務諸表をますます悪化させる。

バブル崩壊後00年度までに、日本の土地・株式の総額は1500兆円下落した。つまりGDPの3年分の資産が失われたことになる。土地総額はいまだに毎年70兆~80兆円下落している。この100年に1度といわれる深刻なデフレ不況下で持ち合い株式への時価会計の導入が決定されたのである。

なぜ日本公認会計士協会と政府は、持ち合い株式に対する時価会計導入の時期を誤ってしまったのだろうか。理由を4つ挙げてみたい。

(1)会計のグローバル化の流れに「遅れてはいけない」という気持ちが先走り、会計の理念を関係者と十分に議論せずに導入時期を決めてしまった。公認会計士は企業の経営者ではない。デフレ不況下での時価会計導入のツケの大きさを厳密に把握せずに、会計ビッグバンに突入してしまったようだ。

(2)日本公認会計士協会は、国際交渉に慣れていなかった。

(3)持ち合い株式に関しての監督官庁がなかった。官僚は会計学に疎い(リースへの国際会計基準の導入を見送ったが、持ち合い株式に関しては見送らなかった)。持ち合い解消売りの株式を誰に購入してもらうかに関する戦略が欠如していた。

(4)株の持ち合いを奨励しているドイツ・フランスとの連携を試みなかった。その結果、ドイツ・フランスは持ち合い株式に時価会計を導入せず、日本だけが導入してしまった。

時価会計凍結は可能か

日・米・欧ともに、売買目的の有価証券には時価が適用される。これは正しい。米国会計基準は、売買目的の有価証券の定義を「短期間の価格差に基づいて利益を生み出すことを目的とするもの」としている。日本の場合は、有価証券の期間に関しての明記はない。米国では銀行の株式保有を禁止しているが、フランスやドイツでは株の持ち合いが行われている。フランス・ドイツでは「売買目的でない長期保有目的の持ち合い株式に時価会計を導入するのは誤り」といまだに簿価を使い続けている。

日本の株式持ち合いは、売買を目的にした投資ではない。短期保有目的の有価証券でもない。持ち合い株式は、市場性の高い金融商品ではあるが、時価の変動で保有の増減を決める類の金融商品ではなく、政策投資である。実際に持ち合い解消売りの場合、市場価格を使わずに相対で取引されることが多い。今から時価会計を凍結し、簿価に戻ることは可能だろうか。答えは「ノー」である。簿価に戻ることは日本の財務諸表に対する投資家の不信感を高めるからだ。その上、取得原価に戻る場合、システム対応についてのコストも考慮しなければならない。また、02年度末の会計数字まで遡及すべきかどうかについても議論しなければならない。

決算のやり直しは現実的に可能だろうか。法人税の額も異なってくるだろう。パブリック・オピニオンに基づいて導入してしまった会計基準を元に戻すことは簡単ではない。銀行の財務内容が悪化している現在、取得原価法に戻したところで、株価が上昇していくとは考えづらい。

98年の金融商品への全面時価会計導入決定以来、年度末には金融危機説が流れ、株が売られ、与党や金融庁が金融対策を取りまとめ発表するのが慣例になってきている。3月24日に与党3党が発表した緊急金融対策の中には、持ち合い株式に対する時価評価の見直しも盛り込まれた。

時価会計の選択性は、銀行より生保の決算を意識しての提案であるようだ。主要生保は日本生命を除き、今年の決算で有価証券の評価損を2兆円近く抱えたようだ。生保の中には、評価損が大きく、また剰余金が枯渇しているため、契約者向けの配当ができないところも出てくるかもしれないとの噂が後を絶たない。

株安による財務内容の劣化は、生保の本業である個人保険の販売を一層悪化させている。長期保有の株式を原価法で評価することにより、評価損を減らす試みなのかもしれない。

しかし、年度末の株価低迷の時期に会計基準の変更の提案をするのは期末対策的に取られ、日本の会計に対する信用を国際的に失墜させてしまうリスクがある。株価が下落している大きな原因の1つは持ち合いに対する時価評価導入であるが、政治の圧力で一時的に会計基準を変更することは、最も好ましくない選択に思えてならない。

