新春特別コラム:2009年の日本経済を読む

世界経済危機下の環境・エネルギー問題

尾崎 雅彦 上席研究員

世界経済危機が与える影響

われわれが直面している世界経済危機は1929年に起きた大恐慌の再来とも言われている。しかし、この事態を迎える以前に人類は気候変動問題対応とそれと表裏一体をなすエネルギー需給構造転換(以下、環境・エネルギー問題)という世界共通の課題を抱えており、危機への政策対応如何で人類の未来により大きなかつ永続的な変化をもたらす可能性を持つ点で80年前とは異なる。

サブプライム問題発生に先だって、環境・エネルギー問題への取組みは奇妙な停滞状態にあった。スターン報告、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)第4次報告の警告に加えて異常気象や温暖化による生態系の変化が示す事実は、不可逆的な気候変動がもたらすレベルに大気中の二酸化炭素濃度が達するまでに時間がなく再生可能エネルギーへの転換など早急なエネルギー需給構造におけるパラダイムシフトの必要性を示していた。しかし、COP(Conference of Parties)、G8での議論や各国首脳提案においてGHG(Greenhouse Gases)排出を大幅削減する中長期目標や理念的なビジョンが表明される一方で、世界の排出削減は進まず、問題意識を持つ者にとっては彼方で華々しく花火が打ち上げられているが足下は闇に包まれ身動きがとれない様な閉塞感があった。

世界経済危機の衝撃はこの奇妙な停滞状況を一変させる可能性が高い。危機の痛みは経済力低下のもとで変化に対する適応力を減衰せしめ、環境・エネルギー問題対応の意欲を削ぐかもしれないが、一方で危機対策の最重要テーマと位置づけられることにより既得権益や多様な理念を超えた合意を可能にするかもしれない。環境・エネルギー問題対応を念頭においた危機対策を迅速に政策選択することで、後者のプラス面享受の可能性は高まる。

米国の挑戦と日本への影響

米国ではオバマ政権下でグリーン・ニュー・ディール政策が実行されようとしている。オバマ次期大統領はエネルギー政策「New Energy for America」において今後10年間で1500億ドルを投じ500万人の雇用、2050年までにGHG排出90年比80%削減を目指しており、10日のラジオ演説でも大型景気対策として2010年までに3~400万人の雇用創出を代替エネルギー強化、省エネ投資やインフラ整備等で行うことを表明している。米国連邦政府は、バイオエタノールを除けば環境・エネルギー問題に総じて冷淡であったブッシュ政権の交代をもって大きく方向転換しようとしているのである。

もともと州レベルでは12州がEUと統一基準の排出量取引市場創設を模索、また25州が発電量の3割を再生可能エネルギー源とすることを義務づけることを法制化するなど環境・エネルギー問題に対して活発な対応が見られていた。また企業レベルでも、急拡大しつつある再生可能エネルギー投資においてEUに次ぐプレゼンスを見せており、米経済誌バロンズ等においては、今後カナダ国境付近に100億ドルを投じて15~20万基の風力発電を設置することで2020年までに電力需要の20%を供給し7000億ドルの米国原油輸入負担を半減しようと目論むブーン・ピケンズの「ピケンズプラン」のような壮大なプロジェクトが動き出そうとしていることが報じられている。

連邦政府が環境・エネルギー問題対応を織り込んだ経済危機対策に本腰を入れれば、米国の環境・エネルギー問題対応の動きは奔流となりアル・ゴアの提案「A Generational Challenge to Repower America」に示される向こう10年間で電力需要のすべてを再生可能エネルギーで賄うとの目標も夢物語ではなくなるかもしれない。米国は、世界の行き場を失った資金と広く散在する頭脳を吸収し再生可能エネルギー関連の技術蓄積と産業振興を実現することで、2009年以降10年程度で環境超大国になるポテンシャルを持つのである。

日本は、この流れに対応できなければ太陽光発電やハイブリッドカーなどにおける技術上の優位性を早晩失うことになり、世界で拡大する環境・エネルギー問題需要に応える国際競争力維持や新たな産業勃興の可能性を減ずることになる。また、自国の環境・エネルギー問題対応の遅れにより、京都議定書第1約束期間の不遵守や世界の潮流(先進国はGHG排出を2020年までに90年比2割削減、2050年までに6~8割削減および再生可能性エネルギー利用を2020年までに2割に引き上げるなど)に乗り遅れた場合には、国際社会における地位は低下しさまざまな局面での外交交渉において不利益を被ることにもなりかねないだろう。

国がなすべきことは何か

今、政府に期待される役割は現在から2050年までを視野に入れた中長期目標達成のためのアクションプランの作成である。世界経済危機において蔓延する不透明感からもたらされるリスクの高まりとそれにリンクする深刻な需要後退に対して、政府によるタイムリーな将来ビジョンの提示と財政出動をも伴う需要喚起が必要なのである。

わが国政策上の最重点項目として医療等セーフティネット強化とともに環境・エネルギー問題対策を採り上げ、わが国の環境・エネルギー問題に関連する技術水準の国際的優位性を客観的に見定めるとともに、優位性のある分野へは政府調達を伴うリソース投入を優先的に行うことをアクションプランとして国内外に明示するのである。たとえばGHG削減に有効な電気自動車は現時点で世界に先行した技術水準にあり、仮に大量の政府調達が行われたとすると燃料コストが極めて低い電気自動車の価格が同程度の航続距離性能を持つガソリン車並みに低下し、急速に普及する可能性を有する。この呼び水政策により市場の期待が高まれば、国内外の資金とリソースを呼び込み、関連分野も巻き込んで新産業創造や低炭素交通システム構築に繋がる可能性もあろう。米国に遅れをとらないタイミングでこれが実現できれば、環境・エネルギー産業における幾つかの分野で世界標準を獲得し米国やEUとの棲み分けができるかもしれない。

また、環境・エネルギー問題への取組みという点で国には重要な役割がもう1つある。規範意識の強化である。人や企業の行動は社会規範、法規制および市場原理から影響を受けるが、社会規範が脆弱な社会では今般の金融危機で見られたように法規制の形骸化および市場取引での不当利得行為が容易に起きる。特に気候変動問題においては、加害者と被害者の境が不明確であること、利害関係が世代を超えており調整困難であること或いは将来における被害コストの計測が困難であることといった特殊性があることから、その問題は一層深刻であり、規範意識の強化促進は極めて重要なのである。

まず、よく言われるように「気候変動が起きればどうなるか」、「気候変動対策として何をすればいいのか」および「対策実行によりどの程度効果が得られているのか」を明らかにする「見える化」が実現されなければならない。そのためには、質の高い情報を氾濫する情報から抽出しまたは新たに生産し、広く伝播・共有させる活動を、国が情報と助成措置を用いて促進することが不可欠である。

しかし、それだけでは不十分であろう。たとえば米国での12月の新車販売において、不況とガソリン代の低下を背景にハイブリッドカーは前年同月比で激減、一方でトラックとSUVが比較的堅調といった事例で覗えるように、単に情報の蓄積である知識により培われた経済合理性や感情論レベルでの規範意識は状況によって変化するからである。困難なことではあるが、無意識に近い感覚レベルでの規範形成の可能性を考慮に入れる必要があろう。国が学際的研究を支援しこの試みに挑戦することで、新年の夢のような話ではあるが、環境・エネルギー問題における根源的な課題であるライフスタイルの革新がわれわれや将来世代にもたらされるかもしれないのである。

2009年1月20日

2009年1月20日掲載

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