新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

財政政策はデフレマインドから脱却せよ

佐藤 主光
ファカルティフェロー

新たな経済対策

2023年度も相変わらずの「規模ありき」の財政政策だったように思われる。政府はデフレ経済からの完全脱却を果たすべく2023年11月に新たな経済対策を打ち出した。その一環として「税増収分の一部を還元し、国民負担を緩和する」よう3兆円規模の所得税の定額減税が決まった(実施は2024年6月)。補正予算の規模は13兆1,000億円余りに上る。物価高対策に2兆7,000億円、持続的賃上げや地方の成長実現に1兆3,000億円、国内投資促進に3兆4,000億円、人口減少対策に1兆3,000億円、さらに国土強靭化に4兆3,000億円を計上している。また、ガソリン補助金は2024年4月末まで延長となった(加えて、ガソリン価格高騰時に揮発油税への暫定税率を停止するトリガー条項の発動が検討されている)。半導体の国内拠点増強への基金創設なども盛り込まれた。半導体の他、蓄電池や電気自動車などの国内生産の増強など「供給力の強化」と税収増の「国民への還元」を車の両輪に「低物価・低賃金の「コストカット型経済」から「成長型経済」に転換させる」のが狙いだ。とはいえ、こうした経済対策でもって成長が実現するかは定かではない。

財政政策のデフレマインド

政府は「デフレ完全脱却」をうたうが、足元の経済はすでにデフレが解消しつつある。日本銀行によれば、日本経済の「需給ギャップ」(需要と供給力の差)が2023年4〜6月期にマイナス0.07%だった。内閣府の推計では同時期プラスに転じている。関連してインフレ率(消費者物価指数)も2%を超えてきた。日本銀行は10月31日公表の「経済・物価情勢の展望」において消費者物価指数(生鮮食品を除く=コアCPI)の前年度比上昇率の見通しを2023年度、24年度ともに2.8%とした。このように需要不足は解消しつつあり、むしろインフレ基調に転じつつある。

財政政策の在り方はデフレか否かで異なる。デフレ下において財政政策はその規模が重視されてきた。政府支出や減税でマクロの需要を喚起することで、所得を創出して消費を喚起させる「好循環」が期待されているからだ。ケインズ経済学でいう「乗数効果」にあたる。しかし、脱デフレした経済において必要なのは「規模ありき」の財政ではない。やみくもな需要喚起はインフレを助長しかねない。無論、物価高で生活苦にある低所得世帯やバス等の公共交通の空白地帯で自家用車を生活の足にしなければならない地域もある。であれば、こうした世帯や地域に支援を重点化することが望ましい。その上で財政政策に求められるのは目先の景気対策ではなく、中長期の成長力の促進だ。日本の成長力を示す「潜在成長率」は低下傾向にあり、1%にも届かない。この成長率を高めるにはイノベーションの創出や産業の新陳代謝などによる生産性の向上が不可欠といえる。

政策のギアチェンジ

政府は今後3年程度を供給力強化への「変革期間」と位置付ける、もっともわが国の供給力が3年で抜本的に変わるかには疑問が残る。かつて「2年」で2%の物価上昇を目指すとして異次元の金融緩和を始めたように「短期決戦志向」が抜けていないのではないか、ややもすれば政策の「入口」は供給力強化といった成長戦略でも「出口」は中小企業などの産業保護となりかねない。国の経済政策は往々にして既存企業の要望を反映しがちだからだ。そのため新陳代謝が進まないことになる。支援ならばこれからの経済成長を担うであろうスタートアップ企業を優先すべきだろう。また、補正予算では半導体や生成AI(人工知能)の支援に2兆円を充てるなど政府の「補助金ありき」になっていないか? 来年度(2024年度)税制改正でも設備投資費に加え生産量に応じて法人税を優遇する「戦略物資生産基盤税制」などが要望されている。国の支援を前提にして民間主導の経済成長が実現できるか疑わしい。

政府は(民間主導の)「経済成長なくして財政再建なし」としてきたが、「財政出動なしでは経済成長なし」と経済の財政依存を助長するならば本末転倒だ。財政支援を行うのであれば、進捗状況や効果(アウトカム)を検証して、補助金・減税等支援の在り方を適宜見直すことが求められる。また、ガソリン補助金などは激変緩和策に過ぎず、今後しばらくエネルギー価格の高騰が続くとすれば、根本的な解決にはならない。拡充と延長を繰り返しすでにガソリン補助金の総額は6兆円を超えてきた。同じ支出なら省エネ化や再生エネルギー、電気自動車の普及などに比重を移していくべきだろう。政府の経済対策はさまざまな利害関係者に配慮する結果、往々にして「総花的」になりがちだが、結果としてアクセル(経済のGX化)とブレーキ(現行のエネルギー消費の温存)を同時に踏んでいる形になり、効果が減じられてしまう。

おわりに

わが国の経済は長らくデフレが続いたこともあり、家計・企業にデフレマインドが定着しているという。もっとも、デフレマインドが続いているのは政府の方ではないか? 大型の財政出動が既得権益化した分野(国土強靭化や中小企業支援など)もあることも財政政策の転換(ギア・チェンジ)を難しくしているのかもしれない。インフレ基調や金利の復活など「潮目」が変わったにも関わらず、規模ありき、支援(補助金)ありきなど財政政策のスタンスはあまり変わっていないように思われる。財政政策の脱デフレが求められているのではないだろうか?

2023年12月22日掲載

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