自民党は4月2日、時価会計制度の凍結法案を議員立法として国会に提出する方針を決めた。しかし仮に法案が成立し合法的に簿価を選択しても、その企業はマスコミの餌食になるだけでなく、信用を失い逆効果となるだけだ。

日銀は3月25日、銀行保有株の購入枠を現行の2兆円から3兆円に拡大することを決定した。日銀と買い取り機構が銀行保有株を大量に購入した場合のネガティブポイントを3つ列挙してみたい。

(1)銀行が企業の株式を保有していないのであれば、企業はもはや銀行株を持つ理由がなくなる。その結果、企業保有の銀行株売却に拍車がかかり、銀行株は下落する。

(2)銀行が上場企業の株を持たなくなると、大手企業は主要銀行に安定取引を求めなくなってくる。今までは株を持っていてくれるからという理由で、体力の弱っている銀行を主要銀行としていた企業が、財務体質の良い銀行に変更したいと思うかもしれない。その場合、弱い銀行の融資残高が減り、結果として業務純益がますます下がるだろう。

(3)日銀や買い取り機構で塩漬けしてもいつかは政府が放出しなければならない。企業にとって時価会計が適用されている限り、株式はリスク資産となり、たとえ株価が高くなっていても積極的な保有は望まないだろう。個人投資家を増やすため、政府はキャピタルゲインに関する二重課税の撤廃を検討するべきである。

銀行は国有化すべき

歯止めなしの株安は銀行保有株式の含み損を拡大し、自己資本を侵食している。会計ルールの変更の結果、日本経営の原点であった株式の持ち合いは今では確実に「お荷物」になってしまっている。

自己資本の強化を求め、大手銀行は今年初め大規模な増資を行い2兆円調達し、また合併することにより合併差益を得て含み損処理を行い、傷口を深くすることなく3月決算を乗り切った。

これで金融不安は遠のいたのだろうか? 今後銀行経営は安泰なのだろうか? 決してそうではない。今までは年2回だけだった危機が、これからは2カ月おきに来るかもしれない。大手行の増資は一見成功したかのように見えるが、転換条件付きの優先株は発行条件が投資家寄りであったばかりか(株価が下がることにより投資家が株数をより多くもらえることになる)、今後は増資実施の時以上に銀行株は売られてくるだろう。

その場合、持ち合いで銀行株を保有している企業は、含み損の拡大を回避するために売却を強要される。持ち合い株式に対する時価会計の導入時期を遅らせていたならば、大手行の経営陣はこのような悪条件での優先株発行を受け入れずに済んだであろう。長らく投資銀行で引き受け業務をしてきた筆者にとっては残念でならない。

こういう発行条件を見て分かることは3つある。

(1)日本にはいまだコーポレートガバナンス(企業統治)は存在しない。何年も赤字経営を続けても経営陣は責任を取らなくていいし、持ち合い株主は、株価が低下しても融資を受けている以上銀行経営陣を批判できない。

(2)三井住友のゴールドマン・サックスによる増資は、新BIS(国際決済銀行)規制では資本強化と認められないかもしれない。

(3)増資による株式の希薄化についての情報開示が不足している。

デフレ不況下の現在、企業や銀行の財務内容が今後急に改善されるとは思えない。イラク戦争の長期化懸念は、景気回復を遅くする。金融大臣が加速化を主張しても不良債権処理は遅れるだろうし、新規の不良債権が引き続き発生してくるだろう。

増資を行ったばかりの銀行であっても、保有株下落と不良債権処理による財務内容の悪化により再び資本強化を考えなければいけなくなるだろう。その日が来るのを待たずに、政府は優先株を普通株に転換し、大手行の国有化に踏み切るべきである。

その際、銀行の経営陣を若返らせ、彼らに収益改善の戦略を立てさせてはどうか。先日、42歳のCOO(最高執行責任者)の採用を発表した産業再生機構に倣い、この機会に「年をとっている=適材である」というこだわりを捨てるべきである。大手行には生き残りをかけ頑張っている中堅社員が少なくない。このまま彼らを50~60歳代になるまで待たせずに、チャンスを与えてみてはどうか。

2003年4月22日号 『週刊エコノミスト』 (毎日新聞社)に掲載

2003年4月22日掲